一夜の恋は千夜を超える 〜敏腕社長は逃げてばかりなカフェ店員を離さない〜

夜見星来

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第三章

11.不穏な視線

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「今夜は遅くなる」
「わかりました」

 明さんと付き合い始めて二ヶ月。
 相変わらず、彼は私の店に足繁く通ってくれている。
 元々はコーヒーを目当てに来てくれていたのだ。私と付き合ってからもそれは変わらず、明さんは三時になると決まってコーヒーを頼む。
 店にはプレーンなコーヒーの他にカフェラテやココア、キャラメル味のソースやチョコレート味のソースがかかったデザートドリンクもあるけれど、彼が頼むものは決まってブラックだ。
 寒い日はホットコーヒーを、暑い日はアイスコーヒーを頼んでいるけれど、ホットの割合が心なしか高い気がする。

 私は今日も今日とて彼のためにコーヒーを淹れると、ペンで猫のイラストを描いた。お仕事頑張ってください、というメッセージつきだ。

「ありがとう。これで仕事も頑張れそうだ」

 私からカップを受け取り、彼がいつもの定位置に座る。
 それを見届けてから事務所に戻って細やかな作業をしていると、ニマニマとした視線を石原さんから向けられた。

「相変わらずプリンスは健気だね~」
「もう、からかわないでよ」
「だって、付き合ってからも足繁く通ってるからさー」

 よっぽど花守さんのことが好きなんだね、と石原さんが言う。
 彼女曰く、プリンスは私と付き合う前から私目当てでコーヒーを買いに来ていたのではないか、と推察しているらしい。絶対、花守さんのことを狙ってたと思うよ、なんて言われたけれど、私としては狙われている実感はなかった。

 ――確かによく話しかけてくれるな、とは思ってたけど……。

 彼と会話をして以来、必ずと言っていいほど話しかけられるようになったけれど、明さん以外にも店員に話しかけてくる客はそれなりにいる。
 アルバイトをしていた頃は店の立地が商店街の中だったこともあり(当時は別店舗で仕事をしていた)、買い物帰りのマダムたちによく話しかけられたものだ。子どもの話や孫の話、家族のことや近くの店の特売情報など、いろんな話を聞かされた。
 だから明さんから話しかけられてもあまり気にしてはいなかったのだけれど、思い返せばそうなのかもなぁ、と思わなくもない。いまさら改めて聞くのも恥ずかしいため、あくまで想像でしかないけれど。

「てかさ、プリンスってなんの仕事してるの?」
「……さぁ?」
「え、聞いてないの?」
「聞いても、のらりくらりとかわされちゃって……」

 その気になればネットで調べられる。この五十回建てのビルに収まっている会社のうちのどれかなのだから、しらみつぶしに探せば見つかるだろう。いまどきホームページをのぞけば、社長の名前なんてすぐにヒットする。
 でも、私は自ら調べようとは思わなかった。というのも、彼はあまり仕事の話をしたがらない。いつか彼が自ら話してくれることを待っているのだけれど、今のところそういった話をしてくれる様子はなかった。

「なーんか謎が多いよね、プリンスって。毎回、この時間に来るのも気になるし」
「確かに……」

 気になりはするものの、本人が話したがらないのであれば深追いするのもよくないだろう。
 私は二週間後に発売予定だという新商品のポップと説明資料を読み終えると、パソコンをスリープモードに切り替えた。

「私、カウンターの方に行ってくるね」
「はいはーい」

 店内用の看板を書き込んでいる彼女を事務所に残し、溜まった洗い物を片付けにシンクへ戻る。
 すると、ちょうどツバ広の帽子を被り、サングラスを掛けた女性がカウンターの前にやってきた。

「注文、いいかしら?」
「あ、はい。どうぞ!」

 あいにく、いつも注文を取っているスタッフは温めたフードをレンジから取り出している真っ最中である。
 私はカウンターに立つと、彼女からの注文を待った。

「アイスコーヒーひとつ。Mサイズで」
「かしこまりました。店内でお召し上がりでしょうか?」
「はい」
「アイスコーヒーのMサイズで五百円です。お支払いはいかがいたしますか?」

 クレジットカードで、と言われ、目の前の端末にかざすよう促す。
 その様子を見届けながら、明さんが立ち上がるのを視界の隅で捉えた。

「ありがとうございます。レシートのお返しです。ドリンクは左手にある商品お渡し口でお受け取りください」

 彼女が左手に向かっていくのを見届けてから、カウンターの前を通る彼に目配せする。
 彼は軽く手を挙げると、またあとで、と小さく呟いた。
 私も笑顔で軽く手を振り、コーヒー抽出用のマシーンを操作する。
 すると、どこからかひりつくような視線を感じた。

 ――誰かに見られているような……。

 彼が完全に去っていったあとで悪寒のようなものを感じ、ぷるりと身震いする。
 慌てて店内に視線を巡らせるも、誰とも目が合わなかった。どのお客様も手元にあるスマホやパソコン、タブレットや本に視線を落としている。
 寒気がするような鋭い視線を私に向けるような人は、どこにもいなかった。

 ――気のせい……かな。

 誰かに見られていると勘違いしてしまったのかもしれない。

 私はマシーンでコーヒーを淹れると、いつものようにカップに絵を描いてドリンクを渡した。





 ◇

 ここ最近、店内で視線を感じる。
 特に明さんが来たあとの店内で、だ。
 誰かに見られているような気がするけれど、その誰かがわからない。

 私は首を傾げながらシンクでミキサーを洗うと、壁に備え付けてあるペーパータオルを何枚か引き抜いた。

「どうしたの? 何かあった? さっきからずっと唸ってるけど……」
「いや、なんでもない……」

 どうやら私がソワソワしていることに石原さんも気付いていたらしい。なんでもないはないでしょ、と言うと、私に話してみなさいと石原さんが得意げに胸を叩いた。

「……なるほど、視線を感じると……」

 それ、考えすぎじゃない? とばっさり彼女に切られる。これだけ人の出入りが激しい店で視線が行き交うのはおかしなことではない。
 人待ちをしているお客様であれば、常に入り口を気にして視線を飛ばすものだ。そうでなくても、ぼーっと人間観察をしているお客様もいる。
 私は「そうだと思う……」と返しつつも、店内に目を向けた。

「でも時々、刺々しい視線を感じちゃうのよね……」
「うーん、なんだろう。どこかで恨みを買った……とかはなさそうだよね。花守さん、そういう感じの人じゃないし」

 人畜無害そうだと言われて、反応に困ってしまう。
 私はあはは……と笑って誤魔化すと、心配してくれてありがとうと彼女にお礼を言った。

「きっと、私の考えすぎだと思う」
「まぁ、なんかあったら言ってね」
「うん」
「いつでも力になるからさ」

 そう言って、これから休憩に入るのだという彼女を見送る。

 アイドルタイムを過ぎ、そろそろ客入りが増えてくる頃だなぁ、と思いながら、目の前に並ぶお客様のオーダーを伺ったときだった。またぞわりとした視線を感じた。

「……?」

 ハッとして顔を上げる。だけど、誰とも目が合わない。
 居心地の悪さを感じながら注文を取っていると、サングラスを掛けた女性がやってきた。

「アイスコーヒー、Mサイズ」
「かしこまりました。他にご注文はありますか?」
「ないわ」
「かしこまりました。アイスコーヒーのMサイズですね。五百円です。お支払いはいかがいたしますか?」
「…………」
「えーっと、お客様……?」

 女性は固まったまま、じっと私を見ている。
 どうしたのだろうかと思って声を掛けると、彼女がサングラスを下にずらした。

「……あなた、明のなんなの?」
「はい?」
「だから、あなた。御堂明と付き合ってるわよね?」
「へ……?」

 急に何を言い出すのかと思えば、まさかの質問だ。
 見ず知らずの人から、明さんとの交際有無を尋ねられるだなんて。
 想定外すぎる質問に、今度は私の方が固まってしまう。私は彼女を見つめると、えーっと……? と困惑の言葉を口にして首を傾げた。

「あなたみたいな凡人が、明と付き合っているとか笑える」
「…………」
「まぁ、いいわ。本人に問い詰めてやるから」

 彼女が端末にクレジットカードをかざして支払いを終える。
 女性はなおも私のことを睨みつけながら、商品お渡し口に向かった。

 ――まだ、私のことを見てる……。

 サングラス越しではあるけれど痛いほどの視線を感じて指先が僅かに震える。
 ここ最近の鋭い視線は、どうやら彼女によるものだったらしい。
 そういえば明さんが店に来たあと、入れ替わるような形でサングラスを掛けた彼女がやって来ていたことを思い出した。

 ――もし、私たちの動向を探るためだったとしたら……。

 彼女が顔を隠して店に来ていたのにも頷ける。
 だとしても、なぜ私と明さんが付き合っていることを探っているのだろうか。
 彼に限って浮気はあり得ない。私に合鍵を渡してくれるほどの人なのだ。最近の私は明さんの家に住んでると言っても過言ではなく、ほぼ毎日のように彼と顔を合わせている。だから、二股をかけられている可能性は限りなくゼロに近い。
 だとしたら、元カノだろうか。それにしては登場が遅すぎるような……と思案していると、いつの間にか目の前に新たなお客様が立っていた。

「あの、注文いい?」
「あっ、はい! お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」

 今はとにかく目の前のことに集中すべきだろう。
 彼女が彼にとってどういった存在であれ、いまの私は明さんの彼女なのだ。
 いちいち心を乱されていては、彼の彼女など務まらない。ただでさえ、明さんは美しい容姿をしている。私が観測している限り、何度か見知らぬ女性が明さんのテーブルに近付いていく様子を見ていた。
 きっと連絡先交換が目当てなのだろう。困った顔で、だけど毅然とした態度で断る明さんに、私はいつも胸を撫で下ろしていた。

 ――今回も大丈夫だよね……。

 明さんに限って不貞はないはずだと信じて、ひとつひとつの仕事を片付けていく。
 だけど、何をしていても頭の片隅には彼女に言われた言葉が引っかかって、家に帰るまでの間、何度もため息をついてしまった。


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