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わたし、頑張る。4
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「……あのさ、お嬢さん」
男は柄にもなく猛烈にうろたえたが、二、三回唾を飲み込んで気を取り直して言った。
「あんた、何考えてんだ?そんな綺麗なナリをして、いかにも世間知らずって顔して」
アメリアは返事の代わりに小首を傾げて見せた。
そんな仕草ひとつとってもとんでもなく可愛らしい。
(この女。……なんなんだいったい)
可愛すぎるだろう、と男はくらりとしかけるのを気力を総動員してこらえた。
「ちっとは警戒心を持つべきだぜ。見たところお供も連れず、一人でお屋敷を飛び出してきたってわけか」
「あなたに関係ない」
ふんっ!と鼻息あらくアメリアは顔を背けた。
白金の柔らかそうな髪がふわりと揺れる。
「目的が目的だもの。一人で来るに決まってるでしょ?誰が馬鹿正直に‘ちょっと売りに行ってきます’なんて言うのよ」
「はは、そりゃそうだ」
アメリアは大真面目だったが、男は吹き出した。
そして、あらためてアメリアにその群青色の目を向ける。
初対面の男に臆する風もなく、毅然としてその視線を受け止めるエメラルドグリーンの瞳。
美しいな、と男は素直にそう思った。
生きた宝石。硬い、冷たいエメラルドよりも力強く光る宝石の瞳。
これはなかなか、悪くない。
「……お嬢さん、この店が王都一の格式を誇る娼家だって知ってて来てるんだろ?」
あら、声音が変わった、と、敏感にアメリアは感じ取った。
「もちろん、知っていますわ」
慎重に応える。
「それがなにか?」
「なにか、じゃなくて。だったら紹介者がいなきゃ入店できないって規則も知ってるんだろうな?」
「もちろん」
「商品、つまり女もだぜ?」
「!?」
──知らなかった。
だって、売り込みに行くんだもの。自分を。お客じゃないもの。
わたし、魔力はともかく美人なはすだし。
アメリアが沈黙したまま忙しなく瞬きをするのを、男はすっかり平常心を取り戻してにやにやしながら見守った。
「一見さんお断り。客はもちろん、売り手の女も同様さ。顔だけお綺麗な犯罪者とか、意に沿わぬ結婚で自暴自棄になって飛び込んでくるお姫さんなんかを商品にしてもめごとを起こさないように、ってわけだ。いい店だろ?」
そんなことわかっている。
だから、ここにしようと思ったのに。女将に話をして、自分の顔を知らなさそうな客を回してもらおうと……
「俺が連れてってやろうか」
「……」
「俺の連れとしてなら問題ないぜ」
早くも計画頓挫の可能性にぶち当たり、どうしようどうしようと思考の渦に飲まれていたアメリアに、男は助け船を出してやった。
けれどアメリアも愚かではない。
いや、こんなところへ来るぐらいだから考えようによっては愚かなのかもしれないが、男の言葉にホイホイ乗るほど浅慮ではなかった。
「……有難いお話ですけれど」
慎重に応じつつ、緑の瞳を用心深く光らせて男を見やる。
「わたし、ここに住みつくつもりはありませんし、娼婦になるつもりもなくて」
「だろうな。見りゃわかるよ。でもさ」
男からにやにや笑いが消えた。
「だったらなおさら一人じゃ無理だね。ここは超一流の店だ。客筋だけじゃない、当然、娼婦たちもだ。そこへ紹介もなしに、訳ありのお嬢さんが飛び込みで`売り'に?それも本業にする気もないお嬢さんが?専業を馬鹿にしてるのか?」
低い、滑らかな声は穏やかと言ってよいほどだったが、その内容は刃のように鋭いものだった。
「`初めて’に商品価値はあるにはあるが、こういう店じゃ`初めて’の女でさえ、突っ込む寸前までのことを仕込んでから店に出すんだ。美人ならいいってもんじゃない」
「……ごめんなさい」
アメリアは項垂れた。
娼婦を馬鹿にするつもりは毛頭ない。
アメリア自身は身分が高いが、体を張って仕事をする女性を見下すつもりはない。それどころか、婚前交渉を表向きは忌避しながらも、その実やりまくりの貴族や良家の子女たちの建前論には反発を覚えていたのだから。
人物の本質よりも、魔力値偏重主義のところも。
けっしてけっして、娼婦たちを馬鹿にするつもりなんかない。
とはいえ、わたし、最低だ。
「ごめんなさい。……考えが、浅はかでした」
「いや、別に謝らせるつもりで言ったんじゃねえんだ」
明らかにしゅんとして髪と同じ色の長い睫毛を伏せるアメリアは、それこそ陳腐な表現だが雨に打たれる花のように美しくて、男は動揺を隠すついでに思い切って距離をつめ、アメリアの頭をわしわしと撫でた。
柔らかくて艶のある白金の髪。
そのあまりの手触りの良さに、予定よりも数回多く、かなりしつこく撫でまわしてしまった男だったが、幸いにもしょんぼりしたアメリアに指摘されることはなかった。
「さて、お嬢さん、お手を」
ちょっとお説教してしまったが、もとより帰す気などない。
頭を撫でても無抵抗だったことに気をよくして、男はさりげなくアメリアの手をとった。
(手まで可愛いって反則だな!)
よく磨かれた薄紅色の爪、細い指。滑らかでしっとりした感触。
とがめられない程度ににぎにぎしてその感触を楽しみつつ、
「連れてってやるよ。どうせ、帰る気などないんだろう?」
しょんぼりしたアメリアに軽い調子で言った。
間違ったことを言っているつもりはなかったが、世間知らずらしい娘に釘を刺しておいただけだ。
手を取られたままアメリアはおずおずと顔をあげ、自分よりもだいぶ高いところにある男の顔を見上げた。
(上目遣いか!これで無自覚かよ!)
くっきりと鈴を張ったような目に怯えと戸惑いが見て取れるのが、また庇護欲をそそられる。
アメリアは小さく頭を下げた。
「……どうぞよろしくお願い致します」
「俺のことはディート、って呼んでくれ」
「……わたしのことはアメリー、と」
(本名かな?)
(本名かしら?)
互いの脳内に、期せずして同じ疑問が浮かんでいるとは知らず。
アメリアはその男──ディートに手を取られて、生まれて初めて娼家の門をくぐった。
男は柄にもなく猛烈にうろたえたが、二、三回唾を飲み込んで気を取り直して言った。
「あんた、何考えてんだ?そんな綺麗なナリをして、いかにも世間知らずって顔して」
アメリアは返事の代わりに小首を傾げて見せた。
そんな仕草ひとつとってもとんでもなく可愛らしい。
(この女。……なんなんだいったい)
可愛すぎるだろう、と男はくらりとしかけるのを気力を総動員してこらえた。
「ちっとは警戒心を持つべきだぜ。見たところお供も連れず、一人でお屋敷を飛び出してきたってわけか」
「あなたに関係ない」
ふんっ!と鼻息あらくアメリアは顔を背けた。
白金の柔らかそうな髪がふわりと揺れる。
「目的が目的だもの。一人で来るに決まってるでしょ?誰が馬鹿正直に‘ちょっと売りに行ってきます’なんて言うのよ」
「はは、そりゃそうだ」
アメリアは大真面目だったが、男は吹き出した。
そして、あらためてアメリアにその群青色の目を向ける。
初対面の男に臆する風もなく、毅然としてその視線を受け止めるエメラルドグリーンの瞳。
美しいな、と男は素直にそう思った。
生きた宝石。硬い、冷たいエメラルドよりも力強く光る宝石の瞳。
これはなかなか、悪くない。
「……お嬢さん、この店が王都一の格式を誇る娼家だって知ってて来てるんだろ?」
あら、声音が変わった、と、敏感にアメリアは感じ取った。
「もちろん、知っていますわ」
慎重に応える。
「それがなにか?」
「なにか、じゃなくて。だったら紹介者がいなきゃ入店できないって規則も知ってるんだろうな?」
「もちろん」
「商品、つまり女もだぜ?」
「!?」
──知らなかった。
だって、売り込みに行くんだもの。自分を。お客じゃないもの。
わたし、魔力はともかく美人なはすだし。
アメリアが沈黙したまま忙しなく瞬きをするのを、男はすっかり平常心を取り戻してにやにやしながら見守った。
「一見さんお断り。客はもちろん、売り手の女も同様さ。顔だけお綺麗な犯罪者とか、意に沿わぬ結婚で自暴自棄になって飛び込んでくるお姫さんなんかを商品にしてもめごとを起こさないように、ってわけだ。いい店だろ?」
そんなことわかっている。
だから、ここにしようと思ったのに。女将に話をして、自分の顔を知らなさそうな客を回してもらおうと……
「俺が連れてってやろうか」
「……」
「俺の連れとしてなら問題ないぜ」
早くも計画頓挫の可能性にぶち当たり、どうしようどうしようと思考の渦に飲まれていたアメリアに、男は助け船を出してやった。
けれどアメリアも愚かではない。
いや、こんなところへ来るぐらいだから考えようによっては愚かなのかもしれないが、男の言葉にホイホイ乗るほど浅慮ではなかった。
「……有難いお話ですけれど」
慎重に応じつつ、緑の瞳を用心深く光らせて男を見やる。
「わたし、ここに住みつくつもりはありませんし、娼婦になるつもりもなくて」
「だろうな。見りゃわかるよ。でもさ」
男からにやにや笑いが消えた。
「だったらなおさら一人じゃ無理だね。ここは超一流の店だ。客筋だけじゃない、当然、娼婦たちもだ。そこへ紹介もなしに、訳ありのお嬢さんが飛び込みで`売り'に?それも本業にする気もないお嬢さんが?専業を馬鹿にしてるのか?」
低い、滑らかな声は穏やかと言ってよいほどだったが、その内容は刃のように鋭いものだった。
「`初めて’に商品価値はあるにはあるが、こういう店じゃ`初めて’の女でさえ、突っ込む寸前までのことを仕込んでから店に出すんだ。美人ならいいってもんじゃない」
「……ごめんなさい」
アメリアは項垂れた。
娼婦を馬鹿にするつもりは毛頭ない。
アメリア自身は身分が高いが、体を張って仕事をする女性を見下すつもりはない。それどころか、婚前交渉を表向きは忌避しながらも、その実やりまくりの貴族や良家の子女たちの建前論には反発を覚えていたのだから。
人物の本質よりも、魔力値偏重主義のところも。
けっしてけっして、娼婦たちを馬鹿にするつもりなんかない。
とはいえ、わたし、最低だ。
「ごめんなさい。……考えが、浅はかでした」
「いや、別に謝らせるつもりで言ったんじゃねえんだ」
明らかにしゅんとして髪と同じ色の長い睫毛を伏せるアメリアは、それこそ陳腐な表現だが雨に打たれる花のように美しくて、男は動揺を隠すついでに思い切って距離をつめ、アメリアの頭をわしわしと撫でた。
柔らかくて艶のある白金の髪。
そのあまりの手触りの良さに、予定よりも数回多く、かなりしつこく撫でまわしてしまった男だったが、幸いにもしょんぼりしたアメリアに指摘されることはなかった。
「さて、お嬢さん、お手を」
ちょっとお説教してしまったが、もとより帰す気などない。
頭を撫でても無抵抗だったことに気をよくして、男はさりげなくアメリアの手をとった。
(手まで可愛いって反則だな!)
よく磨かれた薄紅色の爪、細い指。滑らかでしっとりした感触。
とがめられない程度ににぎにぎしてその感触を楽しみつつ、
「連れてってやるよ。どうせ、帰る気などないんだろう?」
しょんぼりしたアメリアに軽い調子で言った。
間違ったことを言っているつもりはなかったが、世間知らずらしい娘に釘を刺しておいただけだ。
手を取られたままアメリアはおずおずと顔をあげ、自分よりもだいぶ高いところにある男の顔を見上げた。
(上目遣いか!これで無自覚かよ!)
くっきりと鈴を張ったような目に怯えと戸惑いが見て取れるのが、また庇護欲をそそられる。
アメリアは小さく頭を下げた。
「……どうぞよろしくお願い致します」
「俺のことはディート、って呼んでくれ」
「……わたしのことはアメリー、と」
(本名かな?)
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互いの脳内に、期せずして同じ疑問が浮かんでいるとは知らず。
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