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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
それは、予想外。
しおりを挟む伯爵は本邸とは少し距離を取り徒歩五分程の距離の敷地内に別邸を建ててあった。
それは伯爵家との付き合いのある同派閥の貴族家であったり親族であったり、懇意にして貰っている商売相手であったり、学園の夏季や冬季の休暇に我が家に滞在に来る子供達の友人であったりした。
しかし、皇族を別邸に案内するのは不敬であるので、本邸に用意してある貴賓室に案内させて頂いている。
いつでも使用出来るよう毎日の掃除や換気を欠かする事のない別邸は、皇帝一行に気付かれずに話し合いをするに最適であった。
別邸の応接室に集められた我が家族。
それぞれが何故こちらに呼ばれたのか分からずに不可思議な顔をして私を見つめている。
「本日からしばらく我が領地の視察に陛下と皇女殿下が滞在される。
先程、玄関前にてお目通りを兼ねてお前たちを陛下と殿下に紹介させて頂こうと思っていた。そのタイミングで私は愚かにも気付いたのだいろいろな事にね。」
私が話す内容が何処に向かうのか疑問と不安でいっぱいなのだろう。
私を見つめたまま誰一人口を開く者はいない。
「今から尋ねる事には正直に答えて欲しい。
先程、我が帝国の皇帝陛下、皇女殿下を身近で拝見する栄誉を経験したばかりであるが―――どう思う?
同じ人間とは思えぬ程に神々しく美しかったであろう?」
話しつつ子供たちの顔をじっくりと探る。
瞳の揺れ、耳や頬が朱に染まるか、口元が緩むか、誤魔化すように視線を合わせて来ないか。
たった一つでも兆候が見られれば、陛下や皇女には紹介しない。
体調を崩したと報告して、この別邸に監視付きで外出禁止を指示し閉じ込める予定だった。
そして先程の質問を口にした伯爵は戦慄いた。
何故なら、子供たち全員が複数の兆候を見せたのだった。
(なんてことだ! 婚約者が居る長男と長女まで……)
美しさとは人の心を掴む強力な引力があるらしい。
伯爵は顔を顰めた。
先程、子供たち全員を玄関にてお出迎えに出させたばかりというのに、その後に子供全員が体調を崩した等というのは違和感しかない。
トラブルを未然に防ぐつもりの行動で疑心を与えてもいけない。
今回の視察で、陛下の最側近で比較的温厚であるマルセル様が同行していないというのも痛い。
あの方にならば相談出来たかもしれないが。
皇女殿下の侍女―――あの方は少し過激であると訊くからな……。
アンナは表向きは殿下の筆頭女官の姿で側に仕えていながら、実は影の騎士団を率いているのを知るのは一握りの重鎮である。
伯爵家の当主が知っているのは、伯爵がアレスの忠臣の一人だからである。
前皇帝が悪政を敷いている時代から、皇帝に群がりゴマを擦り利を貪る者達とは一線を引き、愚帝の代わりに帝国を維持しようと粉骨砕身していたアレスを指示し手足となり帝国という大木が倒れぬよう支えていた忠臣。
アレスは伯爵に信を置き、今回、シュヴァリエが皇帝になって一番始めに視察する先へと指定したのだった。
アレスに気に入られているというだけあって、伯爵は我が娘の誰かを皇帝へ―――等という欲をかかない。
むしろ、血迷ってアピールなんぞされたら我が伯爵家は終わりだと思っている。
表向きでは『無敗皇帝』と呼ばれているが、それは表向きの皇帝の姿。
だが、現皇帝がその地位を得るまでに裏で何をしていたかを正確に伯爵は把握している。アレスの忠臣として手伝いさえしたのだから。
現皇帝があの若さで即位した事、傀儡ではなく実権を握っている事、アレスに甥だからというだけであれ程に信頼されている事、その今を得るまでは、決して血に濡れない道であるハズがない。
無敗の皇帝と思い、そのずば抜けた人外的な能力に畏怖し恐怖しているのは平民か下位貴族くらいではないだろうか。
上位貴族の当主達は派閥に関係無く、しっかり理解している。
あの玉座に腰を据えた若者は、真に血に濡れた皇帝であると。
伯爵は身震いする。
伯爵家如きが望める相手ではないのだと。
それに皇帝自身が望まぬ限り、どんな身分の相手でも望んではならないと。
そんな風に物事の本質をしっかりと理解し捉える所がより好ましくアレスには映っているのだ。
「お美しい方だと思います。」
内心で頭を抱える伯爵へと一番始めに口を開いたのは嫡男であるセドリックであった。女心が分からないと妹達に時折叱られている長男である。
「そうですわね……妖精姫のようでしたわ。私の様な者が見つめてしまっては、姫様が穢れてしまうと思いますのに、光を放つようなあのお姿に目が逸らせませんでしたわ……。」
せつないですわ…と胸に手を当て吐息を零す長女。
「お姉さま分かりますわ。私は一瞬だって目を逸らすつもりはございませんでしたけれど。皇女殿下が小さな女神様のようなお姿を現された時、この地に祝福の鐘が鳴った気が致しました。」
次女が長女へ向かって語り掛けている。
「皇女殿下は愛らしく可愛らしい方でした。僕には兄上と違って婚約者は居ませんが―――分不相応な願いは持っておりませんよ、父上。」
次男は父親の言いたい事を全てを語る前から正確に理解しているようだ。
「妖精のように可憐な方でしたわ。皇宮でのお披露目には連れていって貰えなかったので、どのような方かと想像するしかありませんでしたが、想像以上でしたわ。皇女殿下はしばらく滞在されるのですよね? お姉さまたちと私とで皇女殿下をお茶にお誘いするのは許されますかしら?」
伯爵は子供達全員の話を訊いて、茫然とした。
長男次男が皇女の話をするのはまだわかるが、長女や次女三女まで皇女の話である。
皇帝陛下の話が出てこない。
「陛下はどう思う?」
「「「「「陛下を語る等、畏れ多いです。」」」」」
全員の声が一言一句重なった。
伯爵の血はしっかりと遺伝していたようだった。
アレスがこれを知れば、一人静かに私室へ移動した後に防音結界を張り大爆笑したかもしれない。
実は笑い上戸なアレスである。
伯爵はハァーーっと長い息を吐き出すと、一言だけ安堵に満ちた声で「そうか、わかった。」と告げた。
伯爵の隣に座る妻が、夫の腕にそっと手を添えて「旦那様の子育ての成果ですわね。」と微笑み囁く。
貴族夫人であるというのに子育てに一番積極的だった妻から言葉は何よりの誉め言葉であった。
「君に言われるのが一番嬉しいな」と伯爵は妻に告げた。
微笑ましい両親を見て、子供達は目を逸らす。
これだけ子沢山なのは……な夫婦なのだ。
「憂いは晴れた。晩餐の際に陛下と皇女殿下に紹介の場を設ける。粗相のないようしっかりご挨拶しなさい。」
伯爵は立ち上がり、妻をエスコートしながら少しだけ早足で退室する。
憂いは晴れた事に浸っている場合ではない。
これからしばらく大変忙しい日々が待っている。
準備に抜かりはないか再度チェックしなければ。
「そうか。叔父上の忠臣だしな、心配はしてなかったがな」
アンナに報告を受けたシュヴァリエは、何かを書き記しながら話す。
「ですが、少し……では、なく……何と言って宜しいのか、伯爵の令嬢達の方々が姫様にご興味が、強いようで。」
アンナが言い淀みながら話す。
同性といえど皇帝が悋気を起こさないとは限らない気がした。
「性別は女、なのだろう? なら、気にする必要はない。害さえないのなら放っておくつもりだ。ディアには近い年齢の友人が居ないだろう? 今回の視察期間に交流を持つのは喜びそうだからな。」
悋気はアンナの杞憂に思ったようだ。
そして、陛下の穏やかな表情を見て「何かいいことがあったな」と察した。
最近の馬車内でクラウディアがシュヴァリエを意識し始めてる態度を取ってる事が、シュヴァリエを寛容にさせているのだった。
アンナが知り得てないのは、クラウディアが相談しづらい内容で秘密にしている事と、察している影達が天使の秘密を守れとわざと報告していないせいであった。
勿論シュヴァリエが際どい内容の時に強固な防音結界を張っている為、影達ですら際どい内容は知り得ていない。
ただ何かあるなと察しているのは、クラウディアが就寝の時に「なんなの!色気駄々洩れでしょぉー!?」と枕を顔に当て叫び、ゴロゴロとベッドの上で転げ回っているからである。
その姿は可愛くて面白くて尊過ぎるので、そんなクラウディアの様子は影達にとってはご褒美である。
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