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24.嫉妬に狂う指先
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文化祭までの約一ヶ月。リックたちは授業が終わると、役割ごとに分かれて準備にあたっていた。
教室は日を増すごとにごちゃごちゃと飾り付けが行われ、この期間だけは勉学に関係ない物が置かれていても教師たちは目を瞑る。
そんなわけで、内装チームは既に飾り付けを作るように言い渡されていた。
造花は高いため、紙で作った薔薇の花を飾ることに決まったのだが、そのノルマがひとり百個だ。できない分は持ち帰りとなり、期日までに作ってくるように言いつけられている。
また、内装に必要なものは花だけではなく、カーテンやテーブルクロス、メニュー表や看板など多岐に渡り、それらはすべて手作りだ。学校から予算が出るといっても、上限が決まっているため贅沢はできない。特に、世界観を演出するためのカーテンやテーブルクロスなど、それっぽい布地を買うだけでほぼ予算が尽きたそうだ。そこに一部刺繍などを施すらしく、そういった繊細な仕事は、手芸部にいる生徒が担うのだという。そのほかにも既製品の衣装をカスタムするそうで、かなりの手の込みようだった。
「最後の年だから、分かんなくもねぇけどさぁ……。それにしたってやること多すぎだろ!!」
リックはたまらず、作っていた花をぶん投げた。
「リック、まーた最初から作り直しになるよ?」
「もう作り直しだっつの」
リックは、机に投げつけた花とも呼べない歪なガラクタを見てため息をつく。
残念ながらリックは手先が器用な方ではない。料理は得意だが、あれには繊細さなど必要ない。食べられるサイズに食材をカットさえできれば、あとは焼くなり煮るなりすれば、勝手にボリュームも減り食べやすくなる。味付けだって、調味料を適当に入れるだけ。
要するにリックは感覚派だった。そして大雑把。その腕は家庭料理にこそ役立つが、こういった繊細な作業には一切向かない。リックは、裁縫が得意な母から生まれたとは思えないほどの不器用さだった。
「お前はどうしてそう不器用なんだ」
「そういうお前は、なんでそんな本物みたいに作れるんだよ……」
「さぁ? 初めて作ったが、割と得意な作業らしい」
「あっそ……」
予想通りと言えば予想通りだが、レイはリックと違い、さくさくと器用に薔薇を作っていく。ノエルは完成までにかなり時間がかかっているものの、リックのように失敗はしない。むしろ、さっきから紙を破いているのはリックだけだ。
「なーんか、力加減が難しいんだよなぁ……」
元々、不器用な方ではあったが、何故か以前よりも増して力加減が難しくなっている。この前はマグカップを洗っているときに持ち手を割ってしまった。さらにその前は、クローゼットを開いときに取っ手を外してしまった。日常生活のふとした瞬間に力をコントロールできていないような感覚があり、ここのところリックは困っている。
それに比例して体の怠さも増しており、特に夜は寝付けないことも多くなった。空が白み始めると眠れるのだが、夜間はてんでダメだ。だから、最近は諦めて談話室で本を読んでいる。部屋だと寝ているレイに迷惑をかけてしまうため、リックは深夜三時にこっそりと部屋を抜け出していた。
「俺、一生終わんなそうなんだけど……」
「そのときは僕が手伝うよ。っていうか、僕もリックほどじゃないけど進みが遅いしね。一緒に頑張ろうよ」
「ノエル……! やっぱ持つべきものは親友だぜ!!」
「おい。くだらないことをくっちゃべってないでさっさと手を動かせ」
「チッ、分かってるっつーの」
修復不可能なまでに破れた花は手の施しようがないと判断し、新しい紙で薔薇を折っていく。
レイが十個ほど作り上げている中、リックはやっとひとつ出来上がった。ちなみに、ノエルは三個だ。
「ノエル~! 今日、お前んとこ行ってやってもいい? このままだと終わんねーよぉ……」
「いいよ。僕も誰かとやんないと集中力もたなそうだし」
「……フン、仕方ないヤツめ。俺が手伝ってやらねば、そんなこともできないのか?」
「別に手伝ってもらわなくても大丈夫ですけど?? むしろお前は来んな!」
いつも通りレイと軽口の応酬をしていると、何人かの女生徒がレイの周りに集まってきた。
「レイくん、急にごめんね。今日なんだけど採寸していいかな……?」
「採寸?」
「ほら、衣装着てもらうでしょ? 既製品だとサイズが合わない可能性があるから……。それに一部、カスタマイズもしたくって」
おねが~い! と女生徒たちが手を合わせる。
きっと、採寸と言いつつもそれだけでは終わらないだろう。彼女たちにも彼女たちなりの下心がある。好感度を上げるため、あの手この手でレイを引き止め、気を引くはずだ。
(まったく……モテる男は大変だねぇ)
リックは、女生徒に囲まれているレイをじとっとした目で見つめた。
正直、面白くない。レイが女子にきゃあきゃあ言われている事実も、レイが女子たちに持っていかれるのも。だけど、そんなことは口が裂けても言えなかった。
女生徒に誘われて、困惑気味な表情を浮かべるレイと目が合う。
「ほら、誘われてんぞ。行ってこいよ」
「だが……」
「花は俺とノエルでやっとく。っていうか、お前は別に持ち帰りでやんなくても終わんだろ」
しっし、とまるで野良犬でも追い払うかのように手を振る。レイは何か言いたそうに、けれど真顔で数秒リックを見つめたあと、女子たちの方に振り返った。
「……分かった。採寸を頼む」
「やったぁ! じゃあ、こっちに来て!」
「ちょっとアンタ、レイくんの腕を掴まないでよ!」
「あなただって!」
レイをめぐって、もう女子たちの熾烈な争いが始まる。女子に連れ立って歩くレイの後ろ姿を見ながら、リックは手の中にあった作りかけの薔薇を無意識に潰していた。
「あっ」
「またやっちゃったね」
「…………」
「てか、いいの? レイくん取られて」
「は? なんでそんなこと聞くんだよ?」
「なんでって、ちょっと寂しそうな顔したから」
ノエルからの指摘にリックはぶんぶんと首を振る。無理やり笑顔を作ると、潰した薔薇を指で広げた。
「寂しくねぇーよ。アイツが誰といようと俺には関係ねぇし」
「ふーん、そう。じゃあ、レイくんが誰かに薔薇の花を渡してもいいんだ?」
「そ、れは……」
レイが女生徒に薔薇の花を渡し、ダンスに誘う瞬間を想像して胸が痛む。鉛玉でも詰め込まれたみたいに、心臓のあたりがずんと重くなった。
「うかうかしてると取られちゃうんじゃない?」
「だからッ! 俺には関係ねぇって!!」
またぐしゃりと花を潰してしまって、あっ……と手を広げる。ノエルはくすくすと笑うと、「リックってば、分かりやすい」とリックの鼻先を小突いた。
「そういうことにしといてあげる。でも、本当にどうでもいいって言うなら、僕でも良いわけだよね?」
「は? なにが?」
「だから、君の相手だよ」
「どゆこと……?」
ノエルの的を射ない発言にリックは首を傾げる。ノエルはなんでもないと笑いながら、リックが潰した花を丁寧に広げると、綺麗な薔薇の形に戻した。
教室は日を増すごとにごちゃごちゃと飾り付けが行われ、この期間だけは勉学に関係ない物が置かれていても教師たちは目を瞑る。
そんなわけで、内装チームは既に飾り付けを作るように言い渡されていた。
造花は高いため、紙で作った薔薇の花を飾ることに決まったのだが、そのノルマがひとり百個だ。できない分は持ち帰りとなり、期日までに作ってくるように言いつけられている。
また、内装に必要なものは花だけではなく、カーテンやテーブルクロス、メニュー表や看板など多岐に渡り、それらはすべて手作りだ。学校から予算が出るといっても、上限が決まっているため贅沢はできない。特に、世界観を演出するためのカーテンやテーブルクロスなど、それっぽい布地を買うだけでほぼ予算が尽きたそうだ。そこに一部刺繍などを施すらしく、そういった繊細な仕事は、手芸部にいる生徒が担うのだという。そのほかにも既製品の衣装をカスタムするそうで、かなりの手の込みようだった。
「最後の年だから、分かんなくもねぇけどさぁ……。それにしたってやること多すぎだろ!!」
リックはたまらず、作っていた花をぶん投げた。
「リック、まーた最初から作り直しになるよ?」
「もう作り直しだっつの」
リックは、机に投げつけた花とも呼べない歪なガラクタを見てため息をつく。
残念ながらリックは手先が器用な方ではない。料理は得意だが、あれには繊細さなど必要ない。食べられるサイズに食材をカットさえできれば、あとは焼くなり煮るなりすれば、勝手にボリュームも減り食べやすくなる。味付けだって、調味料を適当に入れるだけ。
要するにリックは感覚派だった。そして大雑把。その腕は家庭料理にこそ役立つが、こういった繊細な作業には一切向かない。リックは、裁縫が得意な母から生まれたとは思えないほどの不器用さだった。
「お前はどうしてそう不器用なんだ」
「そういうお前は、なんでそんな本物みたいに作れるんだよ……」
「さぁ? 初めて作ったが、割と得意な作業らしい」
「あっそ……」
予想通りと言えば予想通りだが、レイはリックと違い、さくさくと器用に薔薇を作っていく。ノエルは完成までにかなり時間がかかっているものの、リックのように失敗はしない。むしろ、さっきから紙を破いているのはリックだけだ。
「なーんか、力加減が難しいんだよなぁ……」
元々、不器用な方ではあったが、何故か以前よりも増して力加減が難しくなっている。この前はマグカップを洗っているときに持ち手を割ってしまった。さらにその前は、クローゼットを開いときに取っ手を外してしまった。日常生活のふとした瞬間に力をコントロールできていないような感覚があり、ここのところリックは困っている。
それに比例して体の怠さも増しており、特に夜は寝付けないことも多くなった。空が白み始めると眠れるのだが、夜間はてんでダメだ。だから、最近は諦めて談話室で本を読んでいる。部屋だと寝ているレイに迷惑をかけてしまうため、リックは深夜三時にこっそりと部屋を抜け出していた。
「俺、一生終わんなそうなんだけど……」
「そのときは僕が手伝うよ。っていうか、僕もリックほどじゃないけど進みが遅いしね。一緒に頑張ろうよ」
「ノエル……! やっぱ持つべきものは親友だぜ!!」
「おい。くだらないことをくっちゃべってないでさっさと手を動かせ」
「チッ、分かってるっつーの」
修復不可能なまでに破れた花は手の施しようがないと判断し、新しい紙で薔薇を折っていく。
レイが十個ほど作り上げている中、リックはやっとひとつ出来上がった。ちなみに、ノエルは三個だ。
「ノエル~! 今日、お前んとこ行ってやってもいい? このままだと終わんねーよぉ……」
「いいよ。僕も誰かとやんないと集中力もたなそうだし」
「……フン、仕方ないヤツめ。俺が手伝ってやらねば、そんなこともできないのか?」
「別に手伝ってもらわなくても大丈夫ですけど?? むしろお前は来んな!」
いつも通りレイと軽口の応酬をしていると、何人かの女生徒がレイの周りに集まってきた。
「レイくん、急にごめんね。今日なんだけど採寸していいかな……?」
「採寸?」
「ほら、衣装着てもらうでしょ? 既製品だとサイズが合わない可能性があるから……。それに一部、カスタマイズもしたくって」
おねが~い! と女生徒たちが手を合わせる。
きっと、採寸と言いつつもそれだけでは終わらないだろう。彼女たちにも彼女たちなりの下心がある。好感度を上げるため、あの手この手でレイを引き止め、気を引くはずだ。
(まったく……モテる男は大変だねぇ)
リックは、女生徒に囲まれているレイをじとっとした目で見つめた。
正直、面白くない。レイが女子にきゃあきゃあ言われている事実も、レイが女子たちに持っていかれるのも。だけど、そんなことは口が裂けても言えなかった。
女生徒に誘われて、困惑気味な表情を浮かべるレイと目が合う。
「ほら、誘われてんぞ。行ってこいよ」
「だが……」
「花は俺とノエルでやっとく。っていうか、お前は別に持ち帰りでやんなくても終わんだろ」
しっし、とまるで野良犬でも追い払うかのように手を振る。レイは何か言いたそうに、けれど真顔で数秒リックを見つめたあと、女子たちの方に振り返った。
「……分かった。採寸を頼む」
「やったぁ! じゃあ、こっちに来て!」
「ちょっとアンタ、レイくんの腕を掴まないでよ!」
「あなただって!」
レイをめぐって、もう女子たちの熾烈な争いが始まる。女子に連れ立って歩くレイの後ろ姿を見ながら、リックは手の中にあった作りかけの薔薇を無意識に潰していた。
「あっ」
「またやっちゃったね」
「…………」
「てか、いいの? レイくん取られて」
「は? なんでそんなこと聞くんだよ?」
「なんでって、ちょっと寂しそうな顔したから」
ノエルからの指摘にリックはぶんぶんと首を振る。無理やり笑顔を作ると、潰した薔薇を指で広げた。
「寂しくねぇーよ。アイツが誰といようと俺には関係ねぇし」
「ふーん、そう。じゃあ、レイくんが誰かに薔薇の花を渡してもいいんだ?」
「そ、れは……」
レイが女生徒に薔薇の花を渡し、ダンスに誘う瞬間を想像して胸が痛む。鉛玉でも詰め込まれたみたいに、心臓のあたりがずんと重くなった。
「うかうかしてると取られちゃうんじゃない?」
「だからッ! 俺には関係ねぇって!!」
またぐしゃりと花を潰してしまって、あっ……と手を広げる。ノエルはくすくすと笑うと、「リックってば、分かりやすい」とリックの鼻先を小突いた。
「そういうことにしといてあげる。でも、本当にどうでもいいって言うなら、僕でも良いわけだよね?」
「は? なにが?」
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