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7.-16

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 廊下が長い。横に長い三階建てだから仕方がないとはいえ、もどかしいほど廊下が長く感じられる。
 誰にも追われていないのによろめきながら私は走り、声の発生源を探す。
 たまに、聞こえなくなる。でも、またすぐ始まるすすり泣き。声にならない呻き。

 声が聞こえるうちに何とかしないと。

 走って走って、結局二階ではなくて三階へ駆けあがる間にも、総督府を目指す人馬の地響きと味方の上げる喊声がどんどん近づいてくる。すぐ、そこまで来ている。 
 ------よかった。町は、グラディウスが占拠した。

 そう確信しつつも、さらに動揺する私の頭。
 あのときもそうだった。私のたてた作戦は見事にあたったのに、勝利に酔って詰めが甘くて「あの子」をむごたらしく死なせて・・・
 思い出すだけで、怒りと後悔で胃液が上がりそうだ。

 三階の廊下の奥に、半開きの扉が見えた。灯りが漏れている。すすり泣きは、そこから聞こえてくる。
 
 私は沸騰した頭のまま、体当たりでその部屋に踏み込んだ。



******



 「そこをどきなさい!!」

 私は怒鳴った。

 総督府の見取り図の記憶どおりなら、総督の居間だろう。広い部屋に絨毯がしきつめられ、じかに床に座ってくつろげるようになっている。豪華な寝椅子は壁の隅におしやられ、低い円卓、房飾も美しいクッションが転がっている。

 その、中心に。

 五、六人の男はこちらを振り向こうともしない。その間から見える亜麻色の長い髪、殊更に白く、か細く見える華奢な足。泳ぐように虚しくばたつく足。空を掴む腕。
 そのまま、記憶がフラッシュバックする。あのとき、もっと早く来ていたら、奴らを撃ち殺してやったのに。ケガなんかじゃ生温い。仲間が止めなきゃ、確実に仕留めてやったのに!

 今、私の手にあるのは長剣だ。止める者はいない。
 群れる男どもに駆け寄り、剣を振り上げたその瞬間。

 「!?・・・」
 「動くな」
 
 押し殺した低声とともに、肩先に、後ろから剣を突き付けられた。
 何のことだか、すぐにはわからなかった。「あの子」と今の光景があまりに重なりあって。

 「驚いて声も出ないか?・・・剣を捨てろ」

 突き付けられた剣の重みで、だんだん現実に引き戻される。
 絨毯の上と言えど、捨てさせられた自分の剣が落ちる鈍い音を、他人事のような思いで聞いた。

 「・・・引っかかった。意外と簡単だな」
 「簡単じゃないわよ、・・・あんたら早くどいてよ、暑苦しい」

 蓮っ葉な声がした。男共をじゃけんに追い払うようにしながら、白い手足の持ち主が身を起こす。
 露わになっていた足は、単にドレスをまくり上げただけだった。まったく、着衣に乱れはない。

 「・・・待ちくたびれたわよ。ええと」

 毒々しいまでに赤く塗られたぽってりした唇を馬鹿にしたようにつり上げて、私の名を名乗らせるつもりか、女はわざとらしく途中で言葉を切った。芝居がかった仕草で、長い亜麻色の髪をかき上げる。

 やれやれ。やってしまった。
 急速に、頭が冷えた。と同時に、安堵してもいた。 
 トラウマに囚われて、「作戦遂行中に」、「単独で」、「後先考えず」、「気配も読まず」、部屋に飛び込んで無事でいられるはずがないのだ。剣を捨てされられ、捕まるのは自業自得。それよりも、本気で、心から、よかった、と思った。
 狂言だった。「あの子」の二の舞ではなかった------

 もしかすると、わずかながら安堵のため息をついてしまったのかもしれない。どこからみても絶体絶命の私の表情の変化に、亜麻色の髪の女はみるみる不機嫌になったようだ。

 「なに、余裕こいてんのよ、この女」
 「准将閣下だ」

 さっきより耳元近くで、よく響くけれど粘着質な声が面白そうに言う。

 「トゥーラ准将閣下のはずだぜ。この髪、黒い鎧。・・・何人もいるはずがない」
 「待ってた甲斐があったわね」

 ふん、と大げさに鼻を鳴らしながら、女は立ち上がって、私の鼻先まで近づき、無遠慮に顎をとってひとの顔を覗き込む。背は、私のほうがずっと長身だから、女は下から見上げるような感じだけれど。

 「・・・なぁんてお綺麗な顔。清廉潔白って顔して、公爵を手玉に取って。やるじゃない」
 「あっちの具合がいいんだろ」
 「だろうね」

 背後の男と前方の女は下品な含み笑いを漏らしている。
 返事をする価値無し。私はだんまりを続けた。
 そんな私を、また女が憎々し気に睨みつける。

 「いけすかない女。馬鹿にしやがって」

 パン!と乾いた音がした。女に頬を張られたのだ。グーで殴られなかっただけましだ。ひとの顔に因縁をつけ始めたときから予測のつく流れだったので、歯を食いしばっていたため舌を噛むことはなかった。
よかった。不幸中の幸い。

 それで済ませればよかったのに、なんと私の手は無意識に動いて。

 バン!!ともっと大きい音がした。うっかり、女をひっぱたいてしまったのだ。 
 
 「何すんのよ!?」

 優位に立つ自分がひっぱたかれるなど、思ってもみなかったのだろう。それに、とっさのことであんまり手加減をしなかったので女の頬には私の手の痕がくっきりついている。
 激高した女が掴みかかってきた。

 「舐めんじゃないわよ!!」
 「おい、よせ!!」

 女がもう一度私に手を振り上げるのと、それを止めようとした男が、私への集中を解く、その一瞬の間隙こそ、私が狙っていたものだ。今のは、偶然の産物だけれど。

 私は無言でまず背後の男を後ろ蹴りにした。弁慶の泣き所を蹴られ、声もなくよろめく男の拘束を離れ、飛び退って身を翻しざま、捨てた剣を拾い、構えなおす。
すぐに、壁際へ寄った。背後をとられないためだ。

 「・・・この女、手加減してれば」

 私を拘束していた男は、まつわりつくような粘っこい、憤怒を孕んだ声で言った。
 クセのある黒髪、青い瞳。鎧を着こんではいるが、着こなせていない。文官の恰好のほうがさまになるだろう。・・・アルバで見せられた肖像画によれば。

 「ギルド長。・・・」
 「あんたは人質だ、准将。初めから戦に勝とうなんざ、思ってはいない」

 目ばかりが、爛々と光っている。生気のない顔色にはアンバランスなほど、目だけを、光らせている。

 「傷つけずに連れて行こうと思ったが。・・・手足の一本くらいもいだほうが大人しいな」

 ごめんこうむります、という私の独り言は当然ながら全く無視して、さっきまで女に群がっていた(ふりをしていた)傭兵達を振り返った。

 「・・・殺さず、拘束しろ。多少傷つけても構わん」
 「あとで俺らに下げ渡してくれよ」

 傭兵は六人。傷だらけの鎧を身に着けて、長剣を手にしている。どの男も無駄に大きくて、一人残らず人相が悪い。これから始まる(と、勝手に予測しているだろう)一対六の一方的な暴力行為に、悪趣味にも興奮しているらしい。腕は、たちそうだ。
 
 ・・・待ってた、と言っていた。人質、と。そして、総督はいない。ギルド長とその情人?らしき女。
 わけがわからない。でも、謎解きは後だ。今は、生きて時間稼ぎをしなければ。

 また、さっきより軍馬の音が近づいている。もう、先陣は総督府にまで着いたかもしれない。

 呼吸を整え、傭兵をただ、見つめた。
 柄の悪い傭兵と言えども、歴戦のつわものではあるのだろう。私の「沈黙の気迫」に、剣を振りかざしたまま気味悪そうに互いの顔を見合わせている。
 
 シュ!と私の投げる刀子(とうす)が、戦闘開始の合図となった。
 武器は、剣ばかりではない。距離を詰められる前に、まず、腰回りに仕込んである刀子を傭兵の一人めがけて放ったのだ。

 「うわあああああああああああ!!」
 
 片目に刺さった刀子を抜くに抜けず、男が悶絶してうずくまる。

 「この女!!・・・わあ!」

 二人目も、目を狙った。喉元まで鎖帷子が覆う傭兵装束だと、表に出た柔らかい部分は限られていて、戦闘能力を割くには目を狙うのが一番効果的なのだ。因みに、頬は二の次。昔読んだ、戦国武将関連の読み物に、頬を矢に貫かれたまま戦い続けた記述があったから、用心して頬は狙わない。腕力を必要とせず、距離保ったまま戦うことができる刀子は、小柄な者や女性にぴったりだと教わったのだ。本来は武器ではないそうだけれど、そんなことは言っていられない。
 
 「何、手こずってる!?」
 「このグズども、早くしなさいよ!」

 ヒステリックなギルド長と女が安全圏で喚いている。
 
 「手加減しねえぞ」

 愚図と言われて発奮したというより、仲間が二名やられて本気になったのだろう。
 刀子が届きにくい程度の距離まで下がって、打って変わった声音で傭兵の一人が言った。

 ・・・四人なら、十分いける。
 
 胸算用した次の瞬間。
 すさまじい斬撃が、叩きつけられた。

 後ろが壁だから私の避けかたはおのずと制限される。壁からは極力離れられない。けれど、あまりにそこに執着すると半円に囲まれてしまう。

 男の剣をかわし、身を沈め、近寄り過ぎた兵の足元を払う。その間に近寄る兵士が振り下ろす剣を、身を捻りざま受け止め、渾身の力で金的蹴りをする。急所を破壊したかもしれない。濁った悲鳴とともに倒れる男の巻き添えを食わないように横跳びにステップを踏み、また壁を背に一呼吸する。

 あと三人。

 ある程度の腕があるからこそ、私の実力がわかったのだろう。奴らは剣や刀子の届く範囲よりも少し遠巻きにして、三人同時に剣を向けた。

 同時に切りかかられたら、ちょっと嫌だな。
 先ほどからギルド長の指示に変更はない。こいつらは、私を殺すつもりではなく、傷つけて連れてゆこうと思っている。だったら、私が致命傷を負う可能性は少ない。
 肩当てにわざとあてさせて、活路を作るか。脱臼くらい、するかもしれないけれど。

 「かかれ!!」

 中心の傭兵が叫ぶと同時に、私は一番小柄に見える男に向かって半身の姿勢で距離を詰めた。
 ガアアアン!と強い衝撃が肩に響く。力を籠め、歯を食いしばって衝撃に耐える。後の二人は目標物である私が動いたせいで互いの剣が空を切り、交差する。懐に飛び込まれて怯んだ男は私が切り捨てた。そしてまた壁際へと身を寄せる。

 あと二人。
 どちらから切ってやろうか。

 あえてふてぶてしく見えるように笑んで見せ、剣を構えたとき。

 急激に近づいた慌ただしい足音とともに、私が背にした壁のすぐ横が蹴破られた。
 
 「おい、長、キアーラ!早くしろ、ヤバいぞ!!」

 血相を変えた傭兵が一人、飛び込んできた。

 ・・・また一人、増えた。
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