【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来

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19.イカれた関係性

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「おい、お前。勝手に俺を置いて帰るな」

 一足先に寮部屋に戻り、ベッドの上で雑誌を開きながらゴロゴロしていると、随分とご立腹らしいレイに詰め寄られた。

「だってお前、女子に囲まれてたから」
「お前が先に帰るから散々な目に合っただろう」
「知らねぇーよ。で、早速、誘われたのかよ?」
「……まぁ、好き勝手にいろいろと言われたが」

 レイがローブを脱ぎ捨て、雑に椅子の背凭れに掛ける。よっぽど疲れていたのか、ベッドの縁に腰掛けるレイの顔はいつも以上に青白く見えた。

「いーじゃん、誰か誘えば。ひとり決めちまった方が楽じゃねぇ?」
「それもそうか……」
「おっ、誰か候補でもいんの?」

 嬉々として尋ねれば、レイがじっとこちらを真顔で見つめてくる。リックは自分の後ろに何かいるのだろうかと、首を傾げながら振り返った。だけど何もない。ただの壁だ。

「お前はどうするんだ?」
「俺ぇ? 俺は誰にも渡さないし、そもそも誘われもしねーよ」
「……そうか」

 レイが何故か安堵の表情を浮かべて、疲労交じりのため息を吐き出す。

(モテる男は大変だよなぁ……。ってか、そうだ! 思い出した!!)

「おい、レイ! また治し忘れてただろ!」

 始業前、ノエルに指摘されたことを思い出し、リックはレイのベッドに弾みをつけて飛び乗る。相変わらず五月蝿い奴め、と言いたげなレイの鋭い視線を受け止めながらも、リックはシャツの襟ぐりを引っ張り、傷口を晒した。

「いますぐ治せ!」
「それぐらい、放っておけばいずれ治る」
「それじゃ困るだろーが! また変な勘違いされちまう……!」
「ほう? 勘違い、とは?」
「それは……」
「教えてくれ。何が、どう、勘違いされるんだ?」
「っ、だからッ!!」

 普通、こんなところに噛み跡など残らない。吸血鬼同士でうなじや首筋を噛み合うことはないかもしれないが、人間同士が求愛や前戯の一環で皮膚を吸ったり舐めたり噛んだりすることは、恋愛に疎いリックでも知っていることである。
 つまり、同じ人間に噛み跡を見られたら、いろいろと誤解を招く。ノエルがリックに彼女ができたのではないかと勘違いしたように、他の誰かがこの噛み跡を見て邪推するかもしれない。

「に、人間にとっては恥ずかしいことなんだよ……」
「なぜ恥ずかしがる?」
「なぜっ、て……。うなじとか首筋とか噛むのは、恋人同士ですることっていうか……なんていうか…………」
「もっとはっきり話せ。聞き取れん」
「ダアァァァ! もう!! だから、こういうことは恋人同士ですることなの! もっと言うと、ベッドの中でイチャつくときにすることなの!!」
「なるほど。つまり、性交などをするときに噛み合うということか」
「おまっ……! 俺が濁したのに!!」

 澄ました顔で性交と言いきるレイとは裏腹に、リックの顔が真っ赤に染まっていく。チッと舌を打ちながらレイを見れば、愉悦を湛えた目が細められていた。

(コイツ、絶対知ってただろ……!)

 弄ばれたのだと理解した瞬間、今度は羞恥ではなく怒りで頭に血が上る。一発、殴ってやろうかと握り拳を作って振り返ったら、レイに後ろから羽交い締めにされた。

「ぐっ……、ぐるじい……」
「俺に手をあげようなんざ、一万年早い」
「……クソッ!」
「向けられる殺気には敏感なんだ。まぁ、お前ごときに命を狙われたとて、暇潰しにもならんが」

 レイが喉の奥で笑って、噛み跡に唇を寄せる。唇の柔らかな感触に思わず息を詰めれば、レイに髪の毛で隠れていた耳たぶを撫でられた。よく聞け、と言わんばかりに、邪魔な髪の毛を耳の後ろに掛けられる。そのまま耳の後ろにある窪みを撫でられて、ぞわりと鳥肌が立った。

「ちょっ……、レイ……!」
「お前は一生、俺の餌だ。だから余計なことは考えるな」
「ん……あっ…」
「ほら、治したぞ」
「……あ? マジ?」
「あぁ」

 うなじに手をすべらせる。確かに、皮膚には傷ひとつなかった。

(キズを治すためとはいえ、こんな触り方しねぇだろ……)

 吸血鬼という生き物が分からない。レイだけではなく他の吸血鬼も、餌にした人間のことをこんなふうに扱うのだろうか。吸血行為を除けば、こんなの、まるで――。

(いやいや、それはない!!)

 まるで恋人同士のような触れ合いに、リックの頬が熱くなる。こころなしか、体もさっきより熱くなってきた。ここ最近は、ずっと体の芯がポカポカと熱いような感じがしているが、いま感じている熱さはそれとは違う。間違いなく、レイにもたらされた熱だった。

「……離せ! 俺はこのまま寝る!!」
「もう眠るのか?」
「お前には関係ねぇだろ!」

 強引にレイの腕の中から抜け出し、目の前のベッドに潜り込む。
 レイに背中を向ける形で頭から布団を被ったのにもかかわらず、男は特に咎めるでも追求するでもなかった。
 真っ黒な布団の中、己の息遣いと心臓の音だけが五月蝿くて、リックはぎゅうっと両手で胸を押さえながら体を小さく丸める。

(どうしちまったんだよ、俺……)

 レイは男だ。それに吸血鬼だ。人間でもない男に対して、恋人同士みたいだ、なんて。そんなふうに思うことなど。

 ――あまりにもイカれている。

 こんなことは、絶対に想像してはならないことだ。
 そもそもレイとは友達にすらなれない。レイとは生き物としての属性が違う。だから恋人同士はおろか、友人同士にもなれない。
 あくまでもレイとの関係は、
 吸血鬼と人間。
 捕食者と被食者。
 化物と餌。
 はじまる前から何もかもが終わっている。

(クソッ……、頭ン中がぐるぐるする…………)

 リックは悩ましげなため息をつくと、無駄な思考をシャットアウトするべく、無理やり目を閉じた。


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