呂布奉先という男

うたう

文字の大きさ
4 / 12
189年

運命とは

しおりを挟む
 少年期、食べるために何でもやった。
 平気で人の物を盗んだし、脅してせしめたこともある。殺して奪ったことはなかったが、近いことはいくらでもやってきた。たまたま相手が死ななかっただけのことだ。同じように貧しい少年たちを束ねて、その日暮らしの日々だった。
 転機が訪れたのは、十七歳の頃だ。たちの悪いやくざ者の金品に手を出してしまったらしい。ある日、報復とばかりにねぐらを襲撃された。丁原ていげんはからくも逃げ出すことができたが、五人いた仲間は皆、殺されてしまった。帰るところを失って、隣の郡へ逃げるしかなくなった。逃れた先で兵を召募していたため、これ幸いと志願した。腕っぷしに自信があったこともあるが、一番の理由は不安だったからだ。兵舎暮らしであれば、やくざ者も安直には手を出せまいと踏んだのだ。
 戦には何度も駆り出された。正面にいる敵と顔を突き合わせて干戈を交えるのは怖くなかった。丁原を付け狙い続けているかもしれない、やくざ者の存在のほうがよっぽど恐ろしかった。偉くなりたいと思った。偉くなればなっただけ、やくざ者は遠ざかる。
 隊長、さらにその上を目指すとなれば、文字の習得は不可欠だった。それで同室の学のある人間に文字を習った。読み書きの基礎を学び終えたくらいの頃に、同室のこの人は戦死してしまった。そのせいか、丁原は白髪が目立ちはじめた今も読み書きがあまり得意ではなかった。読むのも書くのも人の倍は時間がかかる。
 しかし、それでも丁原は隊長になり、副将となって、気づけば、并州刺史へいしゅうししにまでなっていた。そして明日からは雒陽らくよう城下の警邏巡察を束ねる執金吾しつきんごだ。ならず者だった自分が、よくぞここまで成り上がったと感慨深かった。
 思うに、人には運命さだめというものがあるのだ。 
 運命は、広く大きな道のようなもので、人が運命に関与できることといえば、その道のどこを歩くかという程度だ。真ん中を堂々と歩くか、端をこそこそと歩くか、あるいは迷いながら蛇行するか。いずれにせよ、行き着く先は最初から決まっていて、道がどこで終わるのかも決まっている。
 兵舎暮らしで同室だったあの男の道は、あそこで途切れることが決まっていたし、同時に丁原が読み書きの師を失うことも決まっていた。それでも丁原には栄達の運命が待っていたし、もっと言えば、塒をやくざ者に襲われることも決まっていたことなのかもしれない。
 赴任していた并州という土地は、この上なく良かった。統治は、異民族の襲来に備えていれば務まったし、呂布りょふという武芸達者な若者を配下に引き込めたのは大いなる収穫だった。それもこれも運命なのだ。
 気がかりなのは、その呂布との間に溝ができかけていることだった。
 孟津もうしんを焼いた後、野営地に着くなり、丁原は帷幕に呂布らを呼び寄せた。呂布は姿を見せはしたものの、あからさまに顔を背け、丁原と目を合わせようとしなかった。成廉せいれんらも呂布に倣ってか、皆、俯いていた。結局、入城の件について、丁原が一方的に言い渡しただけで散会した。呂布らは、返事も挨拶もせずに帷幕を去っていった。
 この溝も運命なのだろうか。
 わからなかった。
 しかし、丁原が斬り捨てたあの親子については、はっきりと言える。運命だったのだ。孟津の他の住人も同様だ。
 孟津を焼けと大将軍何進かしんに命じられたのだ。密命だった。命令には不服だったが、それでも実行した。何か理由をつけて、丁原が服従しなかったとしても、何進は別の誰かに命じただろう。それならばと思い、丁原は自らやることにした。もう食うに困って盗みを働いていた頃とは違う。だから、略奪は固く禁じた。兵は誰一人として、孟津の人々の財貨を持ち出してはいない。
 何進は、宦官の排除を計画していた。近々、事を構えるつもりでいるらしい。そのために兵を欲したのだ。宦官であっても、兵馬の権を持つ役職に就いているものもいる。また蓄えのある宦官は、当然私兵を養っていた。
 大将軍直属の兵だけでは心許ないと何進は思ったのだろう。兵は多ければ多いほどいい。戦力差が大きくなれば、それだけ事はすみやかに結する。総じて、流す血も少なくなる。
 それ故に、何進は孟津を焼くように言ってきたのだ。都とは目と鼻の先の孟津が賊に襲われたなら、防備のために多数の兵を雒陽城内に入れて増員しても奇異には映らない。すでに何進は各地の軍へ集結の命令を下しているらしい。そうやって兵を集めて、一気に方を付けるつもりなのだろう。
 宦官を誅殺することに、丁原は異存がなかった。宦官がこの国を歪めているのだ。権限のある宦官が、官職を売っている。賄賂を渡せば、出世できるようになってしまっている。能力のない者、理想のない者がそうやって世に出たら何をするか。ひとつしかない。搾取だ。搾取した金でさらに上の官職を買う。そしてより多くの金を搾取する。歪さが増せば増すだけ、弱者へと皺寄せがいくのだ。
 そうした皺寄せがきた弱者はどうすればいいか。おとなしく餓死するか、盗人になるかだ。丁原自身がそうだったからわかる。盗人の大半は、盗みなど働きたくないのだ。今日を生きるために人の物に手を付ける。それは、かつて仲間だった五人の少年たちもそうだった。必要以上に搾り取られず、人々の暮らしが少しでも豊かになれば、間違いなく犯罪は減るのだ。そしたら、あの五人のような死に方をする子供もいなくなる。
 先の黄巾の乱も、皺寄せが極限に達したから起きたのだと考えられた。今のままでは、また乱は起きるだろう。そのとき討伐されるのは、困窮して乱に加わった弱者たちだ。
 やはり宦官が害悪なのだ。首尾よく悉くを誅殺することができたなら、世の中はきっと変わる。そのとき孟津の人々は報われることになるだろう。
 呂布らはまだ若い。丁原が孟津を襲ったことを表面的にしか捉えていない。その奥にある意味を理解するには、彼らはいささか潔癖すぎる。言葉で説明したところで、青臭い彼らには届かないだろう。しかし、世俗の垢に塗れ、世間の荒波に揉まれるうちに、いつか丁原のやったことの意味を理解するときが来るはずだ。その頃、世の中はずっと住みよくなっているに違いない。

「丁原様。大事にございます」
 寝台に横になり、寝入ろうかとしていたときに声をかけられた。
 丁原は寝台に腰掛け、報せに来たものを幕舎の中へ招き入れた。
 先程まで気にならなかった虫の声が、やけにうるさく感じた。
「何事か」
司隷しれい校尉袁紹えんしょう様よりの報せにございます。大将軍何進様が暗殺されたとの由。袁紹様は宮中に兵を進め、大将軍の仇討ちを始められました。宦官掃滅に丁原様の助力を仰ぎたく、急ぎ入城願いたいとのこと」
「わかった。全軍を叩き起こせ」
 丁原は、幕舎の外に出た。
 焼き尽くしてしまったのか、野営地から孟津の火はもう見えなかった。風が、微かに焼け焦げた臭いをはらんでいる。
 運命とは何なのか。丁原は天を仰いだ。
 丁原が孟津を焼き、人々を殺したその日に、皮肉にも事態は動いた。雒陽の城内に兵を集めるために渋々遂行した策略は、何の意味もなさなかったのだ。
 無辜むこの民を襲って、なにが世直しか。
 青臭いと感じた呂布の言葉が、今になって丁原の胸に突き刺さった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...