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萌芽 2.
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カサンドラ嬢の話は、確かに奇妙で、けれどそれ以上でもそれ以下でもなかった。
なにしろ、情報が限られ過ぎている。
エイリスが無理矢理に作ろうとしている「取り巻き」は、ほぼすべて親の肩書を利用したものであり、ユーディトを始めとする、本当に仲の良い者同士で集まって、ついでに親なり家族なり同士の付き合いもある、というこちらとはまるで異なっているので、あまり接点がないらしい。
「犯罪に手を染めた張本人が社交界に返り咲こうとしているばかりか、恐れ多くも御方様のように男装をするだなんてバカバカしくって」
それで思わずこのような下らない話をお耳に入れてしまいました、と、最後はカサンドラはお行儀よく頭を下げてみせた。
「お茶会で深刻な話をするほうが無粋だ。別に恐縮することはないよ、カサンドラ嬢」
とりあえず、とりなしておく。
しゅんとした「フリ」かもしれないけれど、謝るような話ではないだろう。
確かにどうでもよい話ではあるけれど、どんな話でも自分の知らない話というのは新鮮だし、そもそもこういう社交に出ることにしたのは、話題の質を問わず「今、みんな何してる?」と、いわばトレンドを押さえておくという意味があるのだった。
‘影’たちは彼ら自身の私見はほぼ抜きにして、見聞したことを私に報告するけれど、さすがにこのことは知らされていなかったから。
最近、男装をするようになったのだろうか?
そして、どうしてそんなことをするのだろう。
「レオン様の好みは男装の麗人」と思い込んで、自分もコスプレを始めることにしたのか。
けれどレオン様に執着する彼女は私を憎んでいるはずだ。その彼女が私の真似をして楽しいだろうか。
くだらない、と一笑に付すのは簡単だけれど、本人のビョーキぶりは相当なものだったから、意図や真意を考えてしまう。
私はカサンドラの頭の斜め後方に見える、黄色の果樹を眺めながらぐるぐると考え込んだ。
レモンに似た果実にもうちょっと白っぽくなるほど農薬をぶっかけたら、白金系のエイリスの頭に似てるな、などと、カサンドラの話以上にどうでもよいことを想像していると。
「そういえばカサンドラ様。最近、コリンヌ様とお話なさっていて?」
ユーディトはあさりげなく話題を変えるように問いかけている。
エイリスを罵りたいが、茶会と男装の真似っこくらいで悪口を言うのもためらわれる、という微妙な雰囲気を察してのことだろう。勇ましい女性だが、ユーディトはちゃんと細やかに気のつく人なのだ。
コリンヌ嬢とは、はきはきしたカサンドラ嬢にいつもくっついている、ちょっと気の弱い感じのご令嬢である。
カサンドラ嬢に良くも悪くも頼り切っている様子ではあるが、カサンドラ嬢が善良で面倒見のよい性格をしているから、まあ二人で一セット、コリンヌ嬢にとっても悪い友人ではないだろう、と私は見ているが、今日は欠席らしい。
「四、五日前かしら。キタラを聴く会でご一緒できると聞いたのだけれど、あの晩もお会いできなくて」
ユーディトは残念そうに首を振った。
「しばらくお見掛けしていないような気がして。今日は来て下さると思ったのだけれど、昨晩、体調がすぐれないと報せが」
前日に、格上の友人の茶会を断わるのだ。
体調がすぐれない、どころか病気ではないのだろうか?
「大事ないとよいが、カサンドラ嬢は何かご存じか」
親友なら何か聞いているかもしれない。
ガレットを食べ終えて、冷たい水の入った杯に手を伸ばしながら何気なく声をかけると、
「それが、……御方様」
両手を膝の上に置きながら眉を寄せて口ごもる。
令嬢であるから背を丸めたり妙な姿勢をとることまではしないが、もの言いたげに私を見つめたかと思えば、またすぐに顔を背けたり、明らかに挙動不審だ。
不審そうに眉をひそめたユーディト。私やカサンドラ、ユーディトを気がかりそうに代わる代わる見つめるほかのご令嬢たち。
「──カサンドラ嬢、どうしたのだ」
ここは私が聞くことにしようと、令嬢たちを目顔で黙らせ、私はわざとゆったりとした口調で尋ねた。
反射的に唇をきゅっと噛みしめるのを視界に捉えながら、怯えさせぬように気をつけて続ける。
「ここにはあなたの友人たちと私だけ。コリンヌ嬢のことでよほど心配ごとでもあるのか。……話してはくれまいか?それとも場所が悪いか?」
「いいえ、御方様!」
カサンドラ嬢はつむじ風が吹いたかと思うほど勢いよく首を横に振り、体ごと私のほうへ向き直った。
みずからの動作によって無理矢理自分に活を入れたらしく、
「御方様、ユーディト様。この場で、このようなお話をしてしまうことをお許し下さい」
しっかりとした口調でそう言って、二、三度唇を舐めてからカサンドラ嬢は口を開いた。
「最近、彼女は。……コリンヌは、さかんにあの女の集まりに招かれておりまして」
──エイリス・ルルー・ラ・アサド。
また、あのイカれた女が関係しているのか。
ついさきほどあげつらっていた噂の人物が、コリンヌのことにも関わりがあるらしい。というより、このことが頭にあったから、カサンドラ嬢はエイリスのことを持ち出して罵ったのかもしれない。こちらが、本題なのかもしれない。
ぬるくなってもまだ十分に薫り高いお茶を一口飲み下ろしながら、私は彼女の話に耳を傾けた。
なにしろ、情報が限られ過ぎている。
エイリスが無理矢理に作ろうとしている「取り巻き」は、ほぼすべて親の肩書を利用したものであり、ユーディトを始めとする、本当に仲の良い者同士で集まって、ついでに親なり家族なり同士の付き合いもある、というこちらとはまるで異なっているので、あまり接点がないらしい。
「犯罪に手を染めた張本人が社交界に返り咲こうとしているばかりか、恐れ多くも御方様のように男装をするだなんてバカバカしくって」
それで思わずこのような下らない話をお耳に入れてしまいました、と、最後はカサンドラはお行儀よく頭を下げてみせた。
「お茶会で深刻な話をするほうが無粋だ。別に恐縮することはないよ、カサンドラ嬢」
とりあえず、とりなしておく。
しゅんとした「フリ」かもしれないけれど、謝るような話ではないだろう。
確かにどうでもよい話ではあるけれど、どんな話でも自分の知らない話というのは新鮮だし、そもそもこういう社交に出ることにしたのは、話題の質を問わず「今、みんな何してる?」と、いわばトレンドを押さえておくという意味があるのだった。
‘影’たちは彼ら自身の私見はほぼ抜きにして、見聞したことを私に報告するけれど、さすがにこのことは知らされていなかったから。
最近、男装をするようになったのだろうか?
そして、どうしてそんなことをするのだろう。
「レオン様の好みは男装の麗人」と思い込んで、自分もコスプレを始めることにしたのか。
けれどレオン様に執着する彼女は私を憎んでいるはずだ。その彼女が私の真似をして楽しいだろうか。
くだらない、と一笑に付すのは簡単だけれど、本人のビョーキぶりは相当なものだったから、意図や真意を考えてしまう。
私はカサンドラの頭の斜め後方に見える、黄色の果樹を眺めながらぐるぐると考え込んだ。
レモンに似た果実にもうちょっと白っぽくなるほど農薬をぶっかけたら、白金系のエイリスの頭に似てるな、などと、カサンドラの話以上にどうでもよいことを想像していると。
「そういえばカサンドラ様。最近、コリンヌ様とお話なさっていて?」
ユーディトはあさりげなく話題を変えるように問いかけている。
エイリスを罵りたいが、茶会と男装の真似っこくらいで悪口を言うのもためらわれる、という微妙な雰囲気を察してのことだろう。勇ましい女性だが、ユーディトはちゃんと細やかに気のつく人なのだ。
コリンヌ嬢とは、はきはきしたカサンドラ嬢にいつもくっついている、ちょっと気の弱い感じのご令嬢である。
カサンドラ嬢に良くも悪くも頼り切っている様子ではあるが、カサンドラ嬢が善良で面倒見のよい性格をしているから、まあ二人で一セット、コリンヌ嬢にとっても悪い友人ではないだろう、と私は見ているが、今日は欠席らしい。
「四、五日前かしら。キタラを聴く会でご一緒できると聞いたのだけれど、あの晩もお会いできなくて」
ユーディトは残念そうに首を振った。
「しばらくお見掛けしていないような気がして。今日は来て下さると思ったのだけれど、昨晩、体調がすぐれないと報せが」
前日に、格上の友人の茶会を断わるのだ。
体調がすぐれない、どころか病気ではないのだろうか?
「大事ないとよいが、カサンドラ嬢は何かご存じか」
親友なら何か聞いているかもしれない。
ガレットを食べ終えて、冷たい水の入った杯に手を伸ばしながら何気なく声をかけると、
「それが、……御方様」
両手を膝の上に置きながら眉を寄せて口ごもる。
令嬢であるから背を丸めたり妙な姿勢をとることまではしないが、もの言いたげに私を見つめたかと思えば、またすぐに顔を背けたり、明らかに挙動不審だ。
不審そうに眉をひそめたユーディト。私やカサンドラ、ユーディトを気がかりそうに代わる代わる見つめるほかのご令嬢たち。
「──カサンドラ嬢、どうしたのだ」
ここは私が聞くことにしようと、令嬢たちを目顔で黙らせ、私はわざとゆったりとした口調で尋ねた。
反射的に唇をきゅっと噛みしめるのを視界に捉えながら、怯えさせぬように気をつけて続ける。
「ここにはあなたの友人たちと私だけ。コリンヌ嬢のことでよほど心配ごとでもあるのか。……話してはくれまいか?それとも場所が悪いか?」
「いいえ、御方様!」
カサンドラ嬢はつむじ風が吹いたかと思うほど勢いよく首を横に振り、体ごと私のほうへ向き直った。
みずからの動作によって無理矢理自分に活を入れたらしく、
「御方様、ユーディト様。この場で、このようなお話をしてしまうことをお許し下さい」
しっかりとした口調でそう言って、二、三度唇を舐めてからカサンドラ嬢は口を開いた。
「最近、彼女は。……コリンヌは、さかんにあの女の集まりに招かれておりまして」
──エイリス・ルルー・ラ・アサド。
また、あのイカれた女が関係しているのか。
ついさきほどあげつらっていた噂の人物が、コリンヌのことにも関わりがあるらしい。というより、このことが頭にあったから、カサンドラ嬢はエイリスのことを持ち出して罵ったのかもしれない。こちらが、本題なのかもしれない。
ぬるくなってもまだ十分に薫り高いお茶を一口飲み下ろしながら、私は彼女の話に耳を傾けた。
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