溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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7.-10

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 「------お姫様。そろそろ山頂が近い」 

 下山を勧める私の言うことを頑として聞かず、結局ついてきたフィデルは私を振り返って言った。
 確かに、足元の傾斜が緩やかになっている。調査どおり、フィデルの言うとおり、もうすぐ窪地、山頂だ。私は兜を脱ぎながら、隊の全員に同じく兜をとるよう指示した。窪地に入る予定とはいえ、人間の全身を隠すほどの深い窪地というわけではないから、兜を被ったままでは太陽を反射してしまう。ウルブスフェルから見上げて、山頂がぎらぎらしていたら何事かと思われてしまう。

 「ふう、暑かった」

 やっぱり、戦の最中以外で兜はキツイ。私は深呼吸しながらあたりを見回した。斜め前には、同じく兜を脱いだオルギールの銀色の頭が見える。兜をとっても太陽光を反射してキラキラだ。

 「下馬のほうがよろしいですね」

 自分の髪の色を考えて、ということかどうかはわからないけれど、オルギールはひらり、と馬を下りながら言った。
 私も数刻ぶりにステラから下りた。それを見届けたように、次々と兵たちが後に続く。

 「やっと、ここまで来たわね」
 「はい。あとは深更を、月が中天にかかるのを待つばかりです」

 異世界へ来て、初めての戦闘が、夜には始まる。さすがに、少し緊張するけれど、オルギールの声はいつもどおりの平坦さで、こういう時、本当にありがたいと思う。気持ちが落ち着く。

 ------今宵は満月。月が最も高い位置に来た頃が、作戦実行の時だ。

 ちなみに、ことさらに満月の日を選んだわけではない。夜襲には新月のほうがいいのだけれど(真っ暗だからね)、作戦立案、出兵準備、出立、行程にかかる時間。それらを逆算したら、開戦の日が満月だった、というだけのことだ。

 半日早く、ウルブスフェルに到着しているはずの本隊は、びっしりと城壁にへばりつくように陣を敷いて、夜を待つ。投降の呼びかけも、使者を町へ送り込むことも、何もしない。黙したまま、大軍をもって町を封鎖する。この頃には、「海の民」との密約どおり、海上も彼らによって事実上封鎖される。軍船が出ないだけで、官民問わず、船の航行が停止される。

 あらかじめ、アルバを発った正規軍の数は把握済ではあるだろうけれど、海の民とグラディウスとの密約は極秘だったから、海側へ逃れられないと知ったギルド長やその取り巻きたちは、何らかの動きをするはず。正々堂々、包囲するグラディウスの正規軍と戦うならそれはそれ。オーディアル公の指揮で、昼間から開戦だ。けれど、兵法において敵よりも大軍を揃えることは基本中の基本。中規模の町を陥落させるにはあまりの規模の軍勢に、グラディウス側の、戦いに向ける本気度が知れようというものだ。町側が平静を保てるわけはなく、おそらくは正規軍との開戦を避け、何らかの使者を町側から寄越すなり、以前と同様、矢文を射かけてきたりすると考えられる。

 そうなれば、こちらのもの。

 夜まではのらりくらりと時間を費やして、まだしばらく交渉が続くものと思わせておいて、夜半、作戦開始だ。

 オルギールが頃合いを見て、まず、町に向かって鏑矢(かぶらや)を放つ。山に抱かれた町、ウルブスフェルにその音は響き渡るはずだ。それを合図に、我々は山側にたつ武器庫めがけて一斉に火矢を浴びせかける。

 不意を突かれ、消火のため大騒ぎになっているところへ、我々が一気に町へ駆け下りる。四騎一組で散開し、おそらくは市街戦を展開しつつ、一部はまっすぐに城門を目指す。

 城壁の外側に陣を敷く本隊は、鏑矢の音と火矢が放たれるのを合図に、攻撃開始だ。破城槌を繰り出し、城門の一か所「だけ」を破壊する。破壊を試みる。徹底的な封鎖により、城門以外からは蟻の這い出る隙もないほどの守りを固めたまま。

 城門の内側に別動隊の兵が到達出来たら、内側から錠を開け、グラディウス正規軍を町へ入れる。
 
 内側から開錠できなかったとしてもかまわない。金で町に雇われた傭兵達は、自ら開門に協力する可能性もあるし、破城槌二基を持ち込んでいるから、例え時間がかかっても城門は破られるだろう。

 その間、我々は町のあちこちに火をかけ、民間人が逃げ出して来たら港側へ誘導し、剣を向ける者達は切り捨てて、ギルド長とその一味、捕らえられたグラディウスの総督や兵士達がいると思われる館を捜索する。警備ができて、ある程度まとまった数の人々を収容できるところなど、総督の館かギルド長、富裕商人たちの館ぐらいしかないから、あらかじめ徹底的に町の地図を兵士達に記憶させ、目星をつけてある。そこを、手分けして捜索にあたる。
 
 ポイントは、スピードだ。「もしまだ生きているのであれば」捕らえられた総督や兵士達を盾にされないうちに、また、グラディウスにたてついた首謀者たちを町から脱出させないうちに、一気呵成に事をなさなくてはならない。

 ------ステラの手綱を取って歩きながら、私はあらためて、自分で立案した作戦を反芻した。


 窪地についた。
 ゆるやかに眼前の坂を登れば、その向こうは崖。足場の土、砂の材質、崖の角度。高さだけが、訓練用に作ってもらった山の何倍もあるけれど、それ以外は予想通りだ。むしろ、駆け下りるのに一番重要な「崖の角度」は、訓練用の山のほうが急なくらい。・・・眼下に、ウルブスフェルの町並と、城壁を囲む軍勢、右側には碧い海が見える。オーディアル公は、既に陣を張っていた。
 城壁に沿って展開する半月形の軍勢のそこかしこに、オーディアル公の旗印が見える。紺色に真一文字の金色の剣。そして、一際大きな「グラディウス一族」の一棹の旗。筆頭公爵の証として教えられた、華やかなあの旗だ。

 レオン様を、思い出してしまった。五日前に別れたばかりなのに、もうずっと長いことあってないように感じてしまう。

 日の光を集めたように輝く髪、金にも琥珀にも見える瞳。リヴェア、リーヴァ、と呼ぶ、甘い声。怒ると物凄く怖いけれど、いつもは徹底的に私を甘やかすひと。胸がうずくって、こういうことなんだなあと思う。ほんの数日、顔を見ていないだけなのに、会いたくて。

 ------奇襲を、圧倒的に成功させなくては。私のためでも、オーディアル公のためでもあるけれど、何より、大好きなレオン様のために。「筆頭公爵」であるがゆえに私と共に行けないことをとても悔しがって、私だけを送り出すことをどんなに辛く感じていたか。一緒にいるときよりも、離れている今、思い出すと痛いほどそれがわかる。

 「フィデル」

 私は、息を呑んで眼下を見つめる少年に声をかけた。
 私を振り返るその顔は、心なしか青ざめている。庭のようにこの山---ウル・モンティス---を知り尽くした彼でさえ、我々が騎乗のまま町まで駆け下りるのは信じられない、といった風情だ。

 「フィデル、ここまで有難う。報酬は、アルフに言って準備させたから、それを受け取ったら速やかに引き返して」
 「・・・ここにいたらダメなのか?」
 「ダメよ」
 「どうして!」

 先刻、オルギールに叱られたためか、大きな声は出さない。学習したらしい。

 「あんたらが戦うところを見ていたい。一緒に行きたがるほど命知らずじゃねえよ。ただ、見ていたいんだ」
 「・・・戦闘が始まれば、逆に、この山に逃げ込む者達がいるかもしれない」

 私は、噛んで含めるように言った。

 「逃げ込むのは民間人ばかりとは限らない。むしろ、荒くれた傭兵のほうが町を見捨てて逃げ込むかもしれない。殺気だった奴らが。・・・もしかすると、町の有力者、今回の件の首謀者も山へ逃げるかも」
 「・・・・・・」
 「すると、山狩りをすることになる。この山も、戦場になる可能性が出てくる。そうならなくても、気が立った敗残兵が迷い込んできてあなたを見つけたらどうなる?山を駆け下りた我々の一味と見做されて慰み者にされたあげく、血祭りに上げられる」
 「・・・捕まるなんてヘマしねえよ」
 「そうかもしれない。けれど、民間人に協力をさせた者として、わずかでも危険な可能性があれば、それを看過するわけにはゆかない」

 きっぱりと言い切ると、さすがにフィデルは押し黙った。ぎゅっと拳を握り、唇をかみしめる。
 私は彼の両手を握って、彼の顔を正面に捉えて、にっこりした。安心させるように。
 彼は青い目を見開き、なぜか、みるみるうちに真っ赤に頬を染めた。

 「私たちは必ず勝つから、心配しないで。すぐに、村へ帰って。・・・本当にありがとう、フィデル」
 「・・・わかったよ、お姫様」

 小さな声で、彼は言った。

 「お姫様の命令は絶対だって、アルフが言っていたから」
 「アルフが言っていたから私の言うことを聞くの?」

 まあ、いいけどね。

 苦笑して手を離そうとした次の瞬間。
 
 「!」
 
 柔らかなものが、私の手の甲に押し当てられた。
 フィデルが、貴婦人にするように、私の手にくちづけたのだ。

 「ちょっと、フィデル、」
 「綺麗で強いお姫様。・・・俺なんかの言うこと信じてくれてありがとう。・・・じゃあな」

 くるり、と音がしそうなほど軽やかに身を翻し、自分の馬を引いて鮮やかに去ってゆく。アルフ、俺、帰るわ!と言いながら。
 口の形だけで、最後に「好きだ」と言われたような気がしたから。このマセガキ、何するの!?という私の悪態は言葉にならずに消えてしまった。

 また、少年の人生、変えそうですね。
 また、男ひとり、たぶらかしましたね。

 少年に精神的な不意打ちをくらったせいで、半ば茫然として彼の後ろ姿を見送っていたので、傍らのオルギールを始め、兵士達のため息交じりの生ぬるい呟きは、私の耳に入ってはこなかった。
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