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12.大過
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結論から言うと、私が父と思っていた彼――三森樹は私の実父の兄、つまり伯父だった。
伯父の話によると、私の両親は大きな不幸に会い、命を落としたのだという。言葉にし難いほどの凄惨な出来事だったらしく、そのショックで私の記憶の殆どは消えてしまったらしい。伯父は全てを失った私の事を不憫に思い、養子として引き取る事にした。
伯父達が私の記憶の復活を避けようとしたのは、それと同時に蘇るであろう惨たらしい過去によって、私が傷付く事を危惧していたからだった。理由を聞いた事で多少は気が晴れたが、心の根底には相変わらず彼らに対する猜疑心がへばり付き、不信を抱く自身への憎悪の群れが、薄汚れた羽虫の如く飛び交っていた。
過去の話を引き出すきっかけとなった出処不明のロザリオは、私の両親の形見らしい。私の一家は親族である伯父とは異なる宗教に属し、礼拝や社会奉仕などの活動にも熱心に参加していたという。いつか私が諳んじた天使に纏わる言葉は、かの教会の教典に記された聖句なのかもしれない。
一通り話し終えると、伯父は病室から立ち去った。彼は病室から姿を消す間際まで私の心身について、配慮を欠かさなかった。その気遣いは返って私の罪悪感を燻らせる。終いに別れの挨拶を告げて、伯父は退出した。その時の私には、挨拶を返してやる気力は無かった。
その日の夜、私は実の両親の面影を想像しながら、眠りに就いた。ロザリオを右手の中に包んだまま。血の繋がりを感じさせる銀の十字架は、私の意識を内的な深部に向かわせ、封じられた記憶を呼び起こす。
✦
昔々の思い出。とあるマンションの一室。食卓を囲む幸福に満ちた三人家族。
私は目の前にある美味しそうな料理を見て、うずうずしていた。けれど、まだこれに手を付ける訳にはいかない。食事を始めるには、祈りの言葉が必要だった。
『天使の御手が我らの前途を導き賜いますように』
それから、いくつかの不思議な祈りの言葉を連ねた後、ようやく食事にありつく事ができる。お母さんの手料理は見た目通り美味しかった。
「いってきます」
お父さんが仕事に行く。私はお母さんの脚にしがみつきながら、少しだけ小さな声で見送りの挨拶をした。
「いってらっしゃい」
扉が閉まった瞬間、足元が何処かに落ちていく感覚に襲われた。
視界が暗転する。
✦
その日は確か、長い夏休みの始めの頃だった。リビングで宿題に取り組んでいる時、不意にチャイムが鳴った。お母さんはキッチンで料理をしているようだったので、代わりに私が玄関の方へどたばたと駆けていった。
数日前から猛暑が続いていて、冷房の効いたリビングから抜け出すと、じめじめとした空気が肌に張り付き、不快感で堪らなくなる。極僅かな時間で汗ばんでしまった手のひらを使って、玄関の扉をゆっくりと開けた。
男の人が立っていた。知らない人だった。汚れの無い純粋な歓喜に満ちた笑みを浮かべている。心の底から神様に感謝するような、少しだけ泣きそうな笑顔で、私の姿を見つめていた。男の人は唇を震わせ、何か言おうとしている。
「何をしてるの!」
背後からお母さんの叫び声が聞こえた。そして、お母さんは罪人の上に落ちる雷のような勢いで、男の人を怒鳴りつけた。何がなんだか分からなかった。お母さんからリビングに戻るように言われて、私は大人しくそれに従った。
「カヅキ!」
リビングの扉を閉める直前、男の人が教えてもいない私の名を叫んだ。しばらく、お母さんと男の人の口論が続いていた。けれど、遠くからサイレンの音が聞こえてくると、男の人の声は急に途絶えた。玄関から戻ってきたお母さんは「さっきの事は忘れなさい」と私に言い付けた。
私は何か良くない事が起こったのだと思った。呆然と立ち尽くしていると、足元の床が消えて、何処かに落ちていく。どんどん落ちていく。
視界が暗転する。
✦
教会で貰った本には、悪い事をすると天国に行けないと書かれていた。天国は永遠に幸福な生活を送る事ができる場所らしい。私は家族みんなで天国に行きたかった。
けれど……。
お母さんは今のままで天国に行けるのだろうか。私はこの前、家に来た男の人の事が忘れられずにいた。私には、あの人とお母さんの間に、何か良くない事があるとしか思えなかった。
教会で貰った本には、悪い事をしても天国に行く方法があるとも書かれていた。教会の偉い人の前で、どんな悪い事をしたかを告白すれば、天国に行けるという。お母さんが本当に悪い事をしたかは分からないけれど、お父さんに相談してみるべきだと私は思った。
その日は、たまたまお母さんが出掛けていて、家には私とお父さんしかいなかった。だから私は、思い切ってあの日に起こった事をお父さんに話す事にした。
私は、ソファに座ってテレビを見ているお父さんの前に立った。お父さんは驚いた顔を見せたが、直ぐに笑顔になって私に尋ねた。
「どうしたんだい? カヅキ」
私を見つめるお父さんの顔は、とても疲れているように見えた。その理由は、私にも何となく分かっていた。最近、お父さんの身の回りでは悲しい事が何度も起こっていて、お父さんがお世話になっている教会の人が重い病気に罹ったり、仲の良い友達が交通事故で亡くなっていた。それから、お父さんは心の具合が悪くなってしまって、病院で貰った薬を飲んでいると、お母さんが言っていた。
お父さんは今とても大変なのだろう。けれど、今話しておかないと、二人きりで話せる時は来ないかもしれない。そう思って、私はあの日の事を打ち明けた。
「そうか」
話を聞いても、お父さんは一言だけ呟くだけだった。お父さんの顔から、微笑みは消えていた。
私達は天国に行けるだろうか。
✦
学校の行事が終わり、家に帰る途中だった。燃えるような夕焼けが街を覆っている。夏の盛りに鳴く蝉達の声がやけに騒がしく、私は背中を押されているような気分になった。
玄関の扉に触れた途端、大きな怒鳴り声が家の中から聞こえてきた。恐る恐る扉を開けて、玄関に入る。靴を脱ぎ終えた所で、リビングの方から色々な音が聞こえてきたので、思わず足を止めた。金属、ガラス、足音、叫び声。それらの音が聞こえなくなると、何かと何かがぶつかり合う音だけが家の中に響き始めた。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン――。
その音は何度も何度も、絶え間なく聞こえてきた。音が急に鳴り止み、家の中が誰もいないみたいに静かになった。私は足音を立てないようにゆっくりと歩き始めた。廊下を真っ直ぐ進んでいくと、リビングに突き当たる。外の夕焼けのせいか、扉の磨りガラスから不気味なほど鮮やかな赤い光が漏れていた。
扉を開ける直前、誰かに「だめ」と言われた気がした。けれど、体は勝手に動いていた。
ソファの上に女の人が転がっていた。顔がぐちゃぐちゃになっていて、誰かは分からない。
「お母さん?」
女の人は何も答えなかった。
リビングにある大きな窓は、夕日の光をいっぱいに吸い込んで、家の中を真っ赤に染め上げている。窓の側に誰かが立っていた。こちらに背を向けているので、顔は見えない。
「お父さん?」
「違う」
その人は振り向かずに答えた。
「お前が生まれてこなければよかったのに」
そう言って、その人は窓から飛び降りた。窓辺から下を覗いてみると、夕焼けよりも赤い物が地面に落ちていた。赤い物は辺りにどんどん広がっていき、気付けば世界の全てを赤に変えた。
視界が赤く染まる。
✦
目を覚ました私の全身は汗に塗れていた。痛みも忘れ、勢い良く体を起こすと、臓腑を焼き焦がすような希死念慮に襲われる。サイドテーブルに置かれたガラスの花瓶が目につき、反射的に花瓶を手にすると、テーブルの角にぶつけて叩き割った。辺りに散らばった破片の中から鋭く尖った物を選び取り、両手で力強く握り締める。私はそれを躊躇なく自身の喉元に突き刺した。
赤い液体が流れ落ちる。あの日、窓辺から見た物と同じ物が白いシーツを汚し始めた。光と音が霞み始め、意識が遠のいていく。
✦
「どうしてこんな事をしたんだ!」
私が自殺を図った後、見舞いに来た伯父の第一声だった。彼が大きな声で私を叱るのは、生まれて初めての事だった。額に青筋を浮かべて捲し立てる伯父とは対照的に、私の心情は妙に冷めていた。
「父親みたいに説教するのはやめてよ」
私の言葉が癇に障ったのか、伯父の表情が震え始める。伯父が更なる怒りを持って反駁を始める前に、私は空かさず問いを発した。
「伯父さんは、私が姪だったから、私を養子として引き取ったんでしょ?」
「何が言いたいんだ?」
私は伯父の――最早伯父とも言えない他人だが――質問に直ぐに答えなかった。思考の猶予を敢えて与える事で、彼自身の力で真実に気付いて欲しかった。より強力に、より印象的に、現実の悲惨さを思い知って欲しかった。
「……まさか」
怒りに火照っていた彼の顔色が、瞬く間に青ざめた。私の策はものの見事に成功したが、喜ばしい気持ちは一片も湧かなかった。
「全部思い出したんだ。あなたと血の繋がりが無い事も、私の両親がどうして死んだのかも」
彼は言葉を失い、呆然とこちらを見つめている。その様を嘲笑うように私は言葉を続けた。
「私の体に三森家の血が流れていない事を知ってたら、あなたは私を引き取る気になった?」
「……例えお前の話が真実だったとしても、私はお前を引き取ったさ」
「父を死に追いやったのが、私だったとしても?」
彼は再び絶句した。私は責め立てるように真相を語り続ける。実家に見知らぬ男が訪問してきた事。憤った母が男を追い返した事。私はとある家族が壊れていく過程を入念に説明した。
「私は下らない夢物語に感化されるような純粋で愚かな子供だったんだ。だから私は、浅はかな論理と美しい善意を携えて、遠回しに父に伝えた。あなたは私の父親じゃないってね。元からひび割れていた父の心はすっかり砕けて、彼を凶行に走らせた。私のせいで全部が壊れた」
全てを吐き出し終えると、冷静さが戻り、自ずと過去に対する分析が始まった。
母はあの男とどんな関係だったのか。私は本当に父の娘では無かったのか。そもそも、夢の中の疑似体験がどこまで信用できるのか。疑問点はいくらでも湧いた。しかし、一度声となった言葉は不可逆で、喉元に押し返す事はできない。私は激情に駆られ、失言を放ち、家族を再生する機会を失った。どれほどの後悔を経ても、傲慢な性質を保ち続けた私は、目の前の自失する男に向かって言い捨てた。
「もう、出ていって」
男は「すまない」と一言を残し、退室した。
伯父の話によると、私の両親は大きな不幸に会い、命を落としたのだという。言葉にし難いほどの凄惨な出来事だったらしく、そのショックで私の記憶の殆どは消えてしまったらしい。伯父は全てを失った私の事を不憫に思い、養子として引き取る事にした。
伯父達が私の記憶の復活を避けようとしたのは、それと同時に蘇るであろう惨たらしい過去によって、私が傷付く事を危惧していたからだった。理由を聞いた事で多少は気が晴れたが、心の根底には相変わらず彼らに対する猜疑心がへばり付き、不信を抱く自身への憎悪の群れが、薄汚れた羽虫の如く飛び交っていた。
過去の話を引き出すきっかけとなった出処不明のロザリオは、私の両親の形見らしい。私の一家は親族である伯父とは異なる宗教に属し、礼拝や社会奉仕などの活動にも熱心に参加していたという。いつか私が諳んじた天使に纏わる言葉は、かの教会の教典に記された聖句なのかもしれない。
一通り話し終えると、伯父は病室から立ち去った。彼は病室から姿を消す間際まで私の心身について、配慮を欠かさなかった。その気遣いは返って私の罪悪感を燻らせる。終いに別れの挨拶を告げて、伯父は退出した。その時の私には、挨拶を返してやる気力は無かった。
その日の夜、私は実の両親の面影を想像しながら、眠りに就いた。ロザリオを右手の中に包んだまま。血の繋がりを感じさせる銀の十字架は、私の意識を内的な深部に向かわせ、封じられた記憶を呼び起こす。
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昔々の思い出。とあるマンションの一室。食卓を囲む幸福に満ちた三人家族。
私は目の前にある美味しそうな料理を見て、うずうずしていた。けれど、まだこれに手を付ける訳にはいかない。食事を始めるには、祈りの言葉が必要だった。
『天使の御手が我らの前途を導き賜いますように』
それから、いくつかの不思議な祈りの言葉を連ねた後、ようやく食事にありつく事ができる。お母さんの手料理は見た目通り美味しかった。
「いってきます」
お父さんが仕事に行く。私はお母さんの脚にしがみつきながら、少しだけ小さな声で見送りの挨拶をした。
「いってらっしゃい」
扉が閉まった瞬間、足元が何処かに落ちていく感覚に襲われた。
視界が暗転する。
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その日は確か、長い夏休みの始めの頃だった。リビングで宿題に取り組んでいる時、不意にチャイムが鳴った。お母さんはキッチンで料理をしているようだったので、代わりに私が玄関の方へどたばたと駆けていった。
数日前から猛暑が続いていて、冷房の効いたリビングから抜け出すと、じめじめとした空気が肌に張り付き、不快感で堪らなくなる。極僅かな時間で汗ばんでしまった手のひらを使って、玄関の扉をゆっくりと開けた。
男の人が立っていた。知らない人だった。汚れの無い純粋な歓喜に満ちた笑みを浮かべている。心の底から神様に感謝するような、少しだけ泣きそうな笑顔で、私の姿を見つめていた。男の人は唇を震わせ、何か言おうとしている。
「何をしてるの!」
背後からお母さんの叫び声が聞こえた。そして、お母さんは罪人の上に落ちる雷のような勢いで、男の人を怒鳴りつけた。何がなんだか分からなかった。お母さんからリビングに戻るように言われて、私は大人しくそれに従った。
「カヅキ!」
リビングの扉を閉める直前、男の人が教えてもいない私の名を叫んだ。しばらく、お母さんと男の人の口論が続いていた。けれど、遠くからサイレンの音が聞こえてくると、男の人の声は急に途絶えた。玄関から戻ってきたお母さんは「さっきの事は忘れなさい」と私に言い付けた。
私は何か良くない事が起こったのだと思った。呆然と立ち尽くしていると、足元の床が消えて、何処かに落ちていく。どんどん落ちていく。
視界が暗転する。
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教会で貰った本には、悪い事をすると天国に行けないと書かれていた。天国は永遠に幸福な生活を送る事ができる場所らしい。私は家族みんなで天国に行きたかった。
けれど……。
お母さんは今のままで天国に行けるのだろうか。私はこの前、家に来た男の人の事が忘れられずにいた。私には、あの人とお母さんの間に、何か良くない事があるとしか思えなかった。
教会で貰った本には、悪い事をしても天国に行く方法があるとも書かれていた。教会の偉い人の前で、どんな悪い事をしたかを告白すれば、天国に行けるという。お母さんが本当に悪い事をしたかは分からないけれど、お父さんに相談してみるべきだと私は思った。
その日は、たまたまお母さんが出掛けていて、家には私とお父さんしかいなかった。だから私は、思い切ってあの日に起こった事をお父さんに話す事にした。
私は、ソファに座ってテレビを見ているお父さんの前に立った。お父さんは驚いた顔を見せたが、直ぐに笑顔になって私に尋ねた。
「どうしたんだい? カヅキ」
私を見つめるお父さんの顔は、とても疲れているように見えた。その理由は、私にも何となく分かっていた。最近、お父さんの身の回りでは悲しい事が何度も起こっていて、お父さんがお世話になっている教会の人が重い病気に罹ったり、仲の良い友達が交通事故で亡くなっていた。それから、お父さんは心の具合が悪くなってしまって、病院で貰った薬を飲んでいると、お母さんが言っていた。
お父さんは今とても大変なのだろう。けれど、今話しておかないと、二人きりで話せる時は来ないかもしれない。そう思って、私はあの日の事を打ち明けた。
「そうか」
話を聞いても、お父さんは一言だけ呟くだけだった。お父さんの顔から、微笑みは消えていた。
私達は天国に行けるだろうか。
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学校の行事が終わり、家に帰る途中だった。燃えるような夕焼けが街を覆っている。夏の盛りに鳴く蝉達の声がやけに騒がしく、私は背中を押されているような気分になった。
玄関の扉に触れた途端、大きな怒鳴り声が家の中から聞こえてきた。恐る恐る扉を開けて、玄関に入る。靴を脱ぎ終えた所で、リビングの方から色々な音が聞こえてきたので、思わず足を止めた。金属、ガラス、足音、叫び声。それらの音が聞こえなくなると、何かと何かがぶつかり合う音だけが家の中に響き始めた。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン――。
その音は何度も何度も、絶え間なく聞こえてきた。音が急に鳴り止み、家の中が誰もいないみたいに静かになった。私は足音を立てないようにゆっくりと歩き始めた。廊下を真っ直ぐ進んでいくと、リビングに突き当たる。外の夕焼けのせいか、扉の磨りガラスから不気味なほど鮮やかな赤い光が漏れていた。
扉を開ける直前、誰かに「だめ」と言われた気がした。けれど、体は勝手に動いていた。
ソファの上に女の人が転がっていた。顔がぐちゃぐちゃになっていて、誰かは分からない。
「お母さん?」
女の人は何も答えなかった。
リビングにある大きな窓は、夕日の光をいっぱいに吸い込んで、家の中を真っ赤に染め上げている。窓の側に誰かが立っていた。こちらに背を向けているので、顔は見えない。
「お父さん?」
「違う」
その人は振り向かずに答えた。
「お前が生まれてこなければよかったのに」
そう言って、その人は窓から飛び降りた。窓辺から下を覗いてみると、夕焼けよりも赤い物が地面に落ちていた。赤い物は辺りにどんどん広がっていき、気付けば世界の全てを赤に変えた。
視界が赤く染まる。
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目を覚ました私の全身は汗に塗れていた。痛みも忘れ、勢い良く体を起こすと、臓腑を焼き焦がすような希死念慮に襲われる。サイドテーブルに置かれたガラスの花瓶が目につき、反射的に花瓶を手にすると、テーブルの角にぶつけて叩き割った。辺りに散らばった破片の中から鋭く尖った物を選び取り、両手で力強く握り締める。私はそれを躊躇なく自身の喉元に突き刺した。
赤い液体が流れ落ちる。あの日、窓辺から見た物と同じ物が白いシーツを汚し始めた。光と音が霞み始め、意識が遠のいていく。
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「どうしてこんな事をしたんだ!」
私が自殺を図った後、見舞いに来た伯父の第一声だった。彼が大きな声で私を叱るのは、生まれて初めての事だった。額に青筋を浮かべて捲し立てる伯父とは対照的に、私の心情は妙に冷めていた。
「父親みたいに説教するのはやめてよ」
私の言葉が癇に障ったのか、伯父の表情が震え始める。伯父が更なる怒りを持って反駁を始める前に、私は空かさず問いを発した。
「伯父さんは、私が姪だったから、私を養子として引き取ったんでしょ?」
「何が言いたいんだ?」
私は伯父の――最早伯父とも言えない他人だが――質問に直ぐに答えなかった。思考の猶予を敢えて与える事で、彼自身の力で真実に気付いて欲しかった。より強力に、より印象的に、現実の悲惨さを思い知って欲しかった。
「……まさか」
怒りに火照っていた彼の顔色が、瞬く間に青ざめた。私の策はものの見事に成功したが、喜ばしい気持ちは一片も湧かなかった。
「全部思い出したんだ。あなたと血の繋がりが無い事も、私の両親がどうして死んだのかも」
彼は言葉を失い、呆然とこちらを見つめている。その様を嘲笑うように私は言葉を続けた。
「私の体に三森家の血が流れていない事を知ってたら、あなたは私を引き取る気になった?」
「……例えお前の話が真実だったとしても、私はお前を引き取ったさ」
「父を死に追いやったのが、私だったとしても?」
彼は再び絶句した。私は責め立てるように真相を語り続ける。実家に見知らぬ男が訪問してきた事。憤った母が男を追い返した事。私はとある家族が壊れていく過程を入念に説明した。
「私は下らない夢物語に感化されるような純粋で愚かな子供だったんだ。だから私は、浅はかな論理と美しい善意を携えて、遠回しに父に伝えた。あなたは私の父親じゃないってね。元からひび割れていた父の心はすっかり砕けて、彼を凶行に走らせた。私のせいで全部が壊れた」
全てを吐き出し終えると、冷静さが戻り、自ずと過去に対する分析が始まった。
母はあの男とどんな関係だったのか。私は本当に父の娘では無かったのか。そもそも、夢の中の疑似体験がどこまで信用できるのか。疑問点はいくらでも湧いた。しかし、一度声となった言葉は不可逆で、喉元に押し返す事はできない。私は激情に駆られ、失言を放ち、家族を再生する機会を失った。どれほどの後悔を経ても、傲慢な性質を保ち続けた私は、目の前の自失する男に向かって言い捨てた。
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