溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~ 5.

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 あのあと、カカオ豆、こちらの世界で言うテオブロムは簡単に見つかって、用意してきた大きな袋一杯確保すると、私たちは急いで厨房へと戻ってきた。

 お手伝い致します、いえ、どうかぜひさせて下さい!と騒ぐ厨房長と副長に「他言無用」を念押し後、厨房長が新しいレシピを研究するところだという彼専用の煮炊き台のある小部屋へと入り、早速作業にとりかかる。

 まずは焙煎ローストから。
 チョコレート作りの導入部分であり、かつチョコレートの風味を決定づける重要な作業だ。
 
 巴旦杏アーモンドは特にポピュラーなのかよく出てくるから、厨房の者なら焙煎、という感覚はよく心得ているだろうとお願いしてみると。

 ──果たして、その予測は間違っていなかった。
 
 「珍しい香りですな」、「我らも初めてで」等々、厨房長も副長たちも首を傾げたり匂いを嗅ぐため鼻をひくひくとさせてみたりしながら、それでも彼らの勘や腕前は確かなものだった。

 少しずつ色づいてゆくカカオ豆を観察し、匂いの変化を察知しながら、慎重に焙煎を深めてゆく。
 
 コーヒー同様、浅煎りはその豆本来の風味を生かせるし、深煎りはコクと苦みが増すはず。
 この世界のカカオ豆の風味、とやらは全く知らないけれど、初めからコクと苦みを強くするのも通すぎる気がする。

 浅煎りのほうがいいかな、けれど、どの程度をもって浅いというのかなあと、まずそこから考え込んでいると、厨房長が「御方様、ひとまずこのくらいになされては」と声をかけてきた。

 「テオブロムのことはあまり詳しくは存じ上げませぬが、こうした形状のものはあまり深煎りにしますと苦くなりましょう」
 「さすがね、厨房長。きっとそうね」

 彼の好奇心で「御方様がお許し下さるならもう少し深く煎ったものも作らせて頂きたい」というので、少量を別にとりわけておいて、ほとんどは焙煎終了とした。

 「さて、皆さん」

 私はさもなんでもなさそうに言った。
 次は何が始まるのかと、厨房長たちもアルフもワクワク顔なので胸が痛んだが、

 「これをね、皮をむいて中身を取り出してほしいの」
 
 さらっと、お願いしてみた。
 
 この作業は本当に面倒な単純作業だと記憶している。
 香りの変化、などという、焙煎のような醍醐味はない。
 ふるいにかけたりもするが、基本手作業で、種皮を取り除くのだ。
 そしてついでに、胚芽もとる。

 だがしかし、厨房長たちはやはりプロだった。
 そして、私が言ったりしたりすることをなんでも面白がってくれるアルフもまた、根気のいい男だった。
 
 かくかくしかじか、とにかく雑味を消すために重要な工程なので、と私が作業の目的を述べると、彼らは「諾」とうなずくと同時にとりかかった。大きな手に比して申し訳ないほど小さな豆の皮を黙々と剥き、ふるいにかけたり、さらに目視で気づいた種皮をまた取り除いたりと、退屈な作業を放っておけばいつまでもやっている。
 
 もちろん私もやったのだけれど、料理人の三名が一番早くコツを心得たようだった。
 皆、凄いのね、と思わず漏らすと、料理人たちははにかんで、「弟子入りしたころを思い出します」「下働きから始まりますからね、皮むきなぞお安い御用です」と手を止めずに口々に言う。

 慣れない作業とはいえ、それなりに手先が器用な私とアルフ、そして手練れの料理人三名の協力により、心配したほどの時間をとらずに分離までの作業が終了した。

 ──その後の作業は料理人たちのプロ意識を刺激したらしい。 
 ここからが長時間を要するし、丁寧にやればやるほどなめらかで品質の高いチョコレートができる、と聞いてスイッチが入ったようだ。すりつぶしてペースト状にする、それに砂糖や牛乳を混ぜて適温の湯煎にかけつつさらにする、練る。

 何刻も要する作業だったが、彼らは嬉々としてとりかかり、途中で疲れて飽きた私が「もういいわよたぶん」と言っても、「御方様、おそらくまだまだですぞ」「なんなら散歩にでも行かれては」ととりあおうとしない。

 初めての素材、作業だろうに、いや、だからこそ、なのか。彼らは互いに声をかけあい、適温を追求し、とっくに準備してあったらしいメモ帳に色々と書きつけをしながら精錬し、生地を整えて、冷やし固める段階までやってくれた。

 もはや、「私の手づくり♡」とは言えないレベルだったかもしれないが、気にしないことにする。
 私はちゃんと全行程に手を加えた。
 レシピを提供した。少なくとも、この世界のチョコレート一番乗りのはずだ。

 氷室から氷を取り寄せ、適度に温度を下げながら(一気に冷たくすると白いまだらができるから駄目よ!と言ったら心得ておりますと言われた。厨房長たちは本当に有能である)冷やし固めも無事に終了すると、あとは分配だ。

 小さな円盤型のチョコレートがいくつもできた。
 スタンダードな甘いミルクチョコと、もう一種類。
 実は、夫たち用のだけ、カカオを濃くして、さらに上等なお酒を練り込んでみたのだ。本当はリキュールボンボンみたいに、噛むと中からお酒が出る、というようにしてみたかったけれど、ハードルが高すぎてあきらめた。でも、生地そのものにたっぷりとお酒を使ったそれは、なかなかの出来栄えだ。厨房長いわく「夢のような香りですな」と唸るほど。
 あとは、板チョコと割れチョコ。削りくずみたいな端切れチョコがいくらか。

 「さて、と。皆、本当に有難う。ご苦労様」

 まずは御礼から。
 長時間、彼らの時間をもらって、もはや手伝いとは言えないレベルまで頑張ってもらったのだ。
 心づけを渡した方がいいかもしれない、と思い、そのように匂わせると、

 「とんでもなきこと」
 「我らこそこのような珍しいものをお教えいただき、料理人冥利につきる」
 「お手伝いできて光栄」
 
 等々、厨房長たちは口をそろえて言い、そのようなお気遣いは無用、むしろ心外、とまで言い張るので、その点はお言葉に甘えることにした。
 
 けれども。

 「──御方様。こちらの、割れや端切れを我らにいただけませぬか」

 謹厳な厨房長はむしろそちらを熱望しているらしい。
 大柄な彼が前のめりで言うと、なかなかの圧を感じる。

 「御方様にお許しいただけるのであれば、研究材料としたいのです。もちろん、製法は口外致しませぬ」
 「御方様!どうか」
 「我らの作った‘チョコレート’を、お召し上がりいただきたいのです!」
 
 三人そろって深々と頭を下げるものだから、かえって私はうろたえた。
 もちろん、私もちょっとは割れチョコが欲しいけれど、あとは置いてゆくつもりだったのだ。
 そんなに、礼を尽くさなくってもこのくらい。

 「もちろんよ。私にも二、三枚割れチョコをくれたらあとは全部差し上げる。皆、頑張ってくれたし……」
 「御方様、俺も欲しい。お忘れではないだろうか」

 それまで口を噤んでいたアルフが、かぶせ気味に口を出した。
 きつい、紅玉の瞳でぎろりと料理人たちを睥睨する。
 気圧されたように、料理人たちは半歩引いた。

 「失礼だがおたくらの探求心はじゅうぶん満たされたと思う。浅煎りで止めた豆だってそこの厨房長は確保しているし、御方様が割れチョコ二、三枚でそれ以外は全部おたくらへ?俺は納得がいかない」
 「ちょっと、リリー隊長!」

 私はアルフの袖を引っ張った。
 チョコごときで大人げない。
 この世界の人達にとっては珍しい食べ物とはいえ、ようはお菓子の取り合いだ。
 
 「あなたは私の親衛隊長。いつも私とくっついてるのがあなたのお仕事だけれどね。この人たちは本来業務を後回しにして私の手伝いをしてくれたのよ」
 「でも、だって、御方様……」

 アルフは子供のように口をへの字にしている。
 いったんはアルフの圧に押された料理人たちだけれど、いつのまにか、妙に生ぬるい笑みを浮かべて私とアルフを交互に見つめている。何を考えているのやら。

 若干の居心地の悪さを感じながら、私はため息を吐いた。
 あまりはっきりこの人たちの前では言いたくなかったけれど、考えてみたらここで分配してラッピングするしかないのだから。
 今、言うしかない、か。

 「リリー隊長、落ち着いて。そんな顔しないで」
 「……」
 「忘れてない。あなたのぶんもちゃんと数えて作ったのだから、綺麗にできたやつをあげる。だから、割れたチョコなんかでムキになっちゃだめ」
 「わかった」

 現金なものである。
 たいへんすなおに、アルフは頷いた。
 顔つきまで変化して、「俺、どれだけもらっていいんだ?」などと言っている。

 「これはこれは……親衛隊長殿」
 
 副長のうちの一人が、もはやはっきりと誰の目にもわかる半笑いを浮かべて言った。
 黙っていられなくなったらしい。
 
 「親衛隊長殿の御方様への‘忠義’は厨房の我らの耳にまで届いておりますが」
 「聞きしに勝る、という具合ですな」

 もう一人の副長が調子を合わせる。
 
 「ようございましたな、親衛隊長殿」
 「隊長殿の分が別途数えてあるなどと!御方様はお優しい」
 「公爵様方には知られぬようになされませ」
 「むろん、我らも口外致しませぬゆえ」
 「くそ、お前ら……」

 若い副長たちは、完全に面白がっている。
 アルフは歯噛みをしたが、全て本当のことだから反論できないらしい。

 そうこうするうちに。
 
 あくまでもプロ根性に徹する厨房長は瞬く間に(私の気が変わらないうちに、か?)割れチョコ、端切れチョコを撤収しどこぞへしまい込むと、「これは公爵様方のですな?」「隊長殿へはどれを?」と私に尋ねながら、小さな円盤状に型抜きをしたチョコを用意したきれいな箱に詰めてくれた。お菓子の専任担当の職人は別にいるはずだが、さすが広大な厨房の総括責任者、何でも器用にこなすものだ。センス良く並べ、詰めて、公爵様方のシンボルカラーのリボンまで上手に結わえてくれて、完成だ。

 「隊長殿のリボンは?」
 「無しよ。そこまで夫たちと同じにしたらだめ」
 「さすがは御方様。けじめというやつですな」

 訳知り顔に、苦労人の厨房長は重々しく頷いた。
 「隊長殿、つくづく不憫なことだ」と呟きながら。

***

 ──かくして、ようやく異世界第一号のチョコレートは出来上がった。
 リボンは掛けられていないが、夫たちと同じ箱にチョコを詰めてもらったアルフは超絶ご機嫌だ。
 鼻歌でも歌い出しそうだ。
 あまりに機嫌がよいことが夫たち、とくにオルギールに見られようものなら、あなたのチョコレートは間違いなく捲き上げられるわよ、と諭し、自重させ、念のためにアルフのお菓子の箱は厨房へ置いてゆかせて、足早に居住域へと向かう。

 気が急く。もうすっかり日が沈んでいる。
 チョコレート作りは昼前から始めて、午後中を費やした。
 厨房を出た時刻ときたら、あと少しで夕食が運ばれようか、という頃。
 時間をかけ過ぎた。
 でもまだ忙しい夫たちは戻っていないだろう。
 戻っていないと願いたい。

 最後はほとんど駆け足で居住域へとたどり着き、出迎えたミリヤムさんに「ね、まだ誰も帰ってないわよね」と続けようとした矢先。

 「──遅かったな、リーヴァ」
 「リヴェア、迎えに行こうかと思ったぞ」
 「俺がもうちょっと待とうと言ってやったんだ。褒めてくれ」
 「リア、こんな時間まで私を放っておくなんて」

 どれが誰の台詞か、解説は不要と思う。
 それぞれが勝手なことを口にしながら、夫たち、なんと四人全員が、ぞろぞろとわたしを迎えに出てきたのだ。
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