溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~ 4.

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 「わあ……」

 感嘆のため息を漏らしてしまうほど、それは圧巻の光景だった。
 乾燥させたもの、生っぽいもの。
 何かを作る前の「素材」であるから、つまりそれぞれの原型を留めているものばかりだから物珍しい。
 基本的には植物関係が多いのだろうけれど、動物の骨っぽいもの、乾燥させた肉片とか毛皮まである。
 異世界あるある、というべきか、動物の毛皮は七色だったり蛍光色としか言えない鮮やかなものがあったり、興味は尽きない。
 奥のほうにはまた別の小部屋があって、表示によれば試験的に育ている植物などもあるとのこと。
 最高責任者が夫である、というひいき目もあるかもしれないが、簡潔だがわかりやすい説明書つきのラベルなど、管理の良さ、見やすさなど、細部にまでしっかりと目配りと工夫がされていて、改めてこちらの世界の学術的なレベルの高さに驚かされる。まるで図鑑の中に入り込んだような気にすらなる。
 
 博物館にでも行ったような感覚で、ちょっぴり興奮気味にきょろきょろしていると、「リア、日が暮れるぞ」と、アルフは冷静に私の好奇心に待ったをかけた。
 一瞬、「何よ!?」と睨みかけて、でも彼の言う通りだとすぐに思い直す。
 豆からチョコレートを作るのは、かなり面倒くさいのだ。長時間を要する。
 初めて好きになった人に「どうせなら豆からこだわってチョコレートを作ろう」と思い立って調べたから、工程はひととおり頭に入っている。
 途中で心が折れそうになるほど面倒くさかったのだ。
 
 「……そうだったわ」

 私はしんみりと頷いた。
 頑張った甲斐あって、力作はまずまずの出来栄えだったのに、重い女認定されて撃沈した上、「豆からこだわったチョコレート」そのものまで、重すぎてウザイ、味わう前にキモイと笑いものになったのだった。
 
 あれはつらかった、と当時を思い出していると、

 「どうした、リア?──悪い、俺の言い方きつかったか?」

 アルフは少しおろおろとした声をかけた。
 いつのまにかかなり身を屈めて、私の顔を見上げるようにして覗きこんでいる。
 私の正面から、屈伸の途中みたいな姿勢だ。
 子供の相手をする大人のような姿勢のまま、常ならば鋭く光る紅玉と見紛うきれいな瞳に、気遣いの色を浮かべている。

 勝手に落ち込みかけただけだ。
 アルフの言うことはまったく間違っていないから、「大丈夫、ありがとう」と笑みを浮かべると、「だったらいいけど」とアルフはもごもごと呟いて。

 「……リアは時々、すごくつらそうな顔をする」

 アルフは、話しかける、というよりまるでひとりごとのように呟いた。
 でも、やはりけっしてひとりごとではないのだろう。
 一対の瞳はしっかりと私に、私だけに向けられている。

 「そう?」
 
 私はなんでもなさそうに言った。
 よく見ているな、と感心しながら。

 恋愛下手な残念な過去はもちろん、そもそも異世界転移について彼は知らない。
 夫たち以外、誰も知らない。
 たまに私がつらそうな顔をするとしたら、「あの子」のことか、元の世界の懐かしい人たち(けっして元彼ではないと断言できる)のことか、または今みたいに残念過ぎる数少ない恋愛ネタを思い出しているか、大体そんなところだ。
 幸せだし充実しているし、そうそうめったに「つらそうな顔」などしていないつもりだけれど、アルフは夫たちの次に、いや、もしかしたら夫たち並みに、私の色々な顔を目にしているらしい。
 
 「アルフは優しいから。気にし過ぎよ、きっと」
 「俺が気にするのは、リアのことだけなんだがな」
 「だからよ。今、私べつにつらいことなんてないもの」
 「今、はそうかもしれないけどさ」

 彼は視線をそらそうとしないまま、あくまでも穏やかな、小さな声で続けた。

 「……昔を、っていうか、以前のことを思い出してる顔なんだよな。懐かしがってるだけじゃねえんだ。もっとつらそうなときは、こう……古傷が痛む、とでも言おうか」
 「……そう?」

 芸のない相槌を繰り返すのがやっとだった。
 さすがに、彼は鋭い。
 
 言葉に詰まった私をどう見たのか。感じたのか。
 彼はそうっと、ごつごつとした大きな手を私に向けて差し伸べた。
 どうやら、頭を撫でようとしているらしい。
 
 親衛隊長として常に私のすぐそばにいてくれるけれど、それにしても今日のアルフは少し距離が近い。
 厨房へ向かうため自室を出てからというもの、実はずっと感じていたのだ。
 今もそう。あと少しで、互いの息遣いもわかるほどに顔を近づけているのはよろしくないと思う。
 ましてや、頭を撫でるなんて。
 
 「──アルフ、たぶん豆はあっちよね」

 私はあえて明るく言って、彼の手の届かないところまで移動した。 
 黙って頭を撫でさせるわけにはゆかない。それを許してはならない。

 口にせずともそれは伝わっただろう。アルフはほんの一瞬、唇をかみしめたけれど、小さく息を吐きながら「早く持って帰ろうぜ」といつもの調子で言った。
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