もう誰も愛さない

ルー

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入国検査

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ムルティー行きの電車に乗り込み、乗車券に記載された座席に座った。行きと同じく個室だった。

『本日はカディオ列車へのご乗車誠にありがとうございます。当列車はまもなく発車いたします。今しばらくお待ちください。終点はムルティーでございます。お間違いのないようご注意ください。次の停車駅はサファスです。』

放送が流れた後しばらくして電車が走り始めた。リブゼスの街並みが後ろに消えていく。

「なに!?兄上が?そんな馬鹿な・・・。」

廊下から声が聞こえてきた。

「そうだとしても兄上はなぜそのような真似を・・・。」

声は通り過ぎていき、聞こえなくなった。そして電車はサファスに停車した後、次の停車駅アラムニに向けて走り出した。

「お父さん、トイレ行ってくるね。」

アメリアが言うとルイはうなづいた。

「ああ、4号車と5号車の間にある。気を付けていきなさい。」




アメリアは扉を開けると廊下に出て歩き出した。そしてトイレを済ませて廊下に出て5号車に戻ろうとしたとき、乗降扉の前でうつむいている男性をみた。顔色が悪く、今にも倒れそうだった。

「あの、大丈夫ですか?」

アメリアが声をかけると男性はぱっと顔を上げた。

「あ、ああ。すまない。なんでもない。」

男性は慌てたように4号車に入っていった。

「ええ、なんだったんだろう。」

アメリアは首をかしげながら5号車の自分の個室に戻った。

「ああ、あの声に似てるんだ・・・。」

個室の外から聞こえてきたあの声と同じ声だった。大丈夫だろうか、と心配しながらアメリアは個室に入った。








外が真っ暗になり、電車に乗っている乗客も少なくなってきた。

『まもなく終点、ムルティーでございます。お忘れ物のないようご注意ください。』

放送が流れ、アメリアとルイは降りる準備をして、6号車と5号車の間にある乗降扉に向かった。ホームに電車が入り、停車し、扉が開いた。電車から降り、周りも見ると、最後まで乗っていたのはアメリアとルイ以外に一組しかいなかった。それもあの男性とその連れだ。2人は階段を降り、駅員に乗車券を見せ、入国検査に向かった。後ろからやってきた男性たちがその後ろに並んだ。検査官にパスポートを見せる。

「・・・君、あの時の・・・。」

不意に後ろから声を掛けられアメリアは振り返った。

「あ・・・。」

アメリアは驚く。顔色は良くなっているもののどこか変だ。

「あの、大丈夫ですか?」

おずおずとアメリアが尋ねると男性はうなづいた。

「ああ、心配してくれてありがとう。かなり楽になった。」

「そう、ですか。それは良かったです。」

アメリアはどこかほっとしたように返事した。

「私はシオン。君は?」

「あ、私はアメリアです。」

男性、シオンが名乗ったためアメリアは慌てて名乗った。

「アメリア、いい名前だね。」

シオンがほほ笑む。

「あ、ありがとうございます。」

アメリアはお礼を言った。

「アメリア、知り合いか?」

入国検査が終わり、パスポートを返してもらったルイが振り返って尋ねた。

「あ、えっと。電車の中で少し・・・。」

「ああ、あのときか。」

アメリアが1人になったのはトイレに行った時だけだ、とルイはうなづいた。

「はじめまして父のルイです。」

ルイは軽く頭を下げた。

「シオンです。」

シオンは美しい金髪を揺らして頭を下げた。

「今日はどちらに泊まる予定ですか?もう22時過ぎていますが泊まる予定の宿屋はありますか?」

シオンの問いにルイは首を振った。

「いえ、まだ。これから探すところです。」

「そうなのですか。それは良かった。もしよければ私が予約している宿屋に宿泊しませんか?お金は私が出します。」

シオンの提案にルイは驚く。

「なぜ、そこまでよくしてくださるのですか?」

「いえ、ただアメリアさんに良くしていただいたので。」

「ええ?」

困惑気味のルイにアメリアが声をかけた。

「あの、私ただ声をかけただけで・・・。」

さらに困惑するルイにシオンは言い募る。

「大丈夫ですよ。そこまで深く考えないでください。ただの好意と考えてくだされば。」

にっこりと微笑んだシオンにルイとアメリアはうなづいた。

「わかりました。それでお願いします。」

シオンはうなずいた後検査官にパスポートを見せる。

「はい、大丈夫です。どうぞお通りください。」

検査官は深々と頭を下げ、パスポートを碌に見ずシオン達を通した。呆気にとられるルイとアメリア。

「それじゃあ、こっちです。」

シオン達の案内でたどり着いた宿屋はかなり値段が張る宿屋だった。値段を見て顔が引きつるルイとアメリア。そっとシオンの顔を見たアメリアはうつむいた。
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