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──なんなんだ、この女は。
それが、エイリスを目の当たりにした私の脳内感想だった。
たぶん、夫達もユーディトも、その場にいた全員は同じ感想を抱いたのではないだろうか。
父親に連れられて、一応深々と腰を折って礼をとるエイリスは、白い軍服を身に纏っていたのだ。
金銀の飾り緒、勲章代わりのブローチをつけた軍服「風」と言えるが、黒の長靴まで履いているその姿は、格好だけ見れば誰の真似をしているのか一目瞭然だ。
よくも恋敵らしい私の真似をする気になるものだ、とちょっぴり感心しつつも、結わずに下ろした髪は白金色のふわふわで頼りないし、似合わないなあ、仮装だなあと意地悪く考えてしまう。
と、我に返って周囲の様子を見ると、それぞれ「不機嫌」を精一杯体現したような反応を示している。私の非好意的な視線など可愛いものだと少し安心するくらい。
ユーディトはあからさまに眉を顰め、レオン様とルード、ユリアスも同様。オルギールは視線だけで凍えそうな圧を発している。
「……アサド議長」
腕組みをしたルードが、一歩前に進んで声をかけた。
オルギール並の二メートルはあろうかという長身、がっしりとした雄渾な体格。
対照的なほど繊細な、優しげな美貌。
私の大好きな「真昼の空の色」は、いつもは朗らかに輝いているけれど、今は別人のよう。
冷徹な現・筆頭公爵、シグルド・オーディアル・ド・グラディウスのこれもまたもう一つの顔だ。
「よく来た、楽しんでいるか、と言いたいところだが、その前に」
「……は」
如才のない笑みを浮かべていたアサド議長は、不穏な風向きを感じたのだろう、口元を引き締めて先ほどよりももう少し深く腰を折る。
「ダイソン。お前の連れはなぜ我が妻に挨拶をしない?」
いつも優しいルード、私の大切な「火竜の君」は、真っ向からストレートに高位の部下を、「議長」から名前呼び捨てに切り替えて難詰した。
アサド議長は、たぶんわざとではなくびくりと本能的に体を震わせている。
対して、その隣のエイリスは身じろぎもしない。
俯きかげんにしている顔ははっきりとは見えないけれど、おそらく表情筋一つ動かしていないように見える。
たいした強心臓だな、と妙に感心して首を振っていると、超絶お怒りモードのレオン様が鼻先を私のつむじに突っ込んできた。
レオン様の匂いフェチが発動するときはご機嫌な時がほとんどだけれど、たまに、激した感情を持て余した時は、私の髪の中に鼻先を突っ込んで平静を保つこともあるとわかってきた。
まさに、今もきっとそうだ。
ストーカー女を視界に入れるのも嫌なのだろう、と、腰に回されたレオン様の手を同情とともにそっと撫でる。
「お前の連れの目の前にいるのは俺たちだけではない。公爵夫人がいる。最愛の妻だ。俺たちの命そのもの、グラディウスの至宝」
「まことにさようで……」
最愛とか至宝とか。
派手な表現は日常茶飯事だからだいぶ慣れたつもりだけれど、それでも大勢の前で、私もいるところでこんな風に言われるとまだお尻がむずむずする。
むずむずついでに無意識に半歩下がろうとした私を、レオン様の大きな手がぐいと引き寄せた。
一瞬で距離を詰めたオルギールとユリアスが、私の真後ろで壁になっている。
公爵夫人たるもの、尻込みしたかのようにみられる行動は許さない、ということか。
弱気に見えるような行動を見せてはいけない。誤解させてはならない。
少なくとも、この女に対して私が弱気になる必要などゼロだ。マイナスだ。
夫のキラキラワードに羞恥を感じただけなのだから、私は背筋を伸ばして心もち顎を反らせた。
敏感にそれを感じ取ったのだろう。レオン様は相変わらず鼻をつむじに突っ込んだまま「それでいい、可愛いリーヴァ」と囁くし、オルギールとユリアスは無言で私のお尻を撫で回す。
「それでいい」という意味なのだろうけれど、お尻を撫でるって……
まったくもうこの人たちは、とちょっとした機会を逃さない不埒な夫達の手を睨んでみたが、そんなわずかな間に場は緊迫の度合いを増していた。
ユーディトも口を引き結んだまま、私たちに加勢するかのようにアサド親子を睨みつけている。
ルードは、アサド親子を前に、本気で怒っているらしい。
篝火色に輝く紅い髪が、まるで彼を飾る火焔のようだ。
「──なのにお前の連れは俺たちにしか礼をとらない。わざとであれば言語道断、うっかりと、であればお前の躾がなっていない。どちらだ」
「そのような、閣下、めっそうもないことで……」
「俺の感想を言うぞ。わざととしか思えんな。一瞬前にお前は俺たちと妻へ礼を執った。連れならばお前と同様の言葉を口にするはずだ」
「お許しを、閣下、けっしてそのような」
「愛しい妻への不敬は看過できん。──衛兵、前へ」
「お待ちを!お許しを、閣下!!」
アサド議長の悲鳴にも似た声を合図としたかのように、音もなく数名の親衛隊が私達の前へ進み出た。
固唾を飲んで成り行きを見守っていた周囲の人々も、ようやく事の重大さに思い至ったらしくざわめき始めている。
たかが挨拶、されど挨拶、だ。
もっと身分の低い者からのそれであれば、「不調法」の一言で済むはず。
しかし、グラディウス公国において「議会」はそれなりの権限があるし、その「議長」ともなると相当な高位の者と言える。議長の娘の礼を失した振る舞いは、確かに不敬と言われても仕方のないことだ。
さらに、その娘はつい最近までレオン様に対するストーカー行為(とそれに伴う犯罪)で自宅軟禁まで命じられていたといういわくつき。
その者が公爵夫人への礼を「あえて」執らない、としたら、今までのいきさつ込みで、確かに看過すべきではないのかもしれない。
少なくとも、私を溺愛する夫たちにとっては、特に。
「アサド。お前の連れを不敬罪で捕らえる」
「お待ちを!どうか、どうかお許しを、閣下!」
「許すかどうか後で決める。──衛兵」
「閣下っ!!どうか、何卒、なにとぞ……っ」
必死で寛恕を請う父親を振り払って進み出た衛兵が、一片のためらいもなくエイリスの両腕を拘束しかけた、その時。
「──お許しくださいませ、オーディアル公閣下、そして、おかたさま」
今の今まで顔色一つ変えず、まるで他人事のように沈黙していたエイリスは、最後の一言を殊更にゆっくりと口にして、俯き気味だった顔を上げた。
それが、エイリスを目の当たりにした私の脳内感想だった。
たぶん、夫達もユーディトも、その場にいた全員は同じ感想を抱いたのではないだろうか。
父親に連れられて、一応深々と腰を折って礼をとるエイリスは、白い軍服を身に纏っていたのだ。
金銀の飾り緒、勲章代わりのブローチをつけた軍服「風」と言えるが、黒の長靴まで履いているその姿は、格好だけ見れば誰の真似をしているのか一目瞭然だ。
よくも恋敵らしい私の真似をする気になるものだ、とちょっぴり感心しつつも、結わずに下ろした髪は白金色のふわふわで頼りないし、似合わないなあ、仮装だなあと意地悪く考えてしまう。
と、我に返って周囲の様子を見ると、それぞれ「不機嫌」を精一杯体現したような反応を示している。私の非好意的な視線など可愛いものだと少し安心するくらい。
ユーディトはあからさまに眉を顰め、レオン様とルード、ユリアスも同様。オルギールは視線だけで凍えそうな圧を発している。
「……アサド議長」
腕組みをしたルードが、一歩前に進んで声をかけた。
オルギール並の二メートルはあろうかという長身、がっしりとした雄渾な体格。
対照的なほど繊細な、優しげな美貌。
私の大好きな「真昼の空の色」は、いつもは朗らかに輝いているけれど、今は別人のよう。
冷徹な現・筆頭公爵、シグルド・オーディアル・ド・グラディウスのこれもまたもう一つの顔だ。
「よく来た、楽しんでいるか、と言いたいところだが、その前に」
「……は」
如才のない笑みを浮かべていたアサド議長は、不穏な風向きを感じたのだろう、口元を引き締めて先ほどよりももう少し深く腰を折る。
「ダイソン。お前の連れはなぜ我が妻に挨拶をしない?」
いつも優しいルード、私の大切な「火竜の君」は、真っ向からストレートに高位の部下を、「議長」から名前呼び捨てに切り替えて難詰した。
アサド議長は、たぶんわざとではなくびくりと本能的に体を震わせている。
対して、その隣のエイリスは身じろぎもしない。
俯きかげんにしている顔ははっきりとは見えないけれど、おそらく表情筋一つ動かしていないように見える。
たいした強心臓だな、と妙に感心して首を振っていると、超絶お怒りモードのレオン様が鼻先を私のつむじに突っ込んできた。
レオン様の匂いフェチが発動するときはご機嫌な時がほとんどだけれど、たまに、激した感情を持て余した時は、私の髪の中に鼻先を突っ込んで平静を保つこともあるとわかってきた。
まさに、今もきっとそうだ。
ストーカー女を視界に入れるのも嫌なのだろう、と、腰に回されたレオン様の手を同情とともにそっと撫でる。
「お前の連れの目の前にいるのは俺たちだけではない。公爵夫人がいる。最愛の妻だ。俺たちの命そのもの、グラディウスの至宝」
「まことにさようで……」
最愛とか至宝とか。
派手な表現は日常茶飯事だからだいぶ慣れたつもりだけれど、それでも大勢の前で、私もいるところでこんな風に言われるとまだお尻がむずむずする。
むずむずついでに無意識に半歩下がろうとした私を、レオン様の大きな手がぐいと引き寄せた。
一瞬で距離を詰めたオルギールとユリアスが、私の真後ろで壁になっている。
公爵夫人たるもの、尻込みしたかのようにみられる行動は許さない、ということか。
弱気に見えるような行動を見せてはいけない。誤解させてはならない。
少なくとも、この女に対して私が弱気になる必要などゼロだ。マイナスだ。
夫のキラキラワードに羞恥を感じただけなのだから、私は背筋を伸ばして心もち顎を反らせた。
敏感にそれを感じ取ったのだろう。レオン様は相変わらず鼻をつむじに突っ込んだまま「それでいい、可愛いリーヴァ」と囁くし、オルギールとユリアスは無言で私のお尻を撫で回す。
「それでいい」という意味なのだろうけれど、お尻を撫でるって……
まったくもうこの人たちは、とちょっとした機会を逃さない不埒な夫達の手を睨んでみたが、そんなわずかな間に場は緊迫の度合いを増していた。
ユーディトも口を引き結んだまま、私たちに加勢するかのようにアサド親子を睨みつけている。
ルードは、アサド親子を前に、本気で怒っているらしい。
篝火色に輝く紅い髪が、まるで彼を飾る火焔のようだ。
「──なのにお前の連れは俺たちにしか礼をとらない。わざとであれば言語道断、うっかりと、であればお前の躾がなっていない。どちらだ」
「そのような、閣下、めっそうもないことで……」
「俺の感想を言うぞ。わざととしか思えんな。一瞬前にお前は俺たちと妻へ礼を執った。連れならばお前と同様の言葉を口にするはずだ」
「お許しを、閣下、けっしてそのような」
「愛しい妻への不敬は看過できん。──衛兵、前へ」
「お待ちを!お許しを、閣下!!」
アサド議長の悲鳴にも似た声を合図としたかのように、音もなく数名の親衛隊が私達の前へ進み出た。
固唾を飲んで成り行きを見守っていた周囲の人々も、ようやく事の重大さに思い至ったらしくざわめき始めている。
たかが挨拶、されど挨拶、だ。
もっと身分の低い者からのそれであれば、「不調法」の一言で済むはず。
しかし、グラディウス公国において「議会」はそれなりの権限があるし、その「議長」ともなると相当な高位の者と言える。議長の娘の礼を失した振る舞いは、確かに不敬と言われても仕方のないことだ。
さらに、その娘はつい最近までレオン様に対するストーカー行為(とそれに伴う犯罪)で自宅軟禁まで命じられていたといういわくつき。
その者が公爵夫人への礼を「あえて」執らない、としたら、今までのいきさつ込みで、確かに看過すべきではないのかもしれない。
少なくとも、私を溺愛する夫たちにとっては、特に。
「アサド。お前の連れを不敬罪で捕らえる」
「お待ちを!どうか、どうかお許しを、閣下!」
「許すかどうか後で決める。──衛兵」
「閣下っ!!どうか、何卒、なにとぞ……っ」
必死で寛恕を請う父親を振り払って進み出た衛兵が、一片のためらいもなくエイリスの両腕を拘束しかけた、その時。
「──お許しくださいませ、オーディアル公閣下、そして、おかたさま」
今の今まで顔色一つ変えず、まるで他人事のように沈黙していたエイリスは、最後の一言を殊更にゆっくりと口にして、俯き気味だった顔を上げた。
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