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ワンナイトラブの直前の事情。1.

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 アレクシオスに連れられ、入らせてもらった、博物館のバックヤード。
 博物館にほど近いクノッソス宮殿の、一般公開前の発掘現場。
 
 アレクシオスは自分で言うだけあってたしかに「顔が利く」らしく、ガイドパスをを提示することもなく、頷きひとつで一般人が入れないところへ貴奈を連れて行ってくれた。

 この顔なら確かに「顔パス」だよねと、貴奈はずれた方向でひとり納得している。
 
 
 男はーーアレクシオスは驚くほど博識だった。
 とてもとても公認ガイドのレベルではないほどだ。
 歴女どころか、大学で専攻もしていた貴奈は内心舌を巻いた。
 
 好きなもの、好きな場所のこと。お気に入りの出土品について。
 話し始めたら互いに止まらない。 
 ちょうど今の時期はガイドの需要はあまりなくて暇だったんだ、というアレクシオスの言葉は、シーズンオフの観光地においては確かに嘘ではなさそうだ。 

 博物館のバックヤードへ入れてもらって出土品の修復作業を目にした途端、貴奈の中のまだ少し残っていた警戒心は日なたの氷みたいにすみやかに溶けてしまっていたが、「一杯おごる、なんなら食事でもしよう」と男が誘ったところで、貴奈はいったん我に返った。
 
 初めて出会ったとは思えないほどに男との会話は楽しくて、舞い上がってしまっていたらしい。
 男は話し上手、聞き上手で、はじめのうちはかちんこちんになっていた貴奈も気が付いたら話に夢中になっていたのだ。 

 外国の観光地で、現地の男に誘われる。
 通常なら貴奈の警戒心マックスとなるはずだったし、事実、いったん溶けた警戒心も食事に誘われれば多少は復活して、それなりに躊躇はしたのだが、

「君が警戒するのはわかるし、必要なことだけれど」

 気を悪くした様子もなく、アレクシオスは白い歯を見せて快活な笑顔を向けた。

「君の知識はすごいし、俺はもっと話したくて」

 最近、こういう話をする機会が減っていて物足りなくてさ、と続ける彼の言葉を信じることにしようと、銀縁眼鏡のフレームに細い指を添えて小首をかしげつつ、貴奈はほどなくして結論を出す。

 その仕草、かなり反則だぞ、と、男のツボにはまったことなど、貴奈はもちろん知る由もない。
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