上 下
12 / 126
弐 人ならざる半獣(もの)

《四》花嫁の役割【後】

しおりを挟む
 セキコは、菊に持ってこさせた筆記具で、さらさらと和紙に筆を走らせ、日本地図のようなものを記した。
 ようなもの、としたのは、それが咲耶の知っている『日本の形』と微妙に違っていたからだ。

「この大きな形の世界を陽ノ元ひのもとといってね。これを統治するために昔の権力者が、いくつもの国に分けて、それぞれの国に国司こくし国獣こくじゅうを遣わしたの。
 で、アタシ達のいるのがココ───下総ノ国ってわけ。
 下総ノ国のいまの国司は萩原はぎはら尊臣たかおみ。国獣は白・黒・赤の三体の虎……つまり、アタシらのことね」

 地図に✕印を入れ、余白に咲耶が分かるように美麗な楷書かいしょで『陽ノ元』『下総ノ国』『国獣』……と、記していく。

「ちなみに、下総ノ国 同様、他の国にもそれぞれに国獣がいるわ。お隣の上総ノ国かずさのくには、狼だそうよ。
 そして、この国獣……国のなかにあっては神獣と呼ばれるアタシ達は、民に恵みをもたらす存在で、国司と共に国を豊かにするべく尽力している。
 ……というのが、陽ノ元 全体の、建前論になるわ」

「建前……ですか」

「まぁ、よくあることよねぇ~。実際は国司と国獣は対等じゃない。特に、この下総ノ国にあっては国獣は国司の、かなり下の位に置かれてる。
 ハクの儀式を三度で打ち切るなんてしたのが、いい例よ。あれは尊臣が勝手に決めたこと。本当は、神獣には神獣に見合う花嫁を、探す機会が与えられるはずなんだから!」

 憤然と言いきり、

「ま、結果としては、三度目のアンタがハクの花嫁になれたから、良かったんだけどね」
と、付け加えた。

「で、そのうえ、恩恵を受けるはずの当人たちからは、
『民に恵みをもたらすどころか、結託して搾取さくしゅしてるくせに、偉っそうにしててムカつく!』……って。思われてるのよね~、やんなるわぁ」

 セキコは書いていた和紙をグシャグシャと丸め、ぽいっと放り投げる。くずかごを手にした菊が、寸分狂わず受け止めた。

 咲耶は、ここへ来る途中に出会った男の子の父親を思いだす。……確かに、セキコの言う通りだろう。

「でも……そういう恩恵って、私のいた世界じゃ『天の恵み』ってことで、人の力の及ばぬところから受けるもの、って、考え方でしたけど。
 ここでは……セキ──あかねさん達に、何か特別な力とかって、あるんですよね? 犬貴が神力がどうのって、言ってたくらいだから」

「ん~……まぁ、あるといえばあるし、ないといえばないのよねぇ、

 筆を手にしたまま、セキコこと茜は、脇息に頬づえをつく。

「……ないんですか? 変な──じゃない、人語を話す猿を配下にしたり、綺麗な虎に変わったりする力は、あるのに?」

 咲耶が「綺麗な虎」と言った瞬間だけ、わずかに眉を上げた茜だが、おどけるように肩をすくめた。

「残念ながら遣えないのよね~、民が期待するような神力は。咲耶のいう通り、『変な猿』や犬やきじを配下にすることは可能だけど。
 ───だから、アンタたち花嫁が必要になるってワケ」

「えっ……」

 ぴたりと咲耶に筆の先を合わせ、茜が真顔になる。ふたたび、和紙を取り上げ、すずりに筆をつける。

「アタシ達にはそれぞれ、司る役割がある。
『赤い神の獣』は、懐胎と生を。
『黒い神の獣』は、破壊と死を。
『白い神の獣』は、治癒と再生を。
 民が望めば、それぞれが与えることになっているわ。

 だけど」

 茜は、口にした言葉を短く記していく。咲耶は耳で聞きながら、目で確認した。

「役割は、アタシ達が行えるものじゃない。行うのは、『神の獣の伴侶』……つまり、花嫁が代行することになっているの。
 正確には、花嫁・・の意思でしか・・・・・・扱ってはいけない力──咲耶が言ってた意味の神力は、これに相当すると思うわ。だからアタシ達には・・・・・・・遣えないって、言ったのよ」

「えーと……」

 頭のなかで、いままで得た情報を整理しながら、ふと疑問に思ったことを言おうとした瞬間。室内に、第三者の可愛いらしい声が、響く。

「あんた、もうハクとヤッたの?」

 ……不つり合いな、内容と共に。

「あらヤダ。美穂ってば、第一声からお下品ねぇ。しかも、もう昼前よ? いつまで寝てるつもりだったの?」
「うっさいなー。そもそも、お前が寝かせてくれなかったんじゃんか!」
「なによぉ、そっちがムダに可愛いのがいけないんじゃない。そんなとこに突っ立ってないで、こっち来なさいよ、こっち!」

 パンパンと、自分の側の畳を叩いて言う茜の視線の先にいるのは、栗色の髪を少年のように短くした十七八歳の少女だった。赤生地の甚平じんべえを着ている。

 声の可愛いらしさから、容姿もさぞかし……と、思ったが、咲耶の目に映ったのは、ごく普通の顔立ちだ。

「あ、美穂さん……だよね? 私は、咲耶。よろしくね」
「…………言っとくけど、あたしあんたより年上だかんね? 敬語くらい使いなさいよ?」

 つかつかと咲耶の側までやって来て、座る。美穂の言葉に、咲耶はあたふたしてしまう。

「え? えっ? そうなの……ですか? すみません!」
「───な~んてね、冗談だよ、冗談。あ、実年齢があんたより上っつーのは、ホント。敬語は、むしろナシの方向で」

 咲耶の反応を楽しむためだったようで、美穂は笑いながら咲耶の肩をパシッと叩いてきた。

「ゴメンねぇ。アタシの仔猫ちゃん、性格悪くってぇ」

 と、茜が悪びれもせずに、言い添える。……どっちもどっちのようだ。

「あたしは、こっちに来てから二十年以上 経つんだけど、こいつと契ってからは歳とってないから。あ、外見が、ってコトだけどね」
「花嫁は、契りの儀を終えると神籍しんせきに入るから、肉体の成長が止まるのよ。だから咲耶も殺されない限り・・・・・・・永遠の二十八歳ってワケ」

 美穂の言葉を補足するように、茜がいたずらっぽく片目をつむる。

(永遠の二十八歳……コレ、喜ぶところなのかな?)

 何やら複雑な心境にならなくもない。と同時に、咲耶は、茜の『殺されない限り』などという物騒な言いぐさを気にかけた。

「それって、老化はしないけど、ケガしたり病気になったりは、するってことですよね?」

 果たして、茜は大きくうなずいた。

「そうよ。ただし、厳密にいえば傷の治りは早いし、病にもかかりにくいの。自然治癒力も免疫力も、高くなるってことね。
 つまり、アンタたち花嫁を確実に仕留めるには、心の臓をひと突きにするか、首をり落とすかしか、ないってこと」

「……そう、です、か」

 なんだか嫌な話を聞いてしまったと、咲耶は思った。
 裏を返せば、なかなか死ねない身体・・・・・・・・・・は、拷問ごうもんなどの苦痛にも堪え生き長らえてしまう・・・・・・・・・のではないだろうか?

「───で? ハクとは、ゆうべ寝たの?」

 ふたたびの美穂のあけすけない問いかけに、咲耶は頭を抱えそうになった。

(それ、いま話さなきゃならない?)

「そりゃあモチロン、一緒に寝たでしょうよぉ。……まぁ、寝ただけ・・・・なんだろうけど」
「なにソレ。ハクって変わってはいるけど、別にアッチは普通じゃなかったの? お前とは逆に、ソッチの趣味だったわけか?」
「イヤぁねぇ。性的指向を言ってんじゃないわよ。単純に、あの子が性成熟してないんじゃないかって、思っただけ。
 だってハク、まだ生まれてから、二年と四ヶ月しか経ってないワケだし」
「────え?」

 咲耶は、言葉を失いそうになった。それは……今日聞いた、どんな話のなかでも、一番に驚かされる事実だった……。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

腐違い貴婦人会に出席したら、今何故か騎士団長の妻をしてます…

BL / 連載中 24h.ポイント:13,924pt お気に入り:2,432

落ちこぼれ令嬢は王子に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:931pt お気に入り:8

虹色の子~大魔境で見つけた少年~

an
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:47

愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,698pt お気に入り:364

緑の指を持つ娘

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:60,329pt お気に入り:1,444

(完)約束嫌いな私がしてしまった、してはいけない約束

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1,684

ヒロインの姉と王弟殿下の攻防

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,527pt お気に入り:42

処理中です...