転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

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第二章 皇帝はシスターコンプレックス。

過保護なお兄様。

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 幼子特有の丸く柔らかな頬をぷっくりと膨らませて、クラウディアは拗ねていた。

 シュヴァリエに「 rest in peace 」と呟かれ、起きたばかりだったというのに、強制的に更に1日眠らされたのだが――――

 目覚めてから周りの過保護っぷりが増し増し。
 酷い、酷過ぎる。
 過保護もここまでくると、これは介護ではないのかというレベルだ。

 私がシュヴァリエによって強制睡眠に突入後、少ししてからアンナは目覚めた。

 アンナは、やはり例のレスト・イン・ピースで強制的に昏倒させられたらしい。

(魔法で眠らせるの本当に好きね、シュヴァリエさん)

 目覚めたアンナが付き添いを交代するまで、私の傍に付き添ってくれていたのは、私の兄であるシュヴァリエだった。
 勿論、これは皇子のすることではないと、メイド達は慌てて止めたらしい。
 しかしシュヴァリエは頑として動かず、付き添う理由を「クラウディアの兄だから」と譲らなかったらしい。

(急に兄ぶり始めたのなんで?)
 クラウディアとしては思いっきり首を横に傾げたくなる。
 漫画やアニメであれば頭上に?マークが沢山並ぶであろう。

(元々、兄であるシュヴァリエの情報などゲームの中での人格しか知らないし。何かゲームと違って気さく? 冷酷な感じしなかったよね? 言葉はちょっと悪かったけど。)

 もうたった一人の肉親となった妹である私と、名を名乗って兄としてしっかりと認知された事で、色々と口を出す事にしたのか? 
 その行動理由はよく分からないのでいいとして、そこからのシュヴァリエは色々と…

 ――ウザい。
 これに尽きる。

 まず、護衛騎士を目で見てしっかりと見極めたいという事で、あくまでも参考として近衛騎士団の鍛錬場に訪れた事。
 それをキッチリとシュヴァリエは把握していたらしい。
 その事が何か気にくわないのか、それとも何か気になっているのか、
 護衛の人選は、アンナではなくシュヴァリエに替わった。

 一応、アンナが私が気に入ったと話していた人は、調査後問題なかったので入れてくれるらしい。

 シュヴァリエが口を出すだろうから、当初は十人程だと言っていた人数がどうなるのか、分からなくなったけれど…。

 女官であるアンナから、兄であるシュヴァリエへと変更された事は、
 一見すると“妹の護衛する相手を選んでくれる面倒見のいい兄皇子”に、見えなくも……ない。うん。

 そこは、まぁ…心配してくれるのかなって。
 アンナには絶大なる信頼しかない私からすれば、アンナで全然オッケー! なんだけど。
 シュヴァリエからすれば、私とアンナの精神的な深い繋がりは分からないかもしれないし。
 臣下任せは良くないと、兄として気にしてくれたのかもしれない。
 それはさ、兄妹っていいなって、嬉しかったけど。

 嬉しかったけどさ。

 問題は護衛騎士を選ぶ云々の話ではない!
 その前の事だった!

 変態とシュヴァリエを罵った後に目の前で倒れた私を心配してくれるのは分かる。
 妙な魔法を行使してまで安静にさせようと、強制的に眠らせたてきたのはシュヴァリエだし。

 しかし、新たな情報を入手した事により、今、私は、恐怖すら感じている。

 あの例の妙な魔法は、他の人間が使っても此処まで強く効かないと訊いたのだ。
 例え行使されたとしても、ほんの数時間程度の昏倒らしい。

 しかし、魔力の質と量が世界随一の大魔王シュヴァリエ様がすると…

 あーら、不思議!
 ちょっとした魔法が物凄く効きが良くなりましたとさ!
 しかし、ここからが恐怖した理由。
 シュヴァリエが使うことによって威力が強化された魔法は、魔力耐性が無い、又は魔力量の少ない人間に行使すると、最悪永眠も有り得るらしい。

 ――なんて物騒な。

 私は魔力量だけは豊富らしいので、永眠には至らなかったけれど。
 永眠していたら、こんな風に恐怖することも拗ねる事も出来ない訳だが。
 魔力量はあっても、5才児という事もあって耐性がまだ弱い。

“耐性が弱い”
 という事は…ですよ?
 下手したらですね、永眠の可能性のある魔法を3度も行使されていたのですが。

 シュヴァリエが一番初めに行使した時に永眠していたかもしれないのでは?
 だって、シュヴァリエさん他の幼い子供で実験とかされてないよね?
 もし、行使してやらかしてたら、大騒ぎされてるよね?
 そんな話はこの魔法の説明をしてくれたアンナも言ってなかったように思うし。

 豊富な魔力量に助けられて、永眠をギリギリ免れていたのではないのか…?
 と気付いたのである。

 あの無自覚に連発する所が恐ろしすぎる。

 深夜に忍び込む変態か暗殺者? と疑っていた相手が、変態属性を持ってるかもしれない兄のシュヴァリエだったと判明したのは、いいのか悪いのかだけど。

 そもそもの初めに死神という名付けも、今思えば言い得て妙だったんじゃないの?と思った。

 殺すつもりならこんな周りくどい事はしないだろうから、
 私の命を狙ってたわけじゃないんだろうけどね?

 ただ、もっと自分の人外級の強さを理解してくれ! って事なわけですよ。
 今回身に染みただろうけどね!

 あれから私が余りにも深く眠り続けた為に、慌てたシュヴァリエが医師を呼び出し、色々調べたりアンナからの聞き取りから、初めて知った事に驚愕していたらしい。

 ただ眠ってるだけだと医師に説明されてホッとはしたものの…
 あの魔法の行使はとても危険な行為だったと反省したのか?
 それとも、冷酷皇帝になる前は、世話焼きさんだったのか?
 シュヴァリエは急にアレコレと私の周りに干渉し始めたのだった。

 私の日々の食事のメニューから、その日に出されるお茶やオヤツの種類まで…

 段々と干渉される範囲が広がって、今では私の着るパジャマ(夜着)まで…

 え、そこまで口出す?と引くレベルで、何もかも全てに指示を出し、私の生活を管理し始めた。
 周囲も次期皇帝の行動に口を出す事は出来ず……
 まして干渉してる相手は唯一の肉親の妹である。
 まさにやりたい放題である。

 この世界の兄というのは、もしかしたら、こういう過干渉なのがスタンダードなのかもと思って、

「世の中のお兄様というのは、皆、あんな感じなのですか?」
 と、無邪気に質問してみた。

「有り得ないですね。私にも兄が居ますが、そんなことして来たら気持ち悪くて絶縁待ったなし! かと。
 殿下は…私が知っていた殿下は、もっと肉親に対して冷めていた印象なのですが。
 妹という存在の扱い方に戸惑って、距離感がまだ分かっていないのかもしれませんね? そう考えれば可愛い兄ではないですか?
 倒れられたばかりで、動揺してこんな風かもしれませんが、やがて落ち着きますよきっと。
 今は、姫様も身体をゆっくり休める期間ですから、甘えておけばいいのです。」

(アンナ、自分の兄にされたら絶縁待ったなしとまで言ってたのに…。可愛い兄ではないですかって他人事だからって!)

 アンナ自身も自分にも言い聞かせているのだ。
 皇子の豹変ぶりに。

(――よしっ!元気になったら過干渉も断固拒否するぞっ)
 クラウディアは心の中で気合いを入れるのであった。



 魔力量が莫大だと虚弱になるという事は、その最上位に位置するシュヴァリエも経験済みの事。

 シュヴァリエは魔力量が異常なので、私と同じ年齡の頃は上手く制御が出来ずに虚弱気味だったらしい。

 気味…という曖昧な所に注目して頂きたい。

 シュヴァリエはその虚弱状態を克服するべく、自力で制御と開放を編み出し、虚弱から脱出したという。

 ――――なにそれ。チート?

 魔力過多に苦しむ者の為に、研究はされていた。
 しかし、誰にもその難問を解く事は出来なかった。
 誰も成し得なかった魔力過多の問題を、幼い皇子がたった一人で克服したのだ。
 異常という他ない。

 それはそれは上に下にの大騒ぎになり、大変な騒ぎになっただろうと思いきや、
 ――――静かに隠匿されたそうだ。(アンナ談)

 魔力量のせいで虚弱になっている皇子に心を痛め、母として辛さを呑みこみ献身的に尽くすというのなら理解出来る。

 けれど現実は、皇子であるシュヴァリエに厳しい。
 皇妃は身体が弱い子供を産んだ欠陥持ちの腹だと言われるのを非常に厭い、
 我が子であるシュヴァリエの身体の心配など全くせずに、その存在を認めるどころか、完全に居なかったもののように無視していたそうだ。

 親に愛される筈の子供。
 まして次期皇帝になる子に対する扱いではない。

 酷い孤独の中で、幼すぎるシュヴァリエは自分の弱さを呪い続けたらしい。
 そして、たったひとりで克服した。

 克服後、今までの虚弱ぶりが嘘のように健康になっていく。
 虚弱から体の鍛錬は出来なかったが、健康になった今は水を得た魚のように剣の鍛錬や、魔法の鍛錬に夢中になった。

 弱い子供を産んだという事を認められず、我が子の存在を無視していた母。
 手のひら返しとはこのことであろう。

「シュヴァリエは最初から虚弱ではなかった、優秀な皇子であった」
 と、したかった為に隠蔽したと。
 功績を世に出せば、その理由を尋ねられる。
 皇宮内に閉じ込め箝口令を敷いておき、皇妃自らその力を使い存在を隠していれば、
 虚弱な皇子など始めから居なかったのだと。

「シュヴァリエ、私の愛しい子。」
 皇妃は慈愛の笑みを浮かべ、シュヴァリエの宮へと訪れたらしい。

 今度はシュヴァリエが母である皇妃を居ないもののように扱った。
 母は居なかったのだと。
 宮の扉は開かれる事はなく、皇妃はその場を引き返すしかなかったらしい。

 公式な場では、仮面のような微笑みを浮かべ対処するが、それ以外の場では居ないもののように扱った。

 虚弱を克服した途端に手の平返して構ってきた、というのもイライラするよね。
 それはないよ皇妃様。

 結局、真偽の程はわからない。


 同じ様に魔力量が多く虚弱状態に近い私を心配するのも分かるんだけどねー。

 正直、実感なんてないけどなー。
 だって、魔法で眠らされたからこんな状態なんじゃないの?私。

 そもそも器の維持で体が軋むとか、体力不足で倦怠感が酷いとか、まるでないのだけど…? 私が変なの?

「シュヴァリエ様は、とても心配してらっしゃるのですよ。」
 とアンナは言うけれど。

「お兄様が居弱体質を克服する為に編み出した、制御と開放を、私にも教えて下さい!」
 と、さっさと過干渉から解放して貰う為に、それはもう必死にお願いしたのに。
「…あれは、徹底的に退路を断たれた追い詰められた人間しか成し得ない。
 それ程に過酷だ。お前が無理する必要などない。」
 表情が抜け落ちた顔で淡々と語られ、それからも、何度頼んでも教えて貰えなかった。


 ――――この世界は魔素という物が空気中に漂っている。
 その魔素は水にも溶けて溜まり続ける。
 その濃度の濃い水や酸素を取り入れる事によって、それを吸収した植物にも魔素が溜まり魔力となって蓄積しているのだ。
 という事は、皆が口にする野菜にも魔力が溜まっている。

 大量に魔力放出を行った場合は、早期の魔力回復の為に、魔力を多く含んだ食材を食べる事が推奨されているが、
 けれど、魔力量が極端に多い子供はそういう植物や飲み物を避けなければいけない。
 水は魔力濃度を計測して、魔法で生み出した魔力を制御された水で魔素を薄めてから飲む。
 食材も魔素の濃度を計測しつつ調理するのだ。
 大体は火を通して炒めると、魔素が飛ぶらしいので、調理方法にこだわったりして食べている。


 ―――私の様に器を破壊されそうな程の魔力量というのは、滅多に居ないらしいけど。


 王宮の食事がすぐに対処出来るのは、王家や高位貴族には魔力量が多い子供が生まれ易く、食事に配慮したレシピが豊富にあるということ。

 王宮の侍医も過去のカルテが残っているので、咄嗟の事にも対処しやすい。

 元々、器を破壊されそうな程の魔力量を持っていたシュヴァリエが居たのだ。受け入れ体勢が万全な王宮住まいの私に、シュヴァリエが過保護を発揮しなくてもいいのだ。


「クラウディア!居るか!」

 扉の外が少しガヤガヤザワザワしているな?と思ったら、

 いつもの如く先触れも出さず、私の寝室の扉を突然バーーン!と開く……シュヴァリエ(兄)。

 曲がりなりにも、レディーの寝室ですよ…
 始めデリカシーの無さにも唖然としていたが、もう馴れた。
 冷酷冷徹皇帝というゲーム設定は…と、頭を抱える事もない。
 シュヴァリエがこんな風になるのは、私にだけみたいだから。

 それにしても、熱もあるし部屋に軟禁状態の私が万が一にも出して貰える訳ないんだから、そんな大声で居るか!?何て言わなくても、私が寝室に居ないわけがないでしょーと思う。


「お兄様、扉は壊さないで下さいね。」

 胡乱な目で注意しておく。

「レディーの寝室にノックの1つも無いし、いつもこんな突然来るのは困ります。」

 叶えられた試しはないけど、一応言っておく。

 聞く気がないのか、聞いてないのか、全く違う話をシュヴァリエはしてきた。

「護衛騎士10人の選定を終えた。これで戴冠式の護衛は問題ないぞ。」
「有難うございます、お兄様。」
「クラウディアの体調が回復次第、顔合わせの場を設ける。早く元気になれ。」
「……外の空気でも吸えばすぐ元気になれそう。」
「却下。もっと精の付く物を用意させねば。お前は好き嫌いが多すぎる。」

「……精の付くものって、昨日出された蜥蜴や蛇系は止めて下さいね。
 アンナからどんな食材か聞いて吐きそうになりました。」

「何!?不味かったか?料理長どんな味付けにしたのだ……。
 クラウディアの身体を思って細かく私が指示した料理の筈だ。
 そのクラウディアが吐くほど不味いなど……………問い詰めねばな。」

 ――――え、何で問い詰めるの、そして何の間なの。

「や、止めて!使用されてる精の付く食材が気持ち悪くて食べれなかっただけです!
 料理長は何もしてません。」

「そう言うが、他の物を用意するとしても、薬草の類《たぐい》は苦手なのだろう?ならば、蜥蜴や蛇から取るのが一番手っ取り早いのだ。大型の物になってくると臭みが強く食すのはもっとキツイぞ」

(臭みが強いって…精のつくものって無理なもの多すぎ…)

「お兄様、私、急に薬草が食べたくなったかも?しれません。
 今日は薬草を使った……料理でお願いします。」

 ベッドに上半身だけ起こして座ってる私を、シュヴァリエが怪しんだ様に見下ろす。

「ちゃんと食べるか?」
「た、食べます…。」

「「………………」」


 無言で見つめ合う。


 今、絶対に目を逸らしてはダメだ。ゲテモノを食すくらいなら、
 薬草のが1万倍くらいマシだ。苦いしクサイけど。

「わかった。では、蜥蜴も蛇も止めよう。料理長は……」
「有難うございます!…私、料理長の料理大好きなの!いつも美味しいの作ってくれるから!ああ早く料理長の料理が食べたいなー!」

 シュヴァリエがフウと小さく溜息を零し「お前、物凄くわざとらしいな」というような呆れた目をした。

「……今回は見逃してやる。お前がまた好き嫌いを多くしたら、わかるな?」
「ワカッテイマス。」


 シュヴァリエの目付きがこわっ。何その目…魔王だよ魔王。
 
 急に室内の酸素濃度が下がった気がする。
 ブルッと寒気を感じて震える。

 あれ?おかしいな、室内だし春先なのに魔王の背後に吹雪の幻影が見える……

「夜の晩餐は一緒に取ろう。あまり無理をするな、ゆっくり身体を休めておけ。」

 魔王降臨の妄想をしていたクラウディアの耳に、シュヴァリエの穏やかな声音が聞こえた。

(あ、普通に戻ってる。吹雪いてた室内も、魔王化してたシュヴァリエも。)


 私の頭にふわっとシュヴァリエの手が乗り頭を撫でられた。

 シュヴァリエの撫で方はいつも優しい。そっとそっと撫でてくる。
 そのまま頬をスルッと撫でて、微笑んだ。

 パパラチアサファイアの瞳が笑みの形に細められると、とても優しい顔になった。


 ――はうう! 天使…。天使がここに居ます…

 天使の微笑みを浮かべたシュヴァリエは、背後から後光すら射している気がする。

「ではな…政務に戻る。」

 頬から手を離して、名残惜しそうに一瞥すると、
 来た時とは正反対にシュヴァリエは静かに去っていった。


 何って言ったらいいのか分からないくらい恥ずかしい…。

 シュヴァリエって9才だよね?

 ヤバイわ……

 兄だけどヤバイわ…
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