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弐 人ならざる半獣(もの)
《四》花嫁の役割【前】
しおりを挟む「───では、私はいったん、お側を離れます。
この先はセキ様の領域内ですので問題はないかと存じますが……。
もしもの際は、お呼びいただければすぐにでも咲耶様のもとに参ります」
「ありがとう、犬貴。じゃあ、帰る時、呼ぶね」
片ひざをつき、こうべを垂れる犬の眷属の頭に、ちょん、と、手をのせてやる。
応えるように巻尾を二三度振り、現れた時と同じように、犬貴は一瞬にして消え去った。
赤虎の住まいは、森林のなかに突如として出現するようなハクコの屋敷同様、生け垣に囲まれた、書院造り風の屋敷だった。
応対に出てきた三十代後半くらいの女性が、おそらく赤虎たちの花子の菊だろうと、咲耶は思った。
「セキコって、どんな感じの人かな?」
会う前に多少の予備知識が欲しくて、道中、犬貴に問いかけた。
黒虎・闘十郎には、儀式の前に一度、会っている。
咲耶の印象としては、少なくともハクコよりは気安い少年に思えた。
だが、一緒にいた百合子は、同じ花嫁でありながらどこか遠い存在に感じ、気軽に話せそうな雰囲気ではなかった。
「───あるべき良識を、お持ちの方のように、お見受けします。ですが、その……」
犬貴は言いよどんだが、咲耶の視線に根負けしたように続けた。
「少し、風変わりな……と、いいましょうか……。ああ、いえ、私が風流を、解さないだけかもしれませんが……。
その……、変わったご趣味がおありかと、存じます」
犬貴が言葉をにごしたのが若干、気にはなったが。
犬貴をもってして「良識をもっている」と言わしめるのなら、咲耶の知りたいこと、知っておかなければならないことを、正確に教えてくれるだろう。
客間らしき座敷に通されて間もなく、廊下を歩く衣ずれが聞こえ近づいてきた。
「待たせたわね」
現れたのは、赤地に銀刺しゅうの入った豪奢な打ち掛けに、黒い袿を身にまとった、ゆるやかに波打つ赤褐色の髪の、あでやかな───美青年、だった。
気だるげに脇息にもたれ、咲耶を見つめる瞳は、鮮やかな光を放っている。
「へぇ……年増って聞いてたけど、こうして見ると、ハクと釣り合うくらいの歳に見えるじゃないの。
バカ供は、女は若けりゃいいって思ってるんだから、仕様がないったら」
溜息をつきながら、胸もとに垂れた赤褐色の髪を払う。
ハクコが静の美貌の持ち主なら、セキコは動の美貌の持ち主だろう。
しかし───。
「うん。アンタ、なかなか可愛いじゃない。アタシ好み。ま、美穂に次いで、といったところだけど」
……この口調は、いかがなものだろうか? この立ち居振舞いも。
決してごついわけではないが、男っぽい体格をしているので、似合わない気がするのだが。
(……犬貴が口ごもったわけが、解ったわ)
「ちょっと!」
ぱちん、と、セキコが手にした扇を鳴らした。
着物同様こちらも、派手な飾り緒がついた美しい檜扇だった。
「一方的に、アタシにばっか、しゃべらせてるんじゃないわよ。アンタ、何しにここに来たの?」
それまでの軽口をたたいていた調子を一変させ、挑むように咲耶を見るセキコに、思わず咲耶は姿勢を正す。
真意を問われてることに、気づいたからだ。
この場合、
「お招きいただき、ありがとうございます」
などという、型通りのあいさつが求められていないことは明らかだった。
当初の目的の通り「遊びに来た」と言えば、咲耶の知りたいことの半分も知らされぬまま、丁重なもてなしを受けるだけで帰されてしまうことだろう。
「私に、この世界───この国の仕組みについて、教えてください」
畳に指をついて、頭を下げる。セキコが、ふうっ……と、息を吐いたのが分かった。
「なんで、アタシに訊くの? そういうことはハクか、ハクの眷属に訊くのが、筋なんじゃない?」
突き放すような物言いに、咲耶は顔を上げ、セキコを見た。
「ハクコには改めて違うことを訊く予定です。犬貴は……都合の悪いことは、教えてくれなさそうなので」
咲耶の答えに、セキコは扇を開き口もとを隠してくくっと笑った。
細めた明るい鳶色の瞳で、咲耶を見返す。
「花嫁としての自覚はあるわけね。……そう。親しくなるべきは、アタシじゃない。
そして、護ることをはき違える眷属もいる。しつけ次第だけど。どうやら、ムダに歳をくってはいないようね。
───菊、あれ」
「承知いたしました」
部屋の隅に控えていた菊が、心得たように立ち上がる。扇を胸もとにしまい、セキコは咲耶に向かって微笑んだ。
「じゃあ、お望み通り、アタシの知る限りのこと、教えましょ」
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