【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来

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34.ただ一人に捧げる夜

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 つくづく、傲慢な男だと思う。俺のものになれ、だって? んな告白、こっちから願い下げだ! と言ってやりたいのに、気付けばこくんと首を縦に振っていた。
 レイに体を引き起こされ、男の胸に顔を寄せる。恥ずかしすぎて、今はレイの顔を見れなかった。

「おい、顔を上げろ」
「む、無理……」
「は?」
「分かんだろ……恥ずかしいんだよ…………」

 ぎゅうっとレイの服を掴み、リックは真っ赤な顔で俯く。人払いされているのか、カーテンすらきっちりと閉まっているため、誰にも見られていないと分かっていても恥ずかしいものは恥ずかしい。

「まったく、仕方のない奴だ」
「一応、俺のこと好きなんだよな?」

 あまりにも態度が変わらなすぎて、思わずレイの顔を見上げて噛み付く。俯いていてよく分からなかったが、レイの表情はいつも以上に穏やかだった。愛おしさを煮詰めて溶かしたような目で見つめられると、リックとしても何も言えなくなる。
 レイはリックの体を抱えると、テラスの縁に足をかけた。

「ちょ、えっ?」
「暴れるなよ?」
「え、いや、ちょっと、待ったあああああ!」

 リックの絶叫と共にふわりと体が浮く。いつかの夜と同じように、レイに体を抱かれ宙に浮いていた。

「姿はくらませられても声は遮断できないんだ。バレるから叫ぶな」
「だとしても、お前が急に飛ぶからだろ!?」

 怖くなってぎゅうっとレイの首に腕を巻きつける。ただ純粋に落ちたくない一心で抱き着いたのだが、レイとしては役得だったらしい。まんざらでもない顔をしていた。
 二人共せっかく仮装をしたというのに――レイの場合、仮装ではないが――ホールでは踊らず寮部屋に戻ってきてしまう。レイはそっと部屋の床にリックを降ろした。

「てかお前、帰って来ていいのか……? いろんな人から花もらってなかったっけ?」
「なぜそれを知っている?」
「教室に差し入れ持っていくときに見たんだよ。そのとき、束になって渡されてたじゃん」
「……なるほど、それで嫉妬でもしたか?」
「しっ……! てねぇ、とは言えない……けど……」
「なるほど?」

 くいっと顎先を尖った爪で持ち上げられる。さっきから何度も至近距離で顔を見つめられ、恥ずかしいったりゃありゃしない。じわじわと熱くなるリックの頬を見て、レイがフッと鼻で笑った。

「お前も可愛いところがあるんだな」
「うるさい! 可愛くねーわ!!」
「そういうことにしといてやる」

 レイはずっと上機嫌だ。声も弾んでいるし、表情も柔らかい。
 レイはリックの腰を引き寄せると、そっと手を取って部屋の中央でくるくると回った。

「言っておくが、その他大勢に興味はない。花はすべて突き返した。だから来るのが遅くなったのもあるが……」

 部屋の中央で軽やかなステップを踏むレイに、リックはわけも分からずついていく。ダンスの練習は一年のときに体育の実習で一度だけやったが、ほぼ覚えていない。だけど、レイのリードがうまいのか、リックは足を縺れさせることなく部屋の中央で踊った。
 音楽もない、暗い部屋で二人きり。だけど、自分たちらしいとも思う。

「ヴァンパイアは生涯にひとりだけ、花嫁を迎え入れることができる」

 ふいに足を止め、レイがリックの体を抱き寄せる。耳元に唇を寄せ、囁くように言った。

「人間の花嫁をひとりだけ、だ。ヴァンパイアはたったひとりを愛してしまうと、その愛した相手からしか血を吸うことができなくなる」
「んだよ、それ。聞いてない……」
「いま言ったからな。つまり、一途な生き物なんだ。お前が心配するようなことはなにもない」
「あっそ……」

 リックは恥ずかしくなって、またしてもレイから顔をそらす。だって、こんなのはプロポーズと一緒だ。

(俺だけ、って言ってるようなもんじゃん……)

 電池切れのロボットみたいに動きが固まるリックに、レイがどうした? と声を掛ける。どうしたもこうしたもお前のせいだ、と言いたいのをぐっと我慢してレイの肩に顔を埋めた。

「なんでもない……」
「そうか」

 子どもをあやすように背を撫でられ、ゆっくりと体が離れていく。あっ、と思ったときにはレイに唇を奪われていた。

「ん……っ」

 ちゅ、ちゅっと啄むようなキスのあと、唇の上を舐められて薄っすらと口を開ける。すぐに厚ぼったい舌が中に滑り込み、リックの舌に絡んだ。
 ねっとりと舌先を回しながら舌を絡め取られ、上顎の襞を舐められる。その瞬間、ぞくりとしたものが背中を駆け抜けた。吸血されるときとまた違った快楽に、腹の底が熱くなる。鋭い牙で舌先を軽く噛まれ、鈍い痛みがするのにキスのせいで気持ちよさのほうが勝った。

「ふっ……ぅ、ん……」
「お前は、血も口の中も甘いな……」

 ぢゅっ、と唾液と血も一緒に吸い上げられ、舌先にじんとした痺れを感じる。唇を離されたときには、互いの息が上がっていた。もっと、と思う気持ちと、これ以上は体がおかしくなってしまうような恐怖があって、自分から求めることができない。
 レイは口の端から零れた唾液を舐め取るようにリックの顎に口付けると、そのまま唇を舐めた。

「ンッ……」
「なぁ、リック。このまま、」

 レイがリックの服に手をかける。するりとネクタイを外され、身につけていた仮装グッズもすべて剥ぎ取られた。

「いや、おまっ、ちょっと待て!」
「あ゛?」
「さすがに手が早すぎっていうか、おわっ!」

 有無を言わせずベッドに投げ込まれ、レイが覆いかぶさってくる。頬や首筋にキスを落としながら器用にシャツのボタンを三つほど外されて、リックはダメだから! とレイの胸を押し返した。

「まだ、心の準備ができてねぇ……!」
「準備なんぞ、必要ないだろう」
「俺にはいるの! それに約束してるから!」
「約束……? なんだそれは」
「このタイミングでめちゃくちゃ言いづらいんだけど……。ノエルの部屋に行く約束があって……」
「は?」

 地を底を這うような声でレイが返事をする。リックとて、このままレイと離れたくないが、ノエルとの約束もあるため反故にはできない。

「その、俺、明日が誕生日でさ……。ノエルに誕生日祝いたいから、日付が変わる頃に部屋来いって言われててよぉ……」
「この期に及んで別の男の部屋へ行くのか!」
「いや、ノエルは友達だからな!? やましいことするわけじゃねぇから!」
「だとしてもだろう……」

 レイの機嫌がどんどん悪くなっていく。心なしか、部屋の温度が数度下がった気がした。完全に怒ってる。

「ノエルからはひとりで来いって言われたけど、お前も行く?」
「当たり前だ。というより、部屋から出したくないんだが?」
「それはまた今度な」
「今度っていつだ?」

 押し倒さん勢いでレイに迫られ、リックはベッドの上で後ずさる。
 勝手なイメージだが、レイは恋愛ごとに対して淡泊な方だと思っていた。だから、こうして気にかけてくれるのは純粋に嬉しい。今はその重さがリックを困らせてはいるが。

「今度は今度だよ! 心の準備ができたらな」
「……なるべく早くしろ。俺の我慢が続くうちに」

 そう言ってレイに体を引き寄せられる。押し付けられた下腹部がはっきりと欲を主張していて、リックは息を呑んだ。

「~~~っ! も、もう行かないと!!」
「……チッ。流されはしないか……」

 本音を包み隠すことなくレイが呟いて、ベッドから降りていく。ひとまず今夜は手を出されずに済みそうだとホッと息を吐いたのも束の間、奪うように唇にキスされた。

「早く行くぞ」
「お、おう」

 あと、アイツとベタベタするな。と、レイに釘を刺されながら、リックは体を引っ張り上げられる。
 ノエルとベタベタする気もなければ、心変わりする気だってない。だって、レイが思っている以上にこの男のことが好きなのだ。心の準備ができていないから、とは言ったものの、リックだってレイに触れたい気持ちはある。

 リックは乱れた服を整えると、お返しとばかりにレイの手を引っ張り、寮部屋をあとにした。


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