転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

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第三章 クラウディアの魔力

色んな思惑が交差するお茶会 Ⅴ

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「んー…、一押しの軽食といってもどんなのがいいかなぁ」
 帝国屈指の腕前のシェフが腕を奮っているのだから、どれもきっと美味しい。
 クラウディア自身には好き嫌いはさほどなく、何でも美味しく食べれた。

(王子二人にも食べさせる事を考えるなら、好き嫌いが分かれそうな食材が入ってる物は避けておこうかな。)

 チーズの香りが鼻先を擽り、つい視線を向ける。
 グラタン…? かな。
 小さな陶器製のオーバル型の皿に入って並んでいるのは、間違いなくグラタンだ。
 チーズが美味しそうな焦げ目をつけており食欲をそそる。
 大人なら三口程で食べてしまえそうなミニサイズのグラタンは、これから三人がそれぞれ軽食を持ち寄る事を考えれば、胃の許容量にも丁度いいサイズだ。

(よしグラタンにしよっと)

「これ、三つ頂きたいわ。」
 すみません、これ下さいな! とついつい日本人っぽい丁寧な対応で取り分けてくれる使用人に頼みそうになるが、ぐっと堪えてクラウディアの中での皇女っぽい科白でお願いする。
 かしこまりました。と綺麗な所作で取り分けて貰い、チーズのいい匂いを堪能しつつ受け取った。

(ふふっ、思ったよりも早く選べちゃったな。)

 ささっと戻って椅子に座りながらゆったり待とうと歩き出した時、

「お待ちになって。」
 と、背後から声をかけられた。

 己が声をかけられたとは思っていないクラウディアは、スタスタと歩みを進める。

「貴方、待ちなさい。わたしくを無視するなど無礼ですよ。
 お父様に言いつけてやるんだから。」

 高慢な科白にクラウディアの眉間に少し皺が寄る。
 どこの誰だか知らないが、こんな高慢な物言いをされる相手が不憫になった。
 そんな事を思いながら、中央から離れ王子達とのテーブルまであと少し…の所で、クラウディアは肩を掴まれグイッと後ろへと強く引かれた。

「待ちなさいったら!」

「…あっ!」
 突然背後に引かれ、バランスを崩し手に持っていたトレーを落としそうになり慌てるクラウディア。
 右、左、とバランスを何とかとり、しっかりと掴んだトレーを無事に垂直に戻した。

「急に危ないじゃないですか――――」
 少しムッとしながら強引に後ろへと引っ張った相手を見た。


 艶のあるベージュ色?の髪をハーフアップにした美少女がクラウディアを睨みつけていた。
 美少女に睨みつけられる現状に、首をつい傾げてしまうクラウディア。
 記憶を探ってもこの少女に見覚えはない。

(……だれ?)

「貴方ね、わたくしが先程から話しかけていたでしょう。だというのに無視をするだなんて無礼ですわよ!」

「……? あ、私に話しかけていたのですか? 気付きませんでしたわ。他の方に話しかけているのかと。」

(高慢な物言いされてたのは、私だったんだー。何か色々めんどくさそうな事になりそうだわ…)

 薄いベージュっぽい髪色の少女は怒った顔を更に歪める。

「礼儀も知らない貴方のような者が、何故、至高の存在であるシュヴァリエ様の寵愛を受けているのか甚だ疑問ですわ。」

 あー、シュヴァリエ目当てのご令嬢の嫉妬ゆえのやっかみ的な?
 ますます面倒な事だとクラウディアは嘆息した。

「なんですの! その態度! わたくしが誰だかわかってますの!?」
 クラウディアの態度に少女はキィキィと甲高い声で喚き出す。

「それは大変失礼致しました。申し訳ないけれど、存じ上げません。」

「まぁ! 何てこと!」

 信じられないというように目を瞠りクラウディアを見る。

(まぁ、何てことはこっちの台詞だよ…。私はずーっと引きこもってて今日がお披露目だというのに、知る訳ないじゃん。この令嬢、私が皇女って事知ってるよね? シュヴァリエの寵愛が何たらって喚いてたし)

「無知は罪ですわよ。仕方ないわね、将来、義妹になる存在ですもの、赦してさしあげてよ。わたくしは、聖女のヴィヴィアーナ・アンブロジーン、父はアンブロジーン枢機卿ですのよ。」

(―――聖女…?)

 聖女と訊いて、戴冠式のベージュ色髪色の白魔道士のような衣装を着ていた少女を思い出した。

(ああ、枢機卿の娘で、聖女。シュヴァリエに渡す王笏を大教皇に渡してた子だ。そして、さっき枢機卿の横でカーテシーしてた子かも? 多分…。遠目ではよく見えなかった枢機卿の見た目が、近くで見ると妙な覇気があって、見れば見る程に魔王感が滲みだしていて、それが気になって気になって、シュヴァリエが居なかったら色々漏らす事になっていたくらい怖かったから、その隣なんて良く見てなかったんだよね…覚えてなかったや…。)


「私はクラウディア・ヴァイデンライヒ。以後お見知りおき下さいませ。」
 あの魔王の娘にしては美少女だな…と思いながら、表情を皇女モードに引き締め挨拶を返す。
 私はシュヴァリエに次ぐ地位に居るはずだから、カーテシーはしない。
 するとしたら、諸外国の王族の方達とか、今日みたいな大人数を招待してのお披露目くらいしか披露したらダメな筈。


「存じてましてよ。先程も挨拶しましたし、貴方くらいでしてよ? ほんの少し前に挨拶した相手の顔や名前も覚えていられないとか。有り得ませんわ。」
 美少女にあるまじき意地の悪そうな顔をして、ヴィヴィアーナはねっとりとした侮蔑を込めながら話してくる。


(うぅ…正論だわ…。枢機卿に目を奪われていたとはいえ、大変失礼な事をしてしまったのは間違いないし…。さっき挨拶してすぐ忘れるとか不快な気分にはなるよね。あまり色々気にしない私でもちょっとは傷つくもの。でもさ…私って皇女よね? 枢機卿の娘よりも身分って高いよね? あれ?もしかして教会と帝国の間には身分とか関係ないのかな?)

「…それは大変失礼いたしました。このような大きな場に参加したのが初めてだったものですから、気持ちが浮ついていたようで記憶が曖昧なのです。以後気を付けますわ。」
 聖女様の父がめっちゃ怖かったとは言えない。

 自分が悪い事をした時は身分など関係なくちゃんと謝罪する。
 それが帝国令嬢最高位の皇女だとしても、そこは関係ないとクラウディアは思っている。
 身分制度のない日本での記憶が濃い為、余計その気持ちが強いのかもしれないけれど。
 それが高慢な態度で好きになれそうにない令嬢が相手であっても、己の至らない所わ指摘してくれたのだ、有難いと思わなければ。

 しかしながら、目の前の少女があまりにも偉そうな為、謝罪が必要なのは理解しているし、実際謝罪もしたが…クラウディアが皇女と知った上でのこの高慢な態度だったのかとクラウディアは少し混乱した。
 日本での記憶を持たない聖女様は、どうみたって身分制度に染まっている筈だ。
 ましてこんなに偉そうなのだから、身分が上なら何言ったってしたっていいとか思ってるタイプだろう。

(この世界の聖女って慈愛に満ち溢れてなくても成れるのね。)

 謝罪したというのに、相変わらず睨まれ続けているクラウディア。

「―――それで、私に何か御用が?」
 こういう相手はさっさと用件を訊いてしまうに限る。
 対面している時間が長引けば長引く程に厄介な事になりそうなタイプだ。
  それに、さっきから聖女様の瞳が異様にギラギラしているのも怖い。

「わたくしをシュヴァリエ様に紹介なさい。」

「お兄様を…? 先程、ご挨拶されましたよね?」
 突拍子もない話にクラウディアはまた首を傾げた。

(シュヴァリエが綺麗過ぎて周囲を魅了しまくるのは、シュヴァリエの顔面のせいでシュヴァリエが対処する話じゃないの? あんな綺麗なのは私のせいではないのに、私が何でこういうヤバイ人にやっかまれるのか…理不尽!)
 後で、シュヴァリエに文句のひとつやふたつ言おうと決心する。

「あんなその他大勢が集った場所ではなく、別室でわたくしと個人的にお会いして紹介して欲しいのですわ。紹介を終えたら邪魔者はすぐに去りなさい。シュヴァリエ様はきっと二人っきりになりたいと仰るでしょうから。」

「………。」
 別室で二人っきりで何をするつもりなのこの人…。
 そんなことしたらシュヴァリエから酷い目に合わされるの聖女様だよ?
 シュヴァリエの渾名、知らないわけじゃないでしょうに。

(ああ今の世界では『無敗の皇帝』に変わったんだっけ? 渾名は変わっても性質はそんなに変わってないからなぁ)

 血濡れ皇帝だったら、こんな強引な事しなかったかもしれない?

 私がとばっちりくうなら、もっと物騒な渾名を考えて広めた方がいいかもしれない。

 シュヴァリエの見目に騙される令嬢達のいい薬になるかも。
 この聖女様が怖い思いをしたら吹聴してくれるだろうから、物騒な渾名は要らなくなるかもしれない。


「貴方だってお兄様と恋人との逢瀬の場に居たくないでしょう? それとも何かしら? 覗きのご趣味でもおありになるの?」

(恋人との逢瀬…? ひぃっ…この聖女、高慢なだけでなく精神的にヤバイ人だ! どうしよう…紹介しなきゃ離れてくれなさそうなんだけど!)

 紹介したらしたでこの聖女の命がそこで終わるかも知れない事に気付いてるのだろうか。

「さぁ、行くわよ。」

 目の前の人間をヤバイ人認定してしまったクラウディアの表情は恐怖で引きつっている。

 がしっとヴィヴィアーナに手を掴まれたクラウディアは思わずひぃっと言ってしまった。
 手を引きながら怪訝な顔つきになったヴィヴィアーナ。

 このままでは連行される…! と思ったクラウディアは、足に力を入れてその場に留まった。

「…っ! 少しお待ちください。隣国の王子様方とこの場所で待ち合わせしているのです。二人に場を離れる事を説明したいので、二人がこちらに戻ってきたらでいいですか?」

 シュヴァリエに紹介しないと解放してくれそうにないし、もし、聖女様に何かがある可能性があったとして、私が指摘しても絶対に聞きいれないだろう事は間違いなさそうだし、どんな目にあっても自業自得だと思う事にした。


「貴方、シュヴァリエ様だけでなく、隣国の王子二人にも媚びを売ってるのね。貴方の母親が側妃になれたのも、大層下品な色気で皇帝を籠絡して手に入れた方だったらしいし。血は争えないのかしらね? でも、そんな色気が貴方の何処にあるのか、わたくしには皆目見当もつかないのですけれど。」

 クラウディアの額にピキッと青筋が立つ。

(この人性格わるっ! 母親に対して愛情がある訳では無いけれど、言い方ってものがあるでしょーが! どうせ私は色気皆無ですよ…! というか、まだこの年齢で色気ある方が怖いわっ)

 成人が15歳だとして、今現在のクラウディアは11歳―――
 もう幼女ではないけれど、まだ稚い少女である。

「お言葉ですけど――――」
「帝国の掌中の珠であるクラウディア姫は、貴方より余程美しいし愛らしい。比べるのすら烏滸がましいくらいに、見目だけでなくその心も美しく愛らしい。成人を迎える前のこの年齢のうちに、貴方は一度自分の事をじっくりと省みられた方がいい。鏡が欲しければ贈って差し上げましょうか?」

「ジュリアス、お前とは本当に気が合うな。アンブロジーン嬢、貴方の態度は執心している相手の妹姫に対する態度ではない。姫に紹介を強請りかの方との繋ぎを望まれているようだが、貴方の今の態度を知れば、かの方とは二度とお会いする事は叶わないでしょうね。」

 文句のひとつでも言いかえしてやろうと、口を開いたクラウディアの発言にかぶせるようにして怒りの篭った低い声が冷たく響く。
 背後から聞こえた声にパッと振り返れば、

   そこには、宝石のような瞳だと褒めそやされた瞳に怒りの炎を宿しヴィヴィアーナを蔑むように見つめる、二人の王子が居た。

 冬の空のような澄んだ蒼さは、今の感情を表すように凍度を増した氷のような冷たいアイスブルーの瞳になり、何故かギラギラとしている。

 隣に立つリディルの春を迎えた木々のように鮮やかな新緑の瞳も、濃度を増して黒い瞳になっていた。


(…あれ? とっても怒ってらっしゃる?)


 知り合ったばかりで王子様としての顔と、ちょっと茶目っ気のある態度しか見てないクラウディア。
 そんな二人の王子の冷たい表情に、睨まれていないクラウディアさえもふるりと震え怖い表情の二人からそっと目を逸らす。

 こういう威圧ってシュヴァリエの専売特許だと思っていた。
 似たような年齢の王子達は、シュヴァリエのような規格外では無いだろうと思ってたけど、いやはや流石攻略対象者だというのか、それともこの世界の王族や貴族ってこんな感じなのだろうか…?


 こきゅんと喉を鳴らすクラウディア。
 余計な事を言ったりしないよう唇をきゅっと閉じる。


(―――いくら教会がヴァイデンライヒの保護対象ではないとはいえ、ほったらかしとかダメよね…? 一応、ソニエールは我が国に滞在している国賓扱いだし、その王族が教会の関係者とトラブルになりそうなら、やっぱり仲裁とかしないとダメよね。ええーどうしよう…)

 どう割って入るべきなのか、でもクラウディアの事で怒ってると思われる二人。
 庇ってくれてるだろうクラウディアが割って入ったら、ますます火に油を注ぎかねない空気を感じて内心で激しく動揺するのだった。


(シュヴァリエに来てもらう? いやいやもっとヤバイでしょう!? じゃあアンナ!アンナはでも遠くに控えてる筈だから――――
 あ、いきなり手に持ってるこのグラタンを私が食べだすっていうのは? 
 目の前の三人がドン引きしたら有耶無耶になる!?)


 目の前でバチバチと睨み合う三人を見つめながら、クラウディアは碌でもないことを考え始めていた。
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