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3話 鶏のティーコゼと、フクロモモンガのティッシュケース
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フィニの家は、両親が忙しさの合間にパンデルモンに出てきて探してくれた、セキュリティ重視の女性向けアパルトメントの二階だ。間取りは少し広めのワンルーム。ベッドルームが居間に繋がっているのがあり得ない、と女友達には不評だったけど、キッチンは別だし、お風呂も広々しているのが気に入ってる。
もう二十年暮らしているその家に一歩踏み込んで、フィニは自分の鎧が解けるような気がしたけれど。アインは、はっきりと不機嫌になった。
「フィニ、誰かここに入れた?」
この子は一体、何の種族だろう。アインとは数ヶ月前、顧客にお断りされた品々を、亜空間容量が足りなくて両手で抱えて持ち帰っている時に、助けてもらって知り合った。
何も知らない相手といえばそうなのだけれど、もうフィニは、アインとは親友のような、家族のような気持ちなので、気にしていない。
だから、アインが神経質にあちこちを覗き込む背中が不安そうに見えたことで、疑問はすぐに忘れてしまった。
「友達よ。もう来ないと思うわ。それに、誰が来ようと、アインの場所は空いてるんだから、大丈夫よ」
水風魔法で部屋全体を神経質に綺麗にしているアインを誘って、部屋のど真ん中にあるコタツに入る。
二週間前にあまりの寒さに、ついつい、出してしまったのだ。
コタツの真ん中には、蜜柑入りのガラスの花型器。その下には、虹色魔羊の毛を石鹸でゴシゴシして作ったフェルトの敷物。コタツ布団のカバーは、まだ冬本番の毛糸モチーフ繋ぎは早いので、森林マヨイガ族の織った絹織物のハギレをパッチワーク風に繋いだ、手触り極上、汚れに強い、お気に入りのキルト。
出しっ放しだったのを所定の位置に戻したティッシュは、あみぐるみに凝っていた時に作ったフクロモモガー型のティッシュカバーがついている。吊り下げタイプで、お母さんのお腹からティッシュが出てきて、横で赤ちゃんが怒ってるというやつ。
ひとつひとつ取り上げると語り始めてキリがないが、こんな細工物が所狭しと置かれているのが、フィニの家だ。
フィニは、いわゆるオカンアートをこよなく愛している。眺めるだけでなく自ら作り、生活に使ってこそ、その温もりと愛らしさと少しのおかしみを堪能できると考えているので、コーデ案を真剣に考えれば考えるほど、インテリアの隙間にオカンアートが鎮座することになる。やめられない。
先週部屋にあげた男は、室内を見渡すなり無言になった。その前の男は、ちょっとは断捨離したら、と言った。その前は、田舎の雑貨屋かよ、と周囲に悪口のように言いふらした。
アインは、自分の定位置を温めていた間伸びしたカエルのクッションを取り出すと、代わりにそこにすっぽりと収まり、手の届く位置にある保温ポットに魔法でお湯を入れてくれた。フィニだと、沸騰直前という絶妙の温度に出来ない。アインがいると、楽だ。
フィニはこれも手の届く範囲にある棚から蓋付マグカップを二つ取り出して、三角のティーバッグを一つずつ入れて、アインに手渡す。するとアインが、ポットからお湯を入れて、蓋をして、背後の棚にあるたくさんのティー・コゼから、鶏頭のコゼを選んで、カップに被せてくれた。
「落ち着くなあ」
くたっとコタツに伏せて鶏コゼと目を合わせるアインに、フィニは胸が温かくなった。
フィニの好きなものを誰しもに好きになってもらいたいと思ってるわけじゃないけれど、立て続けに否定され続けて疲れていたフィニには、こうしてオカンアートのごった煮のような空間に自然に馴染んでいるアインは、貴重な存在だ。
感謝の気持ちを通り越して、愛しさすら感じる。
「アインは初めて会った時から、受け入れてくれて、すごいよ。嬉しい。すごく好き。ほんと好き」
「あはは、だって、落ち着くじゃん。フィニの好きなものに埋め尽くされてる感じ」
殺し文句がすごい。この若さでこの口のうまさ、将来が心配なほどである。
いつもならフィニは年長者として注意を促すのだが、この胸きゅんが自分を癒してくれるのを、今夜ばかりは頬を染めて受け入れた。
「ありがとう、アイン。本当に、大好きよ。ずっと友達でいてね」
フィニは嫌なことを全て忘れて、かぼちゃプリンを堪能し、アインと二人で冷蔵庫にあるもので作った鍋をつついて、少々のお酒も嗜んで、いい気分で月を見上げた。
不夜城の灯りが空を照らして、月は少々存在感が薄い。けれど、大祭まであと数日となって、月の周りに浮かぶ六芒星の光の陣が、うっすらと見え始めていた。
「大祭、楽しみだったんだけどなあ」
「どうして、もう楽しみじゃないみたいに言うの?」
アインの声が、とても甘く聞こえる。もしかして、夜も更けて、少し眠たいのかもしれない。
「だって、彼氏もできないし。Trick & Treatを一緒に見る人がいないからなあ」
「僕がいるじゃないか。せっかく……」
「あはは、ありがと、アイン。でもアインは、大祭はご家族と過ごさないの?」
「だから、僕はもう百はとうに過ぎてるから、家族と過ごすような子供じゃないよ」
そうは言っても、どう見ても、見た目は子供だ。
けれど、アインのプライドを傷つけてしまったらしい。アインはすこぶる機嫌の悪そうな顔をして、フィニの手首をきゅっと握った。
(怒りながら優しく触ってくるって、なに。可愛い)
フィニがによによしているうちに、何か魔法をかけたらしい。
「狼避けと、爬虫類避けかけておいた! 絶対、彼氏なんて作っちゃダメだよ!」
まさかのやきもちを焼かれたらしい。というか、なんで直近の彼氏候補が狼男と竜人だって、わかるのだろう。
多少の不可解さはあれど、もう可愛くて、嬉しくて、どうしようもなくて、フィニは慌てるアインのまるい頭を両手で抱き寄せて、ぎゅううううっと胸に抱き込み、頭にすりすりと頬擦りをした。
「アイン、わかった、約束ね。大祭は一緒に楽しもうね」
「ちょ、ちょ、ほんとフィニ、当たってる、当たってるから!」
「いいじゃない、兄妹みたいなもので! ねえ、一緒に寝よう~」
これが、どうやら悪かったらしい。
アインは、本格的に機嫌を損ねて、口をきいてくれなくなった。慌てたフィニが、どう機嫌を取っても、ダメだった。スン、とした顔で「別に」「どうでもいい」しか言わなくなって、そして、日が変わる前に、帰って行ってしまった。
「泊まるって言ってたのに」
ベッドに行く気も失せて、コタツにそのまま横になる。
コタツの中に突っ込んだままだったカゴが膝に当たって、よいしょ、と取り出した。編みかけの、あみぐるみ。僕を作ってよ、と言うので、こっそり編んでいたのだ。アインの透明な美しさとは似もつかない、ちょっと離れ目のぶちゃ顔になっているけれど、8回編み直して、これでもうまくできた方。
またすぐ、お土産を持って来てくれるはず。そしたら、大祭をいつ見にいくか、どこからTrick & Treatを見るか、相談しよう。
そう思っていたのに。
二日と空けずに顔を見せてくれていたアインは、それから一週間たっても、姿を見せてくれなかった。
もう二十年暮らしているその家に一歩踏み込んで、フィニは自分の鎧が解けるような気がしたけれど。アインは、はっきりと不機嫌になった。
「フィニ、誰かここに入れた?」
この子は一体、何の種族だろう。アインとは数ヶ月前、顧客にお断りされた品々を、亜空間容量が足りなくて両手で抱えて持ち帰っている時に、助けてもらって知り合った。
何も知らない相手といえばそうなのだけれど、もうフィニは、アインとは親友のような、家族のような気持ちなので、気にしていない。
だから、アインが神経質にあちこちを覗き込む背中が不安そうに見えたことで、疑問はすぐに忘れてしまった。
「友達よ。もう来ないと思うわ。それに、誰が来ようと、アインの場所は空いてるんだから、大丈夫よ」
水風魔法で部屋全体を神経質に綺麗にしているアインを誘って、部屋のど真ん中にあるコタツに入る。
二週間前にあまりの寒さに、ついつい、出してしまったのだ。
コタツの真ん中には、蜜柑入りのガラスの花型器。その下には、虹色魔羊の毛を石鹸でゴシゴシして作ったフェルトの敷物。コタツ布団のカバーは、まだ冬本番の毛糸モチーフ繋ぎは早いので、森林マヨイガ族の織った絹織物のハギレをパッチワーク風に繋いだ、手触り極上、汚れに強い、お気に入りのキルト。
出しっ放しだったのを所定の位置に戻したティッシュは、あみぐるみに凝っていた時に作ったフクロモモガー型のティッシュカバーがついている。吊り下げタイプで、お母さんのお腹からティッシュが出てきて、横で赤ちゃんが怒ってるというやつ。
ひとつひとつ取り上げると語り始めてキリがないが、こんな細工物が所狭しと置かれているのが、フィニの家だ。
フィニは、いわゆるオカンアートをこよなく愛している。眺めるだけでなく自ら作り、生活に使ってこそ、その温もりと愛らしさと少しのおかしみを堪能できると考えているので、コーデ案を真剣に考えれば考えるほど、インテリアの隙間にオカンアートが鎮座することになる。やめられない。
先週部屋にあげた男は、室内を見渡すなり無言になった。その前の男は、ちょっとは断捨離したら、と言った。その前は、田舎の雑貨屋かよ、と周囲に悪口のように言いふらした。
アインは、自分の定位置を温めていた間伸びしたカエルのクッションを取り出すと、代わりにそこにすっぽりと収まり、手の届く位置にある保温ポットに魔法でお湯を入れてくれた。フィニだと、沸騰直前という絶妙の温度に出来ない。アインがいると、楽だ。
フィニはこれも手の届く範囲にある棚から蓋付マグカップを二つ取り出して、三角のティーバッグを一つずつ入れて、アインに手渡す。するとアインが、ポットからお湯を入れて、蓋をして、背後の棚にあるたくさんのティー・コゼから、鶏頭のコゼを選んで、カップに被せてくれた。
「落ち着くなあ」
くたっとコタツに伏せて鶏コゼと目を合わせるアインに、フィニは胸が温かくなった。
フィニの好きなものを誰しもに好きになってもらいたいと思ってるわけじゃないけれど、立て続けに否定され続けて疲れていたフィニには、こうしてオカンアートのごった煮のような空間に自然に馴染んでいるアインは、貴重な存在だ。
感謝の気持ちを通り越して、愛しさすら感じる。
「アインは初めて会った時から、受け入れてくれて、すごいよ。嬉しい。すごく好き。ほんと好き」
「あはは、だって、落ち着くじゃん。フィニの好きなものに埋め尽くされてる感じ」
殺し文句がすごい。この若さでこの口のうまさ、将来が心配なほどである。
いつもならフィニは年長者として注意を促すのだが、この胸きゅんが自分を癒してくれるのを、今夜ばかりは頬を染めて受け入れた。
「ありがとう、アイン。本当に、大好きよ。ずっと友達でいてね」
フィニは嫌なことを全て忘れて、かぼちゃプリンを堪能し、アインと二人で冷蔵庫にあるもので作った鍋をつついて、少々のお酒も嗜んで、いい気分で月を見上げた。
不夜城の灯りが空を照らして、月は少々存在感が薄い。けれど、大祭まであと数日となって、月の周りに浮かぶ六芒星の光の陣が、うっすらと見え始めていた。
「大祭、楽しみだったんだけどなあ」
「どうして、もう楽しみじゃないみたいに言うの?」
アインの声が、とても甘く聞こえる。もしかして、夜も更けて、少し眠たいのかもしれない。
「だって、彼氏もできないし。Trick & Treatを一緒に見る人がいないからなあ」
「僕がいるじゃないか。せっかく……」
「あはは、ありがと、アイン。でもアインは、大祭はご家族と過ごさないの?」
「だから、僕はもう百はとうに過ぎてるから、家族と過ごすような子供じゃないよ」
そうは言っても、どう見ても、見た目は子供だ。
けれど、アインのプライドを傷つけてしまったらしい。アインはすこぶる機嫌の悪そうな顔をして、フィニの手首をきゅっと握った。
(怒りながら優しく触ってくるって、なに。可愛い)
フィニがによによしているうちに、何か魔法をかけたらしい。
「狼避けと、爬虫類避けかけておいた! 絶対、彼氏なんて作っちゃダメだよ!」
まさかのやきもちを焼かれたらしい。というか、なんで直近の彼氏候補が狼男と竜人だって、わかるのだろう。
多少の不可解さはあれど、もう可愛くて、嬉しくて、どうしようもなくて、フィニは慌てるアインのまるい頭を両手で抱き寄せて、ぎゅううううっと胸に抱き込み、頭にすりすりと頬擦りをした。
「アイン、わかった、約束ね。大祭は一緒に楽しもうね」
「ちょ、ちょ、ほんとフィニ、当たってる、当たってるから!」
「いいじゃない、兄妹みたいなもので! ねえ、一緒に寝よう~」
これが、どうやら悪かったらしい。
アインは、本格的に機嫌を損ねて、口をきいてくれなくなった。慌てたフィニが、どう機嫌を取っても、ダメだった。スン、とした顔で「別に」「どうでもいい」しか言わなくなって、そして、日が変わる前に、帰って行ってしまった。
「泊まるって言ってたのに」
ベッドに行く気も失せて、コタツにそのまま横になる。
コタツの中に突っ込んだままだったカゴが膝に当たって、よいしょ、と取り出した。編みかけの、あみぐるみ。僕を作ってよ、と言うので、こっそり編んでいたのだ。アインの透明な美しさとは似もつかない、ちょっと離れ目のぶちゃ顔になっているけれど、8回編み直して、これでもうまくできた方。
またすぐ、お土産を持って来てくれるはず。そしたら、大祭をいつ見にいくか、どこからTrick & Treatを見るか、相談しよう。
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