寂しさを満たすのは貴女

日室千種・ちぐ

文字の大きさ
3 / 7

3話 鶏のティーコゼと、フクロモモンガのティッシュケース

しおりを挟む
 フィニの家は、両親が忙しさの合間にパンデルモンに出てきて探してくれた、セキュリティ重視の女性向けアパルトメントの二階だ。間取りは少し広めのワンルーム。ベッドルームが居間に繋がっているのがあり得ない、と女友達には不評だったけど、キッチンは別だし、お風呂も広々しているのが気に入ってる。
 もう二十年暮らしているその家に一歩踏み込んで、フィニは自分の鎧が解けるような気がしたけれど。アインは、はっきりと不機嫌になった。

「フィニ、誰かここに入れた?」

 この子は一体、何の種族だろう。アインとは数ヶ月前、顧客にお断りされた品々を、亜空間容量が足りなくて両手で抱えて持ち帰っている時に、助けてもらって知り合った。
 何も知らない相手といえばそうなのだけれど、もうフィニは、アインとは親友のような、家族のような気持ちなので、気にしていない。
 だから、アインが神経質にあちこちを覗き込む背中が不安そうに見えたことで、疑問はすぐに忘れてしまった。

「友達よ。もう来ないと思うわ。それに、誰が来ようと、アインの場所は空いてるんだから、大丈夫よ」
 
 水風魔法で部屋全体を神経質に綺麗にしているアインを誘って、部屋のど真ん中にあるコタツに入る。
二週間前にあまりの寒さに、ついつい、出してしまったのだ。
 コタツの真ん中には、蜜柑入りのガラスの花型器。その下には、虹色魔羊の毛を石鹸でゴシゴシして作ったフェルトの敷物。コタツ布団のカバーは、まだ冬本番の毛糸モチーフ繋ぎは早いので、森林マヨイガ族の織った絹織物のハギレをパッチワーク風に繋いだ、手触り極上、汚れに強い、お気に入りのキルト。
 出しっ放しだったのを所定の位置に戻したティッシュは、あみぐるみに凝っていた時に作ったフクロモモガー型のティッシュカバーがついている。吊り下げタイプで、お母さんのお腹からティッシュが出てきて、横で赤ちゃんが怒ってるというやつ。
 ひとつひとつ取り上げると語り始めてキリがないが、こんな細工物が所狭しと置かれているのが、フィニの家だ。
 フィニは、いわゆるオカンアートをこよなく愛している。眺めるだけでなく自ら作り、生活に使ってこそ、その温もりと愛らしさと少しのおかしみを堪能できると考えているので、コーデ案を真剣に考えれば考えるほど、インテリアの隙間にオカンアートが鎮座することになる。やめられない。

 先週部屋にあげた男は、室内を見渡すなり無言になった。その前の男は、ちょっとは断捨離したら、と言った。その前は、田舎の雑貨屋かよ、と周囲に悪口のように言いふらした。
 アインは、自分の定位置を温めていた間伸びしたカエルのクッションを取り出すと、代わりにそこにすっぽりと収まり、手の届く位置にある保温ポットに魔法でお湯を入れてくれた。フィニだと、沸騰直前という絶妙の温度に出来ない。アインがいると、楽だ。
 フィニはこれも手の届く範囲にある棚から蓋付マグカップを二つ取り出して、三角のティーバッグを一つずつ入れて、アインに手渡す。するとアインが、ポットからお湯を入れて、蓋をして、背後の棚にあるたくさんのティー・コゼから、鶏頭のコゼを選んで、カップに被せてくれた。

「落ち着くなあ」

 くたっとコタツに伏せて鶏コゼと目を合わせるアインに、フィニは胸が温かくなった。
 フィニの好きなものを誰しもに好きになってもらいたいと思ってるわけじゃないけれど、立て続けに否定され続けて疲れていたフィニには、こうしてオカンアートのごった煮のような空間に自然に馴染んでいるアインは、貴重な存在だ。
 感謝の気持ちを通り越して、愛しさすら感じる。

「アインは初めて会った時から、受け入れてくれて、すごいよ。嬉しい。すごく好き。ほんと好き」
「あはは、だって、落ち着くじゃん。フィニの好きなものに埋め尽くされてる感じ」

 殺し文句がすごい。この若さでこの口のうまさ、将来が心配なほどである。
 いつもならフィニは年長者として注意を促すのだが、この胸きゅんが自分を癒してくれるのを、今夜ばかりは頬を染めて受け入れた。

「ありがとう、アイン。本当に、大好きよ。ずっと友達でいてね」

 フィニは嫌なことを全て忘れて、かぼちゃプリンを堪能し、アインと二人で冷蔵庫にあるもので作った鍋をつついて、少々のお酒も嗜んで、いい気分で月を見上げた。
 不夜城の灯りが空を照らして、月は少々存在感が薄い。けれど、大祭まであと数日となって、月の周りに浮かぶ六芒星の光の陣が、うっすらと見え始めていた。

「大祭、楽しみだったんだけどなあ」
「どうして、もう楽しみじゃないみたいに言うの?」

 アインの声が、とても甘く聞こえる。もしかして、夜も更けて、少し眠たいのかもしれない。

「だって、彼氏もできないし。Trick & Treatを一緒に見る人がいないからなあ」
「僕がいるじゃないか。せっかく……」
「あはは、ありがと、アイン。でもアインは、大祭はご家族と過ごさないの?」
「だから、僕はもう百はとうに過ぎてるから、家族と過ごすような子供じゃないよ」

 そうは言っても、どう見ても、見た目は子供だ。
 けれど、アインのプライドを傷つけてしまったらしい。アインはすこぶる機嫌の悪そうな顔をして、フィニの手首をきゅっと握った。

(怒りながら優しく触ってくるって、なに。可愛い)

 フィニがによによしているうちに、何か魔法をかけたらしい。

「狼避けと、爬虫類避けかけておいた! 絶対、彼氏なんて作っちゃダメだよ!」

 まさかのやきもちを焼かれたらしい。というか、なんで直近の彼氏候補が狼男と竜人だって、わかるのだろう。
 多少の不可解さはあれど、もう可愛くて、嬉しくて、どうしようもなくて、フィニは慌てるアインのまるい頭を両手で抱き寄せて、ぎゅううううっと胸に抱き込み、頭にすりすりと頬擦りをした。

「アイン、わかった、約束ね。大祭は一緒に楽しもうね」
「ちょ、ちょ、ほんとフィニ、当たってる、当たってるから!」
「いいじゃない、兄妹みたいなもので! ねえ、一緒に寝よう~」

 これが、どうやら悪かったらしい。
 アインは、本格的に機嫌を損ねて、口をきいてくれなくなった。慌てたフィニが、どう機嫌を取っても、ダメだった。スン、とした顔で「別に」「どうでもいい」しか言わなくなって、そして、日が変わる前に、帰って行ってしまった。

「泊まるって言ってたのに」

 ベッドに行く気も失せて、コタツにそのまま横になる。
 コタツの中に突っ込んだままだったカゴが膝に当たって、よいしょ、と取り出した。編みかけの、あみぐるみ。僕を作ってよ、と言うので、こっそり編んでいたのだ。アインの透明な美しさとは似もつかない、ちょっと離れ目のぶちゃ顔になっているけれど、8回編み直して、これでもうまくできた方。
 またすぐ、お土産を持って来てくれるはず。そしたら、大祭をいつ見にいくか、どこからTrick & Treatを見るか、相談しよう。
 そう思っていたのに。
 二日と空けずに顔を見せてくれていたアインは、それから一週間たっても、姿を見せてくれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

処理中です...