姫将軍は身がもたない!~四人の夫、二人のオトコ~

あこや(亜胡夜カイ)

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 茶会での噂を耳にしてからひと月かそこらは経った頃だと思う。
 公都・アルバにおいて、良家の令嬢による男装はちょっとした流行になっていた。
 それを教えてくれたのは、今度はウルマン少将の妹、ユーディトだ。

 「アサド家の令嬢だけではなくなってきたそうですわ、御方様」

 ユーディトは耳打ちしてくれた。
 
 「令嬢に招かれた者たちを中心に、茶会やちょっとした集まりのたびに男装をしているとか」
 「ふうん」
 「かわりばんこに男装をして、友人同士でエスコートの真似事をしたり、と」
 「……まあ、コスプレ、じゃなくて、きせかえ遊びの延長だ、とは思うけれど」
 
 脳内であの神経質そうな令嬢の顔と、華奢な体つきを思い出してみた。
 どうみても、男装向きとはいえないな、と思う。
 それどころか、滑稽なレベルではないかと思うのだが、別に悪口大会をしたいわけではないから黙っていると、

 「好きにされればよい、とは思いますけれど、軍人としてのお役目のある御方様の真似をするなど不遜の極み!」

 ユーディトは鼻息荒く断罪した。
 かくいう彼女は、艶やかな真紅のドレス姿だ。
 ウルマン少将によれば、「妹はけっこう腕が立つのですよ。むろん、御方様からすれば児戯のようなものではありますが」とちょっとだけ自慢そうに言っていたこともあるくらい、それなりに鍛えていて、しっかりとした骨格のユーディトだったら素敵な男装の麗人になると思うけれど、彼女はその点保守的というか、「生半可な気持ちで軍人のナリなどするものではありませんわ」と言い張っている。

 「まあまあユーディト」

 私は苦笑した。
 生真面目にぷりぷりしているユーディトは、なんというか可愛らしくも見える。
 ウルマン少将は「妹は気がきついしがさつで」とため息交じりに言うが、実はけっこうシスコンなのを知っている。
 艶やかできりりとした美女で、言動は勇ましいけれど、とてもよく気が付くし、今だって私の代わりに怒ってくれるなんて、優しい人だと思う。

 「仮装だか扮装だかさせておけばいいよ。ひとの夫に横恋慕するとか、はた迷惑なことをされない限りは。──ねえ、ルード、レオン様」
 「そうだな」
 「まったくだ」
 
 斜め後ろにいた二人の夫に声をかけると、彼らは一様に頷いて、左右から私の腰を抱いた。
 ユーディトは機嫌を直したように微笑んで、こちらを眺めている。

 今日の夜会は、著名な旅の楽団による演奏会後の肩の凝らないもので、主催者は筆頭公爵のシグルド様だ。立食形式で無礼講、ということになっているけれど、もちろんほとんどの出席者は羽目を外したりなどしない。私と四人の夫たちが珍しく全員揃っているし、招かれた者たちもグラディウスに仕える高位の者とその家族に限られるため、名目が気軽な夜会であるだけで、濃い顔ぶれである。

 夫たちは今日は全員キラキラ公爵様、侯爵様のいでたちで固めていて、目がつぶれるほど麗しい。
 その彼らに取り囲まれていると、こうしてユーディトや他の知人とお話ができないので、ちょっと離れていてもらったのだが、基本的に彼らは私につききりだ。離れるとしてもほんのちょっと、つまり会話も聞こえるし、今のように私がひと言、呼べば、長い脚一歩で私の横に立てる程度にしか距離を取らない。

 「俺にしてみれば近寄らないで大人しくしているなら男装でもなんでもすればいいと思っている」

 レオン様は不愉快そうに言った。
 ストーカー的執着を向けられた彼の言葉は説得力がある。
 手にしていた発泡酒をくいくいっと飲み干して、ふう、とため息を吐く。
 彼女が裁かれるまでの不快なアレコレを思い出しているに違いない。
 
 「同感だ。が、大人しくするつもりがないから茶会を主催するとか蠢いているんだろう?」
 
 シグルド様も頷く。
 デリケートな、ようは不穏な話になりかけているけれど、もともとこの件はユーディト主催の茶会で知らされた情報だから、そこは夫たちも彼女を信頼しているらしい。
 
 「ユーディト嬢。これからも何か気づいたことがあればどんなことでもいいから知らせてほしい」

 ユリアスが近づいてきて言葉を添えた。
 公爵様のじきじきの要請である。
 
 「しかと承りました、閣下」

 ユーディトは深く頭を下げた。
 オルギールは黙ったままだ。目を伏せて考え事をしているらしい。
 長い、銀色の睫毛が影を落としている。

 場所柄、密談というほどではないにせよ、集まっている顔ぶれが顔ぶれだからか、私達の周りはユーディトと護衛ぐらい。後は遠巻きにしてこちらの気配を窺っている様子で、「気軽な夜会」は微妙の空気になってしまった。
 
 「さあさあ、うっとうしい話はこのくらいにしましょ」

 私は両側から腰に回された夫たちの大きな手をぽんぽん叩いた。
 努めて明るい声で問いかける。

 「ね、ユーディト嬢、まだ召し上がる?それとも甘いものにうつる?」
 「……甘いものなら、まだまだ頂けますわ、御方様」

 ユーディトもすぐに調子を合わせてくれた。
 ちゃんと場の空気を見てくれているのは有難い。
 ほんのりと微笑んで、小菓子が並んでいるエリアを伸びあがって眺めている。

 「何人か、女性が群れておりますけれど。……比較的、空いているのではないかと」
 「俺が選んでこようか?」

 紅い髪を揺らして、シグルド様が優しく言う。
 腰に回した手が、ごく自然にお尻を撫でる。
 ルードは爽やかで穏やかな顔をしているけれど、グラディウスの殿方のご多分に漏れず、けっこうえっちなのだ。
  
 「リヴェアの好みはわかってるつもりだから」
 「自分で選びます!」

 だからお尻を触らないで!と言外に匂わせて不埒な手を払い落すと、シグルド様はくすりと笑い、その手を今度はエスコートのために差し出した。
 仕方なく私の手を載せると、すぐにまず指先と手のひらにキスを落とされる。
 シグルド様にエスコートをお願いすると、この行為は通過儀礼なので私は気にもとめずに受け流し、小菓子のエリアへ向かうことにした、その時。

 人垣が割れた。
 私たちが移動したせいか、もっと他の事情なのか。

 元の世界の、映画の特撮みたいにみごとに人々が左右に分かれ、割れた人垣のその先に。

 「これは──閣下、御方様」

 形のごとく腰を折り、礼をとる男と、その傍らには。
 
 「本日は娘を連れておりまして。……この楽団の演奏であればぜひ聴きたいと」
 「今宵はお招きを頂きありがとうございます、公爵様方」

 白金の髪。神経質そうな白皙。
 エイリス・ルルー・ラ・アサド。アサド議長の娘。ストーカー女。
 「御方様」と呼びかけることもなく、彼女は見事に私を無視して優雅に一礼をした。
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