呂布奉先という男

うたう

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191年

陽人の戦い

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 都が雒陽らくようから長安に遷されて、一年が過ぎた。
 雒陽の城下を歩くと、未だに遷都に対する恨み言が聞こえてくる。しかし、并州へいしゅうの田舎者である張遼ちょうりょうの目には、都であった頃の雒陽もそうでなくなった雒陽も同じに見えた。
 帝が移ったから長安は都になっただけだ。商業は今も雒陽を中心に動いているように感じるし、街の活気は以前とちっとも変わらない。
 何年もしないうちに雒陽はまた都になる。張遼はそう思っていた。帝を雒陽の西にある長安に移したのは、戦略的な視点からに過ぎない。雒陽の東では、反董卓連合と称する反乱軍が旗をあげていた。火の粉が降りかかるどころか、戦場にさえなりかねない雒陽に、帝を置いておくわけにはいかなかったのだ。
 だから乱が鎮まりさえすれば、帝は雒陽に帰ってくるだろう。そして、また雒陽が世界の中心となる。
 鎮圧まではあと一息だった。
 遷都した翌月、董卓とうたくの命を受けた徐栄じょえいの部隊が酸棗さんそうに屯する反乱軍の一部と交戦した。徐栄は、酸棗の本陣を陥落させるまでには至らなかったが、戦地でまみえた曹操そうそう張邈ちょうばく鮑信ほうしんの部隊を壊滅に追い込んだ。その惨状に恐れを抱いたのか、程なく酸棗に残っていた軍勢は、一戦も交えることなく陣を退いた。
 冬には、河内かだい郡の王匡おうきょうが動いたが、董卓自ら陽動部隊を率いて、王匡の部隊を釣りだし、別働隊との挟撃によって掃討した。また河南尹梁かなんいんりょう県で、徐栄の部隊が孫堅そんけんの部隊と遭遇したが、包囲作戦を用いて、これを撃破している。あと一歩で孫堅の首級をあげられるところまで迫っていたとの話だ。そこで孫堅を討ち取っていたら、乱は終わっていただろう。
 孫堅だけが、今も戦意を失っていない。敗残兵をかき集め、梁県陽人ようじんにある小城に拠って、雒陽を窺っている。

 陽人城攻略の命令は、近日中に出る。それも張遼の属する、呂布りょふの部隊が承ることになる。張遼はそう踏んでいた。調練のときの呂布の顔つきが変わったのだ。猛りはやる気持ちを無理矢理に抑え込んでいる。戦が近くなると、呂布はそんな表情をする。
 張遼が読んだ通り、出撃の命令が正式にくだされた。胡軫こしんが大督護に任命され、呂布の部隊はその指揮下に入る形だった。三日後に雒陽を発ち、陽人城へ向かうことが決まった。
 出兵の準備を整えていると、視察と称して、胡軫が三人の部下を連れて現れた。呂布が不在のときであったため、応対には張遼が当たった。
 呂布の部隊の出兵準備が滞りなく進んでいることを知って、胡軫は満足そうに頷いた。
「此度の戦の役目は、しかと心得ておるか?」
「陽人城に立て籠もる孫堅を討ち、乱を鎮めることと思っております」
 胡軫は「うむ」と言った。そして顎髭をいじりながら、「だが、それは目的だ。役目とは違う」と、ゆっくり首を横に振った。
 戦術上の役割について、胡軫は尋ねたということだろうか。
「申し訳ありません。作戦はまだ何も伺ってはおりません」
 ちょうど魏越ぎえつが通りかかり、胡軫に挨拶をすると魏越も同じ質問を受けた。だが魏越も知らないようだった。
「ならば、并州兵の役目を教えてやろう」
 并州兵とは、主に并州出身者で構成される、呂布などの部隊のことだ。董卓の軍は、董卓自身が涼州りょうしゅうの出であることから、涼州の人間が多かった。胡軫も涼州人だ。
「并州兵は、身を挺して矢を受け、ひとりでも多くの涼州人の生命を護ることだ」
 胡軫は本気ではないのだろう。戦上手と聞こえが高い孫堅を相手に、味方の兵をいたずらに損なうような作戦で挑んだのでは、勝てる戦も勝てなくなる。
 しかし魏越は冗談だとは受け取らなかった。いや、侮辱だと感じたのだろう。
「お言葉が過ぎませんか!」
 胡軫に詰め寄ろうとする魏越の身体を張遼は慌てて抑えた。
 曲りなりにも胡軫は今度の戦の総大将だ。手を出してしまっては、魏越の処罰は免れない。胡軫はそう仕向けるつもりなのか、「なんだ? 不満なのか」と面白がって近づいてくる。
 双方を遠ざけようとして両腕を伸ばした瞬間、張遼は無様に地面を転がった。
「触れるな! 無礼者」
 胡軫に殴り飛ばされたのだ。
 そこに、呂布が戻ってきた。
 しばし呂布は、尻もちをついた張遼を見つめてから、おもむろに胡軫へと視線をやった。
「大督護、我が部隊に何用ですかな?」
 長身の呂布に見下ろされた格好となった、胡軫は威圧感を嫌ってか一歩後ずさった。
「なに、作戦を伝えておったのだ」
「この部隊の長は私です。下々への伝達は私が行います故、作戦は私にお授けください」
「そ、そうだな。次からはそう致す。出発は三日後だ。抜かりなきよう」
 呂布から逃げるように、胡軫は足早に去っていった。 
 胡軫の部下のひとりが、張遼が地面に座り込んだままなのに気づき、手を差し伸べてくれた。張遼を引き起こしてから「悪かったな」と一言詫び、胡軫の後を追って走り去った。
 事の顛末を聞いた呂布は激怒した。特に、并州人は盾になれという発言には、椅子を蹴り飛ばすほどに怒りをあらわにした。
「すまぬ、張遼。私が外していたばっかりに」
「いえ、呂布殿がたまたま外していたのではありません。どうせ、いないときを見計らって来たのですよ」
 そうに違いないと張遼は思った。

 雒陽を発ち、陽人城まで半日という距離まで来たところで、呂布の放っていた斥候が戻ってきた。どうやら、こちらの動きはすでに気取られているようで、孫堅軍は防備を固めているとの報告だった。
「張遼、付いてこい。胡軫に報告する」
「呂布殿自らですか?」
「ああ、他の者には任せられん」
 先を進んでいる胡軫の部隊を二騎で追った。
 道中、前を走る呂布の馬の筋肉の躍動に、張遼は何度も見惚れた。赤兎せきとは、羨ましいくらいの駿馬だ。そんな言葉では足りないくらいの、いい馬だった。
 やがて遠目に歩兵の姿を捉えた。
 呂布の部隊も胡軫の部隊も騎兵が主力だが、城攻めということもあって双方とも歩兵を連れている。
「騎督の呂布だ。大督護は先頭か?」
 胡軫の部隊の最後尾に追いつくと、呂布はそう尋ねた。伯長だかが隊列から出てきて、そうだと答えると、呂布は赤兎の腹を蹴った。
 呂布が直々に報告をするということは、併せて作戦の変更を提案するつもりなのかもしれない。本来の作戦は、陽人城の南方数十里のところに位置する、広成聚こうせいしゅうまで進んだら、日が落ちるまでそこで休息を取り、夜陰に乗じて陽人城に迫るというものだった。しかし、孫堅はすでにこちらの動きを察知している。日の出を合図に攻城を開始したとしても、奇襲という形にはならないだろう。
 そうした場合、作戦としては、どうにか城からおびき出して、野戦に持ち込むのが理想だ。おそらく、呂布もそのような提案をする気だろう。
 だが、胡軫に面会した呂布は、張遼の思いもよらぬ報告と提案をした。
「手前の放った斥候からの報告ですが、孫堅軍に城を捨てて脱する兆候が見られるとのこと。大督護も斥候を放たれ、状況をあらためた後、追撃の是非を判断されたい」
 そう告げると、呂布は「御免」と言って、赤兎に飛び乗り、馬首を返した。慌てて、張遼もそれに倣った。
 部隊に戻る途中、張遼は呂布に尋ねた。
「あのような嘘を報告してよかったのですか?」
「構わんさ。斥候を出せば、実際の状況は把握できる。斥候が戻ってくるまでの間、やきもきさせてやったっていいだろう。お前を殴った仕返しだ」
 張遼は、呂布が報告を他の者には任せられないと言った意味を理解した。呂布でなければ、虚偽の報告をしたとして、後で罰せられても仕方がない。その点、呂布ならば胡軫も罰しきれないだろうし、斥候を出すように呂布は提言しているので、まるっきり虚偽の報告とも言い切れない。陽人城の状況が変わったのだろうという弁解が成り立つのだ。
 自分のために呂布がやり返してくれた。それが嬉しかった。
 喜びを示そうと、呂布に笑顔を向けたが、照れ隠しか、呂布はすっと馬を進めてしまった。手綱をしごいて、速度を増す赤兎を追いかけた。少し離されても、呂布の背中は大きく見えたままのような気がした。

 呂布の部隊が広成聚に到着して、ようやく事態の異変に気がついた。先行していたはずの胡軫の部隊が見当たらないのだ。胡軫の部隊は本来なら、食事を終えて、くつろいでいてもおかしくない。しかし、煮炊きの跡すら見当たらなかった。
 呂布がすぐに斥候を五人、周囲へ放った。
 平地を進軍していた。迷いようがない道筋だった。だが、続々と斥候が帰ってきても、胡軫の部隊は行方知れずのままだった。胡軫の部隊の所在は、斥候の最後のひとりが戻ってきて、やっとわかった。陽人城の様子を探りにいった斥候だった。
「奴は、斥候を出さなかったのか!」
 斥候の報告に、呂布は吐き捨てた。呂布の怒りはもっともだった。
 すでに胡軫の部隊は孫堅軍と交戦しているという。胡軫の怠慢が招いた結果だ。いや、それだけではない。胡軫は功を焦ったのだ。呂布の報告を鵜呑みにして、しかも呂布には報せずに抜け駆けをしている。
「騎兵を集めよ。救助に向かう。胡軫を救いに行くのではない。指揮官に恵まれなかった不憫な兵を救うのだ」
 呂布は、歩兵の指揮を成廉に委ね、急ぎすぎるなと指示した。陽人城にたどり着いたときに、戦う余力がなければ意味がないのだ。
 呂布の号令で、陽人城へ向けて、進軍した。
 本来ならば、休息を入れるはずだったところだ。兵も馬も疲れていて、速度があがらなかった。見るからに足が重い。無理に駆けさせたら、戦場で使い物にならなくなる。もどかしさと胡軫への怒りからか、呂布はずっと歯を食いしばっているようだった。
 陽人城が近くなって、干戈を交える音が耳に届くようになると、呂布は目一杯にかねを鳴らすように命じた。こちらの音も戦場まで届くと考えたのだろう。鉦の音が響けば、孫堅軍への牽制になるし、胡軫の兵は、呂布の部隊の合流に気づいて奮い立つ。そうした意図で、呂布は鉦を叩かせたのだろう。
 戟を掲げ、呂布は鉦を鳴り止ませた。
「ここからは駆けるぞ! 敵が見えたら、速度をあげて一気に突っ込め」
 呂布が戟を振りかざしたのに合わせて、兵が喊声かんせいを発した。
 旗が見えてきた。孫堅軍は城から打って出ているようだ。随分と胡軫の部隊の旗色が悪かった。
 無理もない。休みなく陽人城に迫った兵馬だ。しかも通常の行軍速度ではない。疲弊した状態で、英気十分に待ち構えていた孫堅軍とぶつかったのだ。当然の結果だった。
 孫堅の軍は、胡軫の部隊を四方から囲むようにして兵を展開していた。胡軫の騎兵は、馬の特性を殺されてしまっている。寄せつけまいとして、歩兵が必死に槍を突き出している。張遼たちの到着があと少し遅ければ、胡軫の部隊は全滅していただろう。
 呂布を先頭に、包囲の一辺に食い込んだ。双方の兵の間にくさびを打つようにして割って入ったが、切り離すことができたのはわずかだった。胡軫の部隊の比ではないにせよ、呂布の部隊も万全ではないのだ。すぐに進まなくなり、馬の足が止まった。
 呂布が派手に戟を振り回しているのか、呂布の雄叫びと敵兵の断末魔が、ときおり張遼の耳には届いた。張遼も、もう何人も敵兵を突き殺していた。しかし、孫堅軍はまったくひるまなかった。それでも張遼たちは胡軫の部隊の退路を開こうと踏みとどまった。
 肩で息をするようになり、視野が狭くなりはじめた頃、鉦の音が鳴り響いた。成廉が追いついたのだ。
 孫堅軍は、新手の出現を見て、すみやかに城へと引き返していった。戦果は十分と判断したのだろう。
 呂布の部隊は、兵の三割を損なっていた。
 広成聚で落ち合った胡軫の部隊はもっとひどい有様だった。もう陽人城の攻略は諦めざるを得なかった。
 救援の礼に現れた胡軫に、呂布が「斥候を出すように言ったはずですが」と問い詰めると、胡軫は何も言わずに俯いていた。
 胡軫の部隊は、兵のほとんどだけでなく、華雄かゆうという将も失ったらしい。胡軫に張り倒された張遼を引き起こしてくれた男が、そんな名だった気がした。
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