ヒガン────。

グリルチキ

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第一章

第11話─飛び降りの駆け落ち─

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桜たちの日常が幻のように過ぎ去っていく。
幸せは、いつも────静かに消え失せる。





:





昼間の日差しも通らない、ギフデッド本拠地。

黒い遮光カーテンをびっしり窓に貼り付け────ロウソク1本の灯火を、アンティーク調のロングテーブルに置いていた。


ギフデッド上層部の集合会議。
ルイの怪我も完治し、本格的な"計画"が動き始める。



「ルイ。もう大丈夫なのかい?」



この会議にルイを呼び出したのは、他でもない秋自身。
それをわかった上で────長い黒髪を揺らした秋。


彼の瞳にルイを労る色は見えない。
最後の"警告"として、彼への問いかける。
黒く淀んだ瞳孔にロウソクの火が映り込む。

それは、革命と言う灯火のように────



「……大丈夫だ。」


ルイの吃った返答に、夕も心配の瞳を向けた。
秋からの圧は、誰も逆らえない。
逆らえばそこで、終わる。


皆の空気感が一気に張り詰める。


何も知らぬモモカだけが、別部屋で小さな鼻歌を奏でている。
無垢な唄声は、これから起きる悲劇を知らない。


「さて、ギフト狩りもそろそろ再開と行こう。まだ見ぬ、神からの贈り物を導き────抵抗するものは殺せ。」


目を閉じて笑う秋。自分の思想と理念を語り、それに歯向かうものは殺す。
ゆっくりと瞼を開いて、血走った表情へと変化した。


「夕とルイ。軽率な、行動は慎んでね。僕とのお約束だ。」


顎下に人差し指を添える合図に、皆黙って息を飲む。
ルイだけが俯き、膝に置いた拳を強く握りしめていた。
 

「翠は、モモカの計画へ。冬は、ヒガン本拠地を偵察だ。良いかい?僕の期待を裏切らないでくれよ。」


それだけを言い残し、秋は退出してしまう。
冬は、秋の後を追うように席を立つ。
翠も、モモカの様子を見に、そそくさと部屋を後にした。


残ったのは、夕とルイだけ。
昼間とは思えぬ、薄暗い部屋に取り残された二人。

何も言葉を交わさず────交わせず、時間だけが刻一刻とすぎていく。






:




ルイは夕日の中、寂れた港へ来ていた。
誰も気配もしない。唯一落ち着ける空間。

任務遂行の時間まであと少し。
何もかも、切り捨てて生きてきた。 

自身の妹──モモカの為、二人の幸せな未来を描くために。


血で汚れた掌、人間の倫理を超えた存在になりつつ自分を、見て見ぬふりして、この数ヶ月生きていた。


それでもあの日、秋にさえ出会わなければ────少しはマシな未来があったのかもしれない。







:





妹のモモカとは、髪の色も瞳の色も違う。
強いて言えば、顔の面影がほんの少し見え隠れする。

それもそのはず。彼らは母親が違うのだ。
女にだらしのない父親が、複数の女性を身篭らせて出来た────兄妹。

ルイは、物心付く前から実母の存在を知らない。
荒んだ生活を繰り返してくうちに、ふいに"モモカを宿した女性"が住み、去っていた。


荒れ狂う父親と、小さな命。


まだ、十も満たないルイはモモカを守るために──
ただ、身体で父親の暴力を受け止めるしかなかった。


自分の事は後回し。
彼女が生き抜くために全てを、犠牲にしてモモカを育てていた。


酒臭い父親が帰ってくれば、押し入れにモモカを隠して、代わりに傷を受ける。


"お腹が空いた"と叫べば、過ちを犯してでも食べ物を取ってくる。
 

ルイの中心は、モモカで回っていた。
ろくに外に出て貰えなかった二人は、世界が狭く、澱んでいた。

それでも、父親を愛していたモモカ。
玄関の扉が開けば────父を出迎える彼女に、ルイは苛立ちとどうしようもない気持ちを抱えていた。





:





地獄からの一時的な脱出を遂げたのは、ある日の冬頃。

少し背丈が伸びたルイが、何時もより荒れ狂う父親を制御していた。

モモカは泣き叫び、怯えていた。
────それが、父の癇癪へさらに触れた。



ルイを押し退け、固く握った拳をモモカへ振り上げた瞬間──ルイの中で、"何か"が途切れた。



何時もより軽く、俊敏に動く身体。
思考より先に、伸ばした手が握る刃物。

父より高く舞ったルイは、父親目掛けて────刃を振り下ろした。





:




「やめて!!!お兄ちゃん!!」


ルイの正気が戻ったのは、モモカが叫び、嗚咽を漏らしながら自分を止めに入った時だった。

見るも無惨な父と真っ赤に染る掌。
一瞬で血の気が引いた。

自身の姿を確かめるように見つめる、薄くカーテンがかかってないガラス窓。

目が真っ赤に光、返り血の浴びた────怪物。



それが、自分自身と認識するまで時がゆっくりと過ぎていく。


何もかもを理解したルイは、モモカの手を握りしめ────逃避の旅を始めた。


人目につかない路地裏を走り、夜闇に紛れて、ただ───幸せを目指して走り続ける。


靴も履かずに裸足で踏みしめる。
地面は冷たく、劈くような痛みを感じても、走り続ける。


遠くへと、目的もない。居場所もない。
朽ち果てるまでの逃避行。


モモカと二人。何処までも走り続けれる────そんな気がした。





 
:

 


「あれ?君凄いね。なんだが……外が騒がしい気がして、出向いたけど────」


ルイとモモカの前へ立ち塞がる影。
逃避行の終わりを告げる存在。

たどり着いた寂れた港。
夜風が妙に騒がしく、導かれるように散歩を楽しんでいた────秋の前に訪れた招かれざる客。



「君達……面白いね。」



ルイへと近づく足音。
警戒心と恐怖心が強く絡まり合う。
秋の見透かした瞳に、後ずさる二人。


「血腥い。誰か、殺めてきた後かな?"ケダモノ"のように────」



秋の言葉へ激情する、ルイ。
気がつけば、秋へと飛びついていた。
赤く染まる瞳が、夜闇の中で際立っている。


秋は、微動だにしない。
狼の様に高く強く、月明かりに反射するルイを────



撃ち抜いた。


「お兄ちゃん……っ!!!」


血肉も血痕も出ない。ただ、秋の指先から放たれる何かに────ルイは、捕らえられた。


固まった風圧に押し飛ばされる感覚と軽い鈍痛。
地面に転がり、コンテナへと衝突する。
小さな呻き声と共に、丸くなる背中。


「君も……神に選ばれし存在なんだね。」


秋は、ルイへと近寄りしゃがみこむ。
彼の耳元で────囁いた。



「交渉しよう。君は、何かから逃げてきた。そして──妹を守りたい。違うかな?」



未だに続く、腹部への疼痛《とうつう》。
秋の脅迫とも思える提案に、目を見開いた。


「妹の安全は、確保してあげるよ。ただ、僕の指示には"絶対"従うことが条件だ。」



静かな支配をルイへと提供する。
彼が選ぶ余地も無い提案を────静かに飲み込んだ。




:





「ルイ。」



忌々しい過去の記憶から連れ戻す声。
ルイは、脱力気味に顔を上げた。


「夕……?」



岸壁に腰を下ろすルイの隣へ座り込んで、静かに頭を撫でる夕。
大きく、ゴツゴツした指先が────優しく包み込む。



ルイの瞳に光が宿る。
何時でも、何も言わずにそばにいてくれる夕。



秋の下で従う連中に牙を向いて、誰とも溶け込まず日々心を殺して役割を担っていたルイにとって、夕が初めての理解者て心を許せる存在。  



最初こそ盾突き、拒絶した。
それでも、夕だけは────何故かずっと隣に居てくれた。



一緒に立ち止まって、歩いて、しゃがむ。
気がつけば同じ速度で同じ距離感で自分を見ていてくれる、見つけてくれる。



「……ルイ。もう背負うのをやめよう」



生暖かい海風にルイの色落ちした金髪が靡いている。
夕日が徐々に落ち始め、空は汚く混ざり合う。
夜が始まり、昼が終わる。



任務遂行まで時間が無い。だけど────夕は、その場を動こうとしなかった。




「それって……」



ルイと夕の瞳が合わさる。
二人にしか映らない世界と空の色。
橙色と夜空が溶け込み、濁色する。



「逃げよう。ココギフデッドから」



迷いも不安もない夕の瞳。
やっと決心を着けた、全てを背負い────全てを捨てる為の決意。



「……おれ、分からない。」



ルイの顔が曇る。
夕の決意への嬉しさと後ろめたさが入りまじる。



「分からなくていい。明日の夕方、ここに集合だ。何も考えるな。」



夕とルイの影が重なる。
ゆっくりと沈む夕日は、何処か二人の逃亡を祝福してるようだった。




────彼らを見張る視線を隠して。
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