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 結局は一人で部屋に入った。当然のことだ。隣へ行くのに送るの何のというから話がおかしくなる。
 うんざりした私が半ギレになりかけたので、二人とも最終的にはおとなしく言う通りにしてくれた。
 ちょっと強気になるくらいでちょうどいいひとたちかもしれない、と、脳内でメモっておく。

 オーディアル公との続き部屋。

 公爵の部屋は、当然すばらしく広く、豪奢なものだったけれど、私にあてがわれた部屋も相当のものだ。
とっくに日は沈んでいて、窓辺に立てば整えられた前庭が篝火に浮かび上がり、その先には通過してきた街並が見える。そしてさらにその先、城壁とその外に野営をする軍勢の、夥しい数の灯火。不謹慎だけれど、綺麗だなあと思う。明日からは野営だし、この眺めとお宿を満喫するとしましょうか。
 ロイヤルスイートともいうべき広さと設備を備えた部屋は、いささか私の好みからすると甘すぎるしつらえだったけれど、そこは歴史ある宿というべきか、陳腐の手前で止めてあるのはさすがだった。白と金と薄桃色で統一されている。ふわふわ、ひらひら、キラキラ、といった形容詞がぴったりのお部屋。絶対、公爵閣下が寵姫を連れてくると勘違いした結果だ。続き部屋の内扉には一応鍵はついているが、ちょっとゆさぶるか蹴破ったら外れそうな、無いよりまし、という程度のものである。

 私は多少迷った挙句、施錠することにした。

 根は生真面目なオーディアル公だけれど、何といっても公爵様、基本は俺様で思い込みも強い。「鍵がない」なら腹をくくるが、おざなりでも「鍵がある」扉なら、施錠しておかないと「良かったらどうぞ」と思われても仕方がない。数日後には戦を控えているし、男という種の性(さが)として、気が昂ってヤってしまえ!景気づけに一発!とばかりに乗り込まれてはたいへんだ。万一、オーディアル公が血迷っても、鍵がかかっていれば冷静にもなるだろう。

 私は内扉に慎重に錠を下ろしてから、お風呂に入った。お風呂は寝室に付属している。内扉が繋がっているのはそれぞれの居間であって、幸い寝室もお風呂も内扉からは離れている。距離があってよかった。施錠の有無を向こう側から確かめる音でも聞こえようものなら!私は火竜の君に幻滅するに違いない。

 明日からはどうせお風呂はおろか、からだを洗うこともままならないだろうから、今日は特に入念に。私はせっせと全身を磨き立て、顔や髪の手入れをし、ローブを羽織って寝室へ戻ってみれば。

 「------あと少しお戻りが遅かったら、浴室へ様子を見に行こうと思いましたが」

 オルギールだ。

 オーディアル公の部屋でわかれたはずなのに。
 ただ、そんなに驚かなくなってきている自分が怖い。・・・いや、びっくりはしているけれど。

 「・・・あなたってひとは」

 おもわず、ため息が出た。

 「どこから来たの」

 一応、聞いてみた。

 「天井裏づたいにでも?」
 「従者の部屋はこちらの寝室とつながっていまして」

 オルギールは優雅に手をさしのべて、壁のある一点を指示した。
 ------壁紙が同じにしているからわかりづらいが、確かに、扉。
 何だこの部屋。

 「従者、ってあなたほどの身分の副官が」
 「お気遣いなく」
 「いや、気遣いというより副官の部屋なら別にあるでしょうに。何も私の寝室の隣じゃなくても」
 「私のご心配を頂けるのですか?ありがとうございます」
 
 なんという前向きな解釈なんだ。
 察してよ、そこは!

 私は真面目な顔をした。もともと、不真面目に言っていたわけではないのだが、窓辺によりかかる少し気だるげに見えるオルギールは、相変わらずくらくらするほど美しくて、私から緊張感を根こそぎ奪い取る勢いだ。

 「オルギール。・・・従者は呼ばれもしないのに主の寝室に入っては来ません」
 
 私は重々しく述べた。
 紫水晶の双眸に真っすぐ見返されて・・・ダメだ。理性。正論。威厳。今の私に必要なものを頭の中で繰り返す。

 「私はオルギールを従者などと思ったことはありません。大切な副官で、色々な事を教えてくれる先生。・・・そして、もしも従者なら勝手に女性の寝室に踏み込みません」
 「たいせつな、副官」

 オルギールは繰り返した。私の発言で重要なのは最後のフレーズだが、オルギールはこんなところに反応した。

 「たいせつですか?私が」

 彼は、緩やかに笑んだ。
 ・・・やっぱりだめだ。脳味噌が痺れそうだ。美し過ぎる。

 彼もたぶんお風呂上りだろう。長めの銀色の髪はしっとりと濡れて光って、色気三倍増しだ。黒のアンダーシャツに黒のスラックス。さらに視線を下げれば、なんと、裸足だ。部屋全体にふかふかの絨毯が敷かれているから痛くはないだろうけれど、初めてみるオルギールの素足。綺麗な形の爪だなぁ、と思うと同時に、足ひとつのことだけれどなんとなく生々しくて見ていられない。

 柄にもなくもじもじしていたら、彼は長い脚でさっさと距離を縮めて、気が付けば私は彼にしっかりと抱き締められていた。

 びっくりする。どきどきする。まただ、けしからん、とは思う。でも、決して嫌悪感はなくて。
 オルギールにアレコレされるたびに自覚する、最近馴染みの感情。彼は、理解する必要はない、感じてるだけでいいと言ったけれど。まだまだ、はいそうですか、というほど割り切れない。割り切れるはずがない。

 「・・・また、色々考えておられるのでしょうが」

 オルギールは私の髪にくちづけを落としながら言った。
 抱きしめているから、私の顔を見ているわけではないのに、相変わらずお見通しらしい。

 「副官として、上官にちゃんとお休み頂けているかどうか、確認する必要がありますからね」
 「・・・これから、休むところだったの」

 抱きしめられたまま、私はオルギールの硬い胸に向かって言った。

 「いいお湯を頂いて体がほぐれたから、今夜はもう寝ようと。・・・だからオルギール」

 おやすみなさい、と言いかけたけれど、私のからだに回された腕は全く緩められる気配はなかった。

 「・・・おひとりで、眠れますか?」
 「へ?」

 おもわず、間抜けな声で聞き返してしまった。
 ひとりで、って。どこの子供に言っている!?

 「私のこと、幾つだと思ってるの、オルギール。眠れますよ」
 「このところずっと、おひとりではねむっていらっしゃらなかったでしょう?」
 「その、言い方」
 
 なんかやらしい。
 ・・・でも、そういえば、その通り。一週間の客間暮らし以降、ずっとレオン様と一緒だった。抱かれてからは、ゼロ距離になった。いつも彼の体温が傍にあった。
 そうか。今夜からはひとりか。

 ・・・もともと、慣れている。問題ない、と思うけれど。

 かえって、口に出されたことによって少しだけ考え込んでしまった。 
 
 「添い寝、いたしましょうか」
 
 私の様子の微妙な変化にも、オルギールはすぐに気が付く。
 私の髪をゆっくりと撫でながら、彼は柔らかな声で言った。
 冗談、と言いたいけれど、そういう雰囲気ではない。このひとは言質をとったらほんとにやる。
 ありえない。添い寝はイヤだ。

 「添い寝は不要です、オルギール。ひとりで寝たいです」

 私はさっきの脳内メモ------多少強気に発言する、を思い出しながらきっぱりと言った。
 撫で下ろしていた手が止まった。・・・不穏な雰囲気?・・・でも、怯んではならない。

 「ひとりで寝られます。気にしてくれてありがとう、オルギール」 
 「まあ、‘たいせつな副官’あたりでは、まだ無理ですか」

 彼らしくもない、多少自嘲気味な言葉とともに、ひょい、と突如抱え上げられた。

 「!?」

 とっさに身を固くしたけれど、オルギールは私を抱っこしたまま寝台に向かい、そっと、その中心におろしてくれた。そして、私の上に覆いかぶさる。びく、と我知らずからだが大きく震える。

 オルギールはそんな私を曖昧な表情で黙って見下ろして。
 ・・・やがて、見上げる私の瞼と頬、そして唇にいくつもくちづけが降ってきた。
 これより先の行為を警戒する私を宥めるように、延々と、延々とそれは繰り返され。
 目を閉じてそれを受けるうちに、他愛もない。・・・だんだん、睡魔が襲って来た。

 結局、オルギールはこれ以上暴走することはなく、私はレオン様ロスになることを免れ、アルバを発って一日目の夜はこうして静かに更けていった。

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