【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来

文字の大きさ
9 / 46

08.醒めない悪夢

しおりを挟む
 嫌な夢を見た。同室の男に牙を突き立てられ、血を吸われる夢だ。いくら人ならざるものが通う学校だと噂されているとはいえ、それは昔の話。
 そんなのはお伽噺であって、この世には人間しかいない。悪魔や魔法使い、その他モンスターに至るまで、フィクションの中にいるような生き物など、この世には存在しないのだ。ましてや人間の血を吸う、ヴァンパイアなんて。

「…………夢か」
「夢で片付けようとしているところ悪いが、俺がヴァンパイアなのは事実だ」
「うおああああ!」

 目覚めてすぐ、リックはベッドから転げ落ちた。隣にレイが頬杖をつきながら寝そべっていたからだ。
 リックは布団を握り締めると、自分の身を守るように小さく体を丸めた。

「そう怯えるな。体は大丈夫か?」

 こっちは全力で拒絶しているというのに、男が何食わぬ顔でベッドから降りてくる。レイはリックの前にしゃがみ込むと、容赦なく布団を剥ぎ取った。

「ギャーーー!」
「品のない声を出すな」
「お前が布団を剥ぎ取るからだろ!? てか、昨日床に転がってた女子はどうしたんだよ!? ま、まさか……お前、」
「あぁ、アレか。別に殺してはない。ちゃんと記憶を消して、部屋に戻しておいた」
「記憶を消す、って、お前……」

 そんな人外発言をしないでほしい。ますます、この男がヴァンパイアなのだと認めざるを得なくなる。
 正直、信じたくはない。というより、信じられない。今でもまだ醒めない悪夢を見ている気分だ。

「お前、本当にヴァンパイアなのかよ……」
「そう言ってるだろう? 信じられないのなら、もう一度お前の血を吸ってやろうか?」

 レイに体を引っ張り上げられる。気付いたらレイの腕の中で、首筋に生暖かい呼気を感じた。ぐいとシャツの襟ぐりを広げられ、男の牙が肌に触れる。

「ちょっ、待て待て待て!」
「……五月蝿い」
「お前がヴァンパイアだとしてもだ! 俺はお前の餌になるつもりはない!!」

 力いっぱいレイの体を押しのけ、なんとか男の腕から脱出する。
 だけど、逃げた先がまずかった。ベッドの上だ。部屋の壁に寄せる形でベッドが置かれているため、逃げても逃げても壁だ。シーツの上でのたうち回る以外に為す術がない。
 レイはすぐさまリックの体を転がしてうつ伏せにすると、リックの背中に腰をおろした。

「くっそ……! 重い! どけ!!」
「お前は俺の食事の時間を邪魔したんだ。加えて、俺の秘密も知ってしまった。餌になる以外に、選択肢がないと思うが?」
「なんでそうなっ、うぐっ」

 シーツに顔を押し付けられ、うまく息が吸えない。レイは「馬鹿な奴」と冷笑交じりに吐き出すと、剥き出しになったうなじをすぅっと指で撫でた。

「ひッ……」
「お前はまだ自分の置かれた立場が分かっていないようだな? 俺は人間じゃない。つまり、お前ごとき、赤子の手をひねるよりも簡単に殺せる」

 鷲掴みにされた後頭部がミシミシと音を立てる。握り潰さんとする勢いで手に力を込められ、リックは悲鳴じみた声を上げた。

「あ゛あああ……!」
「正直、男の血は不味いんだ。俺だって、お前の血なんかより女の血のほうがよかった」
「じゃ、じゃあ! 女の血を吸えよ……!」
「いちいち女を探してくるのも面倒くさい。その点、お前は同室だからな。いつでも好きなときに食事ができる」

 うなじに男の唇が触れる。ジタバタと暴れるも、さらに強い力で体を抑え込まれた。息をする隙間すら与えられず、シーツに強く顔を押し付けられる。うぐっ、と肺から息が潰れたような声が漏れた。

「恨むなら自分の行動を恨め。俺の忠告を聞かず、部屋に入ったことを」

 つぷりとうなじにレイの牙が刺さる。その瞬間、鈍い痛みと共にゾワゾワとした快感が腹の奥底からせり上がってきた。

「っ、う……あっあああ……!」

(なんだこれ……! なんで、こんなっ、)

 シーツに唾液が染みる。体中の血液が沸騰したみたいに、熱くて熱くてたまらない。
 レイはぢゅうっと音を立てて血を吸うと、足りないと言わんばかりに牙を深く突き刺した。さっきよりも、より強い痛みと快楽に目の前がチカチカする。ぐすっ、と鼻を鳴らして抵抗したら、やっと体を解放された。

「もっ……やめろっ……」
「ハッ、さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったんだ?」

 わざとなのだろう。仰向けに体を転がされ、冷たい目で見下される。
 レイの目は昨夜と同じく紅く染まっていた。肌の上をすべる手も温かい。
 少し前までレイの手が冷たかったのも、青白い顔をしていたのも、単純に腹が減っていたからなのだと合点がいった。

「これで分かっただろう? お前は俺の餌になるしかないんだ」
「……っ、誰が」

 お前の餌なんかに、と言う前にうなじを撫でられる。確かに痛みがあったはずなのに、レイに触れらた瞬間、スッと痛みが引いた。

「お前、いま何した?」
「傷を治したんだ。そのままでもよかったが、体が傷だらけになるのも嫌だろう?」
「……だったら吸うなよ、もう」

 ハァ、とため息をつく。傷を治してくれた影響なのか、さっきまで感じていた痛みも体の熱も嘘みたいに引いていた。

「それは無理な話だな。ただでさえ、こっちに来てからほとんど食事をとれていないんだ。本来なら一週間に一度で十分事足りるんだが……。できれば一日、三回で頼む」
「そんなに吸われたら死ぬわ、馬鹿」

 俺は血液製造マシーンじゃないんだぞ、というツッコミをする気力すら失せる。リックは馬鹿らしいと一蹴すると、レイの体を押しのけ、ベッドから起き上がろうとした。だが、

「っ、」

 体に力が入らず、レイの胸に顔ごと突っ込む。
 レイはフッと鼻で笑うと、リックの体をベッドに戻した。

「急に動くな。さっきを血を吸ったんだから、貧血気味になって当然だ」

 ベッドから降りたレイに、先ほど剥ぎ取られた布団を肩まで掛けられる。貧血の原因を作った張本人がピンピンしているのは解せなかった。

「……なんだ?」
「お前、俺のこと、殺すなよ」
「それはお前の行動次第だ。まぁ、せいぜい、俺の餌として頑張ってくれ」

 レイの目が楽しそうに細められる。

(あっ、これ、終わった……)

 レイの餌かつ玩具で確定だ。
 リックは最悪だ……と呟くと、次に目を覚ますときには今のやり取りも含めてぜんぶ夢でありますようにと願って目を閉じた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。(完結)

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。 ボクの名前は、クリストファー。 突然だけど、ボクには前世の記憶がある。 ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て 「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」 と思い出したのだ。 あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。 そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの! そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ! しかも、モブ。 繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ! ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。 どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ! ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。 その理由の第一は、ビジュアル! 夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。 涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!! イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー! ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ! 当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。 ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた! そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。 でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。 ジルベスターは優しい人なんだって。 あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの! なのに誰もそれを理解しようとしなかった。 そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!! ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。 なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。 でも何をしてもジルベスターは断罪された。 ボクはこの世界で大声で叫ぶ。 ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ! ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ! 最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ! ⭐︎⭐︎⭐︎ ご拝読頂きありがとうございます! コメント、エール、いいねお待ちしております♡ 「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中! 連載続いておりますので、そちらもぜひ♡

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

処理中です...