溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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お祭り騒ぎのその果てに 7.

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 アルバ、一時封鎖。

 伝令の指示を受けた守備兵たちは顔を見合わせた。
 が、そこはよく訓練された者たち。理由は不可解だがまずはすぐに重い城門を閉じにかかった。
 閉じるだけでも重労働である。厚い板を二枚重ね鉄板を表裏に張って鋲を打ち込んである。木材部分の腐食を少しでも遅らせるよう防水の樹脂加工がされている。さらには十年に一度、扉は新しいものと交換されている。恐ろしく重厚で堅牢な、公都・アルバを守る城門である。

 それがギシギシと音を立てて閉じられ始めると、当然驚きの声が上がった。

 当初は珍しそうに眺めているだけの者たちも、だんだん訝し気に、気の弱いものなどは不安げな顔つきに変化しつつあった。それもやむを得ない。この城門が閉ざされることなど見たことがない者すらいる。数年、十年以上に一度、あるかどうかである。前回はいつだったか、というほどだ。

 何があった?祭りの最中なのに。

 がやがやと取りざたする声は次第に大きくなり、やがて城門を守る兵士たちに向けられ始める。
 
 知らんわからん上の命令だと言い続けていたが、祭りの夜だけに酒の入った者が多い上、祭りを楽しんだあと街の外にとった宿に帰ろうとする観光客たちにとっては深刻なことであり、封鎖を決断したレオンが危惧した通り、いつしかかなりな騒ぎとなっていた。

 「なんでだ、いきなり!?」
 「どこで寝ろってんだ!?出せ!」
 「うるさいぞ、おとなしくしないとしょっ引くぞ!!」
 「俺が何したってんだ、やれるもんならやってみろ!」
 「黙れ!!」
 
 似たようなやりとりが城門前数か所で勃発し、はじめは宥めにかかっていた兵士もついつい大声を上げ、しまいには兵士に殴り掛かった者が拘束されるに至り、「兵士が丸腰の人間を力づくで」と非難ごうごうの人々がさらに集まり……、と、政情不穏な街であれば暴動にでもなったかもしれない。

 守備兵たち自身、封鎖しろというからとりあえず命令に従ったまでであり、もみあいになるのを必死で押し返しつつ「いったいなぜなんですかね隊長」とぼやいていたころ。

 ようやく、たくさんの蹄の音が近づいてきて、人々は顔を見合わせた。

 「皆、落ち着け!」
 「取り乱すな、公爵閣下だ!」
 「静かにせよ!控えよ!!」

 腹に響く、きりりとした先ぶれの兵士の声。

 公爵様だとよ、と集まった者たちはとりあえず話を聞こうと振り上げた手を下ろし、大声を上げていたものも口を噤み、声のする方に顔を向けた。
 現金なものではあるが、グラディウス一族、特に三公爵の人気、人望はアルバの人々にとっては遺伝子レベルで刻み込まれていると言ってもよいほどであるから、「宥めに顔を出したほうがいいだろうな」という公爵の読みは正しい。
 たまに酔っぱらいすぎて「コウシャクサマがなんだってんだ」と言った男は他の者に蹴飛ばされ、小突かれておとなしくなった。

 やがて、親衛隊と武官たちを率いたユリアスが現れた。
  
 夜の闇に溶けるような黒褐色の髪、鋭い暗緑色の瞳。豪華な盛装のまま白馬にまたがった彼は物語から抜け出したようで、女性たちはみな老いも若きも一様に頬を染め、男たちですらうっとりとその姿に見とれた。

 「……祭りの夜に無粋なことと承知しているが」

 前置きなく、ユリアスは言った。

 「かねてより内偵中の者がアルバを出ようとしていると情報を得たのだ。そのために急遽封鎖させた」
 「公爵様、何した奴ですかい?」

 一人の男が気安く声をかけ、ユリアスのおつきの兵士たちは「無礼だぞ!」と目を吊り上げたが、ユリアスは場を和ませるようにふわりと笑いかけた。

 とたんに、「きゃー」だの「ユリアスさま~」だの女性のはしゃいだ声が上がる。これは兵士たちも止めない。場を静めるために来たのだから、女性のこういう反応はむしろ歓迎すべきことだ。

 「愛しい妻に害をなそうとした者だ」

 ユリアスは真顔で言い放った。

 夫たちのリヴェアへの溺愛っぷりはつとに有名な話だ。今更驚くべきことではない。
 とはいえ、怜悧な美貌のユリアスの口から堂々とこのような発言が飛び出すと、再びきゃーと女性が騒ぎ、男たちは「姫将軍が!?」と血相を変えた。
 ちなみに、公爵夫人となっても民衆の中ではリヴェアの愛称は「姫将軍」で定着している。
 ロシュの言ではないが、美しくてきさくだと人気者なのだ。

 「どんな人相ですか、公爵様!?」
 「おれたちがひっとらえて」

 そうだそうだと言う彼らを、ユリアスは手を上げて宥めた。

 「内偵中と言ったはずだ。誤認逮捕などの恐れもある。こみいった事情があってな、気持ちだけ受け取っておこう。……守備隊長」
 「は、」

 ユリアスはひらりと身軽に馬を降りて、足下に跪く男を身振りで立たせると、気さくに肩をたたいた。

 「役目、ご苦労。祭りの夜に水を差されたのだ。民の不満もやむなし。双方、こらえてくれ」
 「もったいないお言葉……」
 「すいません、公爵様」

 隊長以下兵士たちは恐縮して頭を下げ、熱くなっていた民衆も急速冷却、おとなしく引き下がる。
 それを見て取って、ユリアスは満足そうに頷いた。

 「皆の不便もあろう。封鎖は一時的なもの。長くても明日の昼までとする。それまでに不埒者は必ず捕縛する」
 「心得ました!」
 「祭りの夜だ。酒を運ばせておいたゆえ、それでも飲んで憂さを晴らしてくれ」
 
 わあ、とその場にいる者は歓声を上げた。
 樽酒が幾つか、城門前に押し出された。兵士たちに引かせていたのだ。

 「公爵様、万歳!」
 「ユリアスさま、素敵!」
 「大好き、ユリアス様~」

 大声援の中、ユリアスは頷きかけたり軽く手を上げたりしていたが、そこへ兵士が一人、音もなく近づいて何やら耳打ちをした。

 一、二回、軽く頷く。目が見開かれ、「あいつ……!」と言いかけてまたすぐに口は閉じられた。


 ******


 アルフはユリアス達と街の中心部付近で別れた。全員が雁首揃えて城門へ行く必要はない。民衆を宥めるのは公爵の役目であり、そもそもリヴェアを捜索しなくてはならないのだ。

 アルフはユリアスが貸した兵士五名程とごったがえした街中を彷徨い、たまに聞き込みらしきこともしてみたが、当然だが有益な情報は得られず、人の波にもまれるようにして一の塔の広場へたどり着き、屋台の多さと特設会場の熱狂を目の当たりにして「これはもう探すのではなくお戻りになるまで待つしかないのではないか」と考えた。
 が、考えはしたものの手をこまねいているわけにはゆかないから、貸し与えられた兵士とは「一刻後に塔の真下の階段前」と具体的に街合わせを約束してから解散した。

 特設会場は派手に盛り上がっている。

 そういや月の女神の最終選考会だったなと、これまたベニート同様アルバで生まれ育った彼は考えた。

 租税一年分がかかっているから各地の美女(必ずしもその土地出身者じゃなくても)も応援団も必死である。有料席をとっている男たちも自分の推す美女に熱く声援を送る。
 
 以前の彼なら結構楽しく立ち見で美女の品定めをしていたものだが、今の彼はそんなことは思ってもみない。寝ても覚めてもリヴェア命である。だから特設会場の賑わいは煩わしいとしか感じられない。

 リアが出てりゃいいのに。絶対優勝だ。

 彼の脳内を覗いたら誰もがなまぬるく笑うしかなかったろう。

 彼は真剣にそう思っていたが、ちなみにこの選考会は貴族女性に出場資格がないことは知っている。
 昔は全ての女性に門戸が開かれていたのだが、貴族の女性が自分が優勝しようと買収したり有力候補を害したりと物騒な話になってから、平民に限る、と定められたのだ。爵位のある女性が競うとなると、政争にまで発展したこともあったらしい。その後、特典が「租税免除」となった。地域ぐるみで盛り上がるため、という趣旨であり、これはたいへんにウケて現在に至っている。

 やれやれ。リア、どこへ行ったんだろう。

 しょうことなしにリヴェアの好みそうな洒落た宝飾店の出店を眺めてみたが、彼女への贈り物ならこれがお勧めと店主に商われ、買い物中の女性客にはご一緒しませんかと逆ナンされ、ろくなことはなかった。

 歌声と手拍子が聞こえる。歌を披露する女性らしい。結構長いこと歌っている。持ち時間いっぱい歌い続けるつもりだろうか。

 リアは歌も上手いよな。なんでもできるよな。

 以前、小さな宴が催されたとき、うっかり少々飲酒したリヴェアがご機嫌で一曲披露したのだ。
 「これしか知らないの」とはにかんで歌ったのは、侍女に教えてもらったとかいう古い恋歌で、なかなか上手なうえ、照れながら歌うさまはめちゃくちゃかわいくて、警護についていたアルフは、数日はその記憶だけで右手の世話になったし、夫たちも悶絶したらしく次の日の昼まで彼らは寝所から出てこなかった。 

 アルフは色々ぼんやり思い出した。完全にリヴェアという名の不治の病に侵されているから仕方がない。

 しかし。
 
 ぼんやりしているだけではないところが不名誉な過去にも負けず、親衛隊長となったアルフ・ド・リリーの勘の良さである。

 特設会場の人垣のそばにごくありふれた恰好の男を目にとめると、すいと駆け寄って肩をたたいた。

 「!?ア、アルフ?」

 ベニートが振り返ると、アルフは紅い瞳を楽し気に少し細めて「よう」と言った。

 眼前のアルフは武官のいでたちだ。非番のはずなのに、なぜ。

 「アルフ、いや、リリー隊長、いったい」
 「ばかやろう、二人のときは隊長なんてよせよ」

 アルフは白い歯を見せてニヤリと笑い、ベニートの背中を一発どついた。旧別動隊の者同士、やはり仲は特別にいい。
 いて、と言いつつベニートは多少冷静になってアルフのなりに目を向けると、もう一度、

 「いったいなぜそんな恰好を?」

 と尋ねた。

 「実家に下がってたんじゃないか?」
 「なんかえらく物騒な感じで呼び出されたんだ」

 アルフは子供のように口をひんまげた。

 「すぐに登城しろ、って。もうすぐ晩飯の時間だったし家にいたからいいけどさ。いなかったらなんかえらいことになりそうだった」
 「……」

 リヴェアの不在がバレて呼び出されたのだろうと、ベニートは微妙な顔をした。
 おまけによりにもよって非番。リヴェアの「お供」は彼ではないかと疑われたのでは。

 日頃から「リヴェア様病」だもんな、頼まれたら断れないと思われるよなとベニートは同情しつつ「で、あの方を探しに?」と話を逸らした。

 「そうだよ!」

 アルフはベニートの外衣をぐいぐい引っ張ってつめより、ベニートをよろけさせた。
 
 「リア、いや、御方様は!?」

 雑踏とはいえ誰が聞いているかわからない。あわてて名前は伏せた。

 「お前、今日の護衛の一番兵だろ?そんな平服着て、もしかして」
 「すまん、アルフ」

 ベニートは目を伏せた。
 外衣を引っ張るアルフの手が止まる。

 「あの方がどうしても祭りに行きたいと。ついてってほしいと」
 「なんでお前なんだよ!?」

 思わずそちらへ論旨がずれるのはやむを得ない。

 「なんで俺じゃなくてお前に頼むんだよ!?」
 「お前、隊長だろ」

 ベニートは冷静に指摘して、そっとアルフの手を外させた。

 「お前、あの方の頼みを断れないだろう?バレたらアルフはただでは済まないと仰ってた」
 「お前ならいいってのか?」
 「まあなんとかなるでしょと仰せだった」
 「……」

 リアは俺ではなくベニートと街に出た。
 リアは俺のことを気遣ってくれた。

 腹立たしいのと嬉しいのとで微妙な顔つきになったアルフをベニートはさっきのお返しとばかりに一発どついてやった。

 なんだよいてえな!とわめくのと期せずして同時に、わあああ!!と特設会場が異様に沸騰して、アルフの抗議をかき消す。
 怒号のような歓声である。

 うるせえな、と舌打ちをするアルフを、ベニートはうっかりもう一度手加減なしにぶん殴り、軽くアルフが吹っ飛びかける。

 「そうだ!アルフ!!」
 「なんだよお前、乱暴な」
 「あの方、コレに……っ!」
 「あん?コレって?」

 血相を変えたベニートに今度は引きずられるようにしてアルフは会場へと向き直った。

 人の後頭部ばかりで何も見えない。だがベニートはアルフの手をひっつかんだまま迷いなく移動して、会場脇の屋台の店主に何事か言って幾らか握らせると、酒瓶入りの木箱の山によじ登った。どうやら話がつけてあったらしい。早く乗れと促され、アルフは首を傾げながら登り、ベニートの隣に立つ。

 これだけ高くなれば人の頭も邪魔にならない。演台は遠いが、角度が良いので出場者が歩き回れば十分に様子はわかる。

 「ベニート、あの方がいるってのか」
 「いるどころか、アルフ、」

 出ておられるんだよ、と呻きつつ言ったベニートの声はアルフの耳には届かなかった。 
 

 ------さあ!月の女神最終選考会、最後の美女はこの方!ローデのエイミー嬢だ!!

 「エイミー、エイミー!」
 「待ってたぞ、エイミー!」
 「ローデのエイミー!」
 「おっぱい最高!」

 熱く、しばしば下品な声援とともに天幕がからげられ、白っぽい扮装の女性が颯爽と現れた。

 ベニートはああ、もう、と無意識に喘ぐような嘆息を漏らしている。
 お前変だぞ、と言いながらもアルフは演台に目線を移す。

 そして、瞠目した。

 黒髪は高く結い上げられているが、幾筋か落ちかかった後れ毛が計算されたように色っぽい。
 呆けたロシュをどやしつけながらリヴェアが自分で結ったので、うまく出来なかっただけなのだが。
 キラキラする長めの外衣。真っ白な甲冑を真珠色の肌の上に直接身に着けている。
 幅広の腰当からすんなり伸びた足。日頃日に当たらない白い大腿が生々しい。
 膝から脛、足元は武具に覆われている。精巧にできているらしく、足取りは軽やかだ。

 そして、何より上半身に目が釘付けになる。

 女騎士が出てくる三文芝居の鎧のような俗っぽいが、グラディウス一族の紋章が鮮やかに描かれている。
 突き出した釣鐘型の防具に収められた胸はゆたかでこぼれんばかりだ。

 硬質な鎧、なまめかしい真珠色の肌とやわらかな曲線。その対比は息をのむほど鮮烈で美しい。     リヴェアは大声援にも怯むこともなく、艶やかに微笑んでいる。

 「おい、ベニート、なんだってあの方……」
 「なんでかわからんが‘エイミー’になってた」

 茫然として二人が見守る中、エイミーことリヴェアは演台の中央に進み出るとさっと右手を高く上げた。

 とたんに、何事かと観衆は口を噤み、みるみる会場は水を打ったように静まり返る。

 「忠実にして賢明なるグラディウスの民よ!」

 リヴェアは戦場で鍛えられたよくとおる声を張った。

 ------リヴェアはどうせ「姫将軍」をやるならと、なりきりで演説をぶちかますことにしたようだ。

 民への感謝、労働とその対価たる糧への感謝から始まり、やがてグラディウス一族への賛辞へ。
 三公爵、ヘデラ侯、彼らに仕える者たちが寸暇を惜しんで働いていること。
 彼らは常に民の栄華と幸福を望んでいること。
 自分も姫将軍の名に恥じぬよう、公僕としてこの身を捧げるつもりであること、等々。

 ゆっくりと、しかし絶妙な抑揚をつけて語り、演台を歩き、立ち止まっては臆することなく観衆を見渡し、目のあった者には頷いて見せる。

 退屈と言えば退屈かもしれない。歌も踊りもリップサービスもない。奇をてらった内容を語るでもない。
 けれどそれはやはり「そっくりさん」ではなく、本物であるゆえか、耳を傾けずにはいられない真実の響きがあった。

 「なあ、ベニート」
 「うん?」
 
 二人は演説に聞き惚れ、リヴェアに見惚れながら立ち尽くしている。
  
 「……すげえな、あの方」
 「ほんとにな」
 「惚れなおしたよ」
 「俺も。お前の次に」

 二人が食い入るように「なりきり姫将軍」を演じるリヴェアを見つめていると。

 「------お前たち、職務怠慢だな」

 鋭い声が飛んだ。

 「!?っ、これは、」
 
 仁王立ちのユリアスがこちらを見上げていた。
 城門を静めてから、ユリアスはこちらへ駆けつけたらしい。
 ものすごく華やかな長衣だけは脱いでいるものの、額飾りはそのまま煌めいていて、これまたどこのお忍びの貴公子か、という風体である。 
 
 閣下、と呼んでいいものかどうか。二人の半瞬のためらいを見て取って、ユリアスは軽く頷いてみせた。
 すごすごと木箱から降りようとする彼らを押しとどめ、なんとユリアスまでも木箱に上ってしまった。

 「あの方は、あちらに……」

 二人が演台のほうを示すと、ユリアスは難しい顔をして「知っている」と言った。

 ------演説はもう終わりのようだ。

 リヴェアはおろしていた手をもう一度高く掲げて、「グラディウス、万歳!」と叫んだ。
 はじかれたようにまた歓声が上がり、同じく、「グラディウス、万歳!」と続く。

 「グラディウスに栄光を!」
 「姫将軍、万歳!」

 あとは放っておいても観衆は熱狂的に歓呼の声を上げ続けた。
 
 リヴェアは満足そうにそれを見渡していたが、いきなり「あ!」という顔をした。
 顔だけではなく、たぶん実際に声を上げた。
 両手を頬にあて、目も口も丸く開けている。
 どうした、何があった、と、またも観衆はどよめきつつも静まり返る。

 「どうした?」
 「なんだっていうんでしょう」

 ユリアスもアルフもベニートも、揃って怪訝な顔をした。

 リヴェアは静かになった観衆をぐるりと見まわし、審査員席に向かって手を振って。

 「以上、ローデのエイミーでした!」

 と言った。

 どっとまた観衆は湧きかえった。今まで行儀よく演説を聞いていた者たちもまた口笛を吹いたり囃し立てたりし始める。楽隊も陽気な曲を奏で始める。

 耳をすませばまた「エイミー最高!」はいいとして「すげえおっぱい」「あの胸だけで優勝だ」「触りたい」「美味そう」等々、大変聞き捨てならない声が聞こえてきて、ユリアスの顔はみるみるうちに険しくなっていった。

 無言で台から飛び降り、すたすたと歩き始める。

 「来い」

 小声で振り向かずに言って、ずいぶんと早足に歩いてゆく。
 アルフとベニートは慌てて後を追い、少し離れてユリアスの護衛達がそれに続いた。


 ******


 「お疲れ、‘姫将軍’!」

 控室へ戻ったリヴェアを、ロシュはさっき覚えたばかりのハイタッチで出迎えた。
 ああロシュ、と、リヴェアは微笑んで見せたが一次選考のあとほどの朗らかさはない。
 違和感を感じつつも、これまた予備選考のあとと同様、心からの賛辞を贈る。

 「すごかった、綺麗で堂々としていて。ほんとに姫将軍みたいだった」
 「そう?」

 リヴェアは曖昧に笑んだ。

 「あなたは見たことあるの?彼女を」
 「遠目で何回か。あとは似姿をね」

 ロシュは言いながら、微妙にぼんやりとしているリヴェアの後ろに回って肩当てを外し、重そうな外衣を脱がせてやった。
 たちまちなまめかしい首筋から肩、鎖骨にかけてが露わになり、肌の美しさに目を奪われる。
 視線も心も吸い込まれてゆくのを自覚する。

 欲しい、と思った。

 美しくて姫将軍そっくりの度胸があって。世間知らずで男あしらいのずれた女。

 ただの「いいとこのお嬢さん」ではないのかもしれない。男もいるようだ。
 でもそんなことは関係ない。
 ココから連れ出して、モノにしたい。どんな手を使っても。
 さっき彼女は「自分の身元を明かす気がないなら余計な詮索するな」と言った。
 明かしてやろうじゃないかと思う。別にかまわない。
 それでこの女を手に入れられるなら。連れてゆけるなら。

 「……あのさ、エイミー」

 彼はリヴェアの正面に回って膝をついた。
 がたがたする控室の木製の椅子に腰を下ろしたばかりの彼女が、目を丸くしているのがわかる。
 
 鳩尾は痛かったのでさすがに同じ轍は踏むことなく、ロシュは出だしくらいは正攻法でいくことにした。

 「あなたたぶん月の女神に選ばれると思うよ」
 「そう?」
 「授賞式までいるといろいろ面倒だよ。たくさんの男から抱擁されて、握手会まであって」
 「それは嫌だなあ」
 「あなた、訳ありだろ?そんなときまでいられないだろ?」
 「ええ、まあね」
 「今から俺とここを出ないか?」
 「……」
 「いや。一緒に行ってくれないか、エイミー」

 彼はリヴェアの足に取りすがった。
 リヴェアは固まっている。ひんやりとした武具を通してすら、リヴェアの困惑と緊張が伝わってくるようだ。

 「あなたに夫だか恋人だかいるのはわかる。だけど俺、もっとあなたを知りたいんだ」
 「知るったって、そんな」
 
 狼狽えたリヴェアは落ち着きなく視線を彷徨わせている。
 先ほどの体術をもってすれば簡単に彼を蹴飛ばすことなどできるだろうに、そうもせずおろおろとするばかりだ。

 「詮索はなしってことになったんじゃ」
 「俺はいいよ、詮索されても。そしてあなたを知りたい。会が終わってさよならなんて嫌だ」
 「ロシュ、私には夫がいるから」
 「俺、アンブローシュ。ロシュ、って愛称だよ。偽名じゃないんだ。ほとんど旅ばっかりしてるけれど、いちおう子爵家の四男坊。あ、グラディウスの子爵じゃなくて」
 「ちょっとロシュ、もう結構、聞きたくない」

 話を聞いたら自分まで言わなくてはならない。

 リヴェアは足をばたつかせて、遅まきながら男の拘束から逃れようとし始めた。
 別に、真実など言わなくてもいいのだろうが、何しろリヴェアは律儀なのといきなり押せ押せで告られてうまくかわすことができずにいる。かわす、というその発想がない。

 両足を抱きしめるようにしながらロシュはリヴェアを見上げた。
 膝から上はなめらかな大腿が晒されていて、その白さに、上気したらしい仄かな汗の香りに陶然とする。
 
 を使わなくても拉致れるかもしれない。
 その前に俺の理性が飛びそうだけど。

 なあエイミー、と、懇願するように言いながら両足を抱いたまま顔を寄せる。
 両足を抱く手に力を込める。

 「だめ、いや、はなして!」

 ガッ!と鈍い音とともに、頬に一撃を食らい、男は横に吹っ飛んだ。

 と同時に、いきなりノックもなく扉が開かれて、勢いよく誰かが飛び込んでくる。

 「リヴェア!」
 
 ------ユリアス・ラムズフェルド公爵が肩で息をしながら立っていた。 
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