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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
そのタイミングよ。
しおりを挟む「お兄様は―――いえ、陛下は……少々保護欲が強く慈悲深いお方であると思います。腹違いの妹であるだけの私を母を亡くした後からすぐに庇護して頂き、私が要らぬ争いに巻きこまれる事を防いでくださいました。
ご自身も大変な思いをされている中、とても優しくして下さいました。」
それを耳にした全員が「姫様だからでは」と内心で独り言を言っている。
「そんな大恩ある陛下に、いつか恩返しが出来たらと思っています。
どのような形であれ、陛下が私を一番必要にしてくれた時があれば迷う事なく何でもするつもりでいます。」
クラウディアは決意に満ちた瞳で語った。
「陛下に御恩を感じていらして、何か返したいと思われるのであるならば、
それは、皇女殿下が日々幸福を感じ健やかに毎日をお過ごしになられる、それが一番の恩返しになるのではないでしょうか。」
伯爵夫人がクラウディアに優しい笑みを浮かべて話す。
夫人は、晩餐からこのお茶の時間まで、ずっとクラウディアの様子を見つめていた。
そして、噂通りの「純粋で優しい皇女殿下」だと確信する。
あどけなさや純粋さを演じるには、皇女殿下の表情は思ったままの感情が分かり易過ぎた。
この娘に腹芸が出来るのであれば、貴族令嬢は全員が海千山千の大女優である。
「そうでしょうか……、でも陛下はとても過保護でいらっしゃるから、そう言ってくれるかもしれませんね。
それならば、口には出さずここぞと言う時の陛下の切り札くらいの気持ちで過ごしたいと思います。」
実際、クラウディアが色々しようとしたら全力で阻止してきそうなシュヴァリエであるので、切り札は一生使われる事はないが。
夫人は皇女という地位にいるというのに、随分と控え目で可愛らしく愛らしいクラウディアを大変好ましく感じ益々気に入った。
女親や姉妹の居ない皇女殿下に、伯爵風情ではあるが、僭越ながら何か力になれないかと考える。
「晩餐の時の皇女殿下を見つめる陛下の目のお優しい事。
あの姿を拝見する前でしたら、皇女殿下の仰る“慈悲深い方”とは信じられなかったかもしれません。」
夫人が考えを巡らせてる間に、兄妹姉妹の中で一番歯に衣着せぬ発言をするウッカリ次女が不敬な発言をしてしまう。
一瞬場が凍るも、クラウディアは気にしていないようで「そうですよね……通常時の陛下って凄く怖い顔してる時ありますからね。」と、ふふふっ笑って気にする風でもない事に次女以外の者達が一同ホッと嘆息した。
「皇女殿下には、お慕いするお方がいらっしゃるのかしら。」
凍り付いた場の空気を換えるように、長女リリニアが悪戯っぽく問いかける。
艶々の長い黒髪を片方に流して翡翠のような鮮やかな緑の瞳を持ち、そこはかとなくしっとりとした色気を持つ令嬢だ。
たくさんの男性に言い寄られて困ってるのって感じの恋愛遊戯に長けた雰囲気がある。
クラウディアが恋をしてしまったら、相談してみたい。
「お慕いする方は居ませんね……素敵だと思う方達は居ますけど……。
我が国の騎士団の方達はもうどなたも素敵な方が多くいらっしゃって……!
演習や毎日の鍛錬など是非拝見に行きたいのですが、お兄様……あ、陛下が“気が散るだろうから控えろ”と仰るのです!
であれば、変装して影からこっそりと拝見するからと色々と提案してみたのですが、一度も首を縦に振って下さいませんの……。
どうすれば首を縦に振って下さると思いますか?」
シンと静かになった一同に、クラウディアは「あ……」っと今頃気付く。
騎士団の事を語ると、ついつい我を忘れてしまうのがクラウディアのダメダメな所のひとつであった。
固まるクラウディア。
やがて「ぶふっ」と誰かが噴出したのを切っ掛けに、皆が俯いたり顔を少し逸らしたりしていたが、ぷるぷると肩を震わせるのは耐えようにも我慢出来なかったようで、揺れる身体から笑いを堪えてるのはバレバレなのであった。
おまけに時折、堪えきれぬ笑い声も漏れてしまっている。
(私、またやらかしちゃった……?)
壁際に控えていたアンナに目線で「やらかした?」と問う。
アンナはスンとした顔をして頷く。
あー……皇女殿下としてあの興奮した姿は宜しくないよね。
晩餐では楚々と出来ていたのになぁ、でも笑ってくれてるからいいよね?
笑いを提供出来たんならマシじゃない? 少し期待に満ちた目をアンナに向ける。
アンナはふぅっと嘆息して、首をゆっくり横に振った。
(デスヨネ……)
「皇女殿下―――」
「皆さんが良ければクラウディア、とお呼び下さいな。」
このタイミングだと閃き、アンナに相談しては居ないが言ってみた。
「まぁ! 嬉しいですわ! では、私の事はアマーリエとお呼び下さいな。」
伯爵夫人が一番に声を上げた。
次々に他の三人も喜んで承諾し、また名前を呼んで欲しいと伝えてくれた。
(スムーズね!)
「皆さん、私の先程の興奮した姿と言いますか、醜態といいますか……」
「クラウディア様は気さくな方で楽しい方なのだと思いましたわ。私達もヴァイデンライヒ騎士団の演習には必ず見に行くようにしてますのよ、皆さま甲乙つけがたい程に素敵な方ばかりで、眼福とはこの事かと思ってますの。絵姿も飛ぶように売れてますでしょう? 私も何枚か持ってますのよ。私達と一緒でクラウディア様もファンですのね!」
長女のリリニアさんが頬を紅潮させて捲し立てれば、次女のミナリアさんも三女のソフィアさんも激しく頷いている。
え、これって仲間だ!
ここに心の友になれる候補の方々が!?
嬉しくてクラウディアの頬も薔薇色になる。
「私、陛下に姿絵の購入を禁止されているのです……。もう実際に画家を呼んで描かせようと画策した事もあったのですけれど、なぜかすぐ陛下に邪魔されるのです……皆さま羨ましいです。」
姿絵が飛ぶように売れてるという話を三人娘から訊いて、自分の推し達の姿絵が欲しいとアンナに強請ってこっそり買ってきて貰うつもりだったが、何故か売り切れと言われて何も手に入らない日々。
推しではないが素敵だと思う騎士の方であっても売り切れ――――
私が素敵! と思う相手は皆と被るのだろうかと悩んでいたが、三人娘が「え、私達買いに行った時はまだまだ在庫ありましたよね? おかしいな」と言われて、漸く気付いたのだ。
売り切れだと言われてるだけだと。
それから騎士団の事に関してはアンナはシュヴァリエの手先だと思っている。
姿絵の恨みは怖いのである。
「クラウディア様が欲しい姿絵はどなたのですの? 私達はひとつの姿絵を“保存用”“観賞用”“持ち歩き用”“布教用”と四枚購入してますの! 持ってるお方のでしたらクラウディア様に差し上げますわ。」
(な、なんですとーー!!)
「よ、宜しいのですか!? 嬉しいですっ、有難うございますっ」
キャッキャとはしゃぎ、ついつい声が大きくなる。
「妹達二人も推しを四枚持ってますから、もし該当の方がいらっしゃったら差し上げますわ。差し上げる前からそれほど喜んで頂けて、私達も嬉しいですわ!」
なんていい人達なんだ。
クラウディアはうるっと涙目になった。
「私の推しはですね……」
少し遠い扉前の横の壁にクラウディアの専属護衛の姿が目に入る。
(聞かれるのは恥ずかしいから)
そーっと小声で囁こうとした。その時―――――
「ディア、そろそろ湯を使わせて貰って休まないとな。
子供はもうお休みの時間だ。」
タイミング悪くシュヴァリエの声が背後からする。
「あ、お兄様……陛下、もう少しお待ちください! 今とても大事な話の最中ですので! 終えればすぐに湯を使い休みますから!」
何てタイミングだと心の中で盛大に舌打ちしつつ、クラウディアは必死だ。
「ほう、クラウディアが寝る時間を過ぎてまで話したい大事な話とは、興味があるな。」
「いや……女性の……秘密的な話です。」
しどろもどろ話すクラウディア。そして、女性の秘密と言えば突っ込めないだろうと考える。
「秘密は暴く時が一番愉快だ。さぁ話せ」
(デリカシーゼロか!)
シュヴァリエが現れた事によって、皆さん静かに口を閉ざしていらっしゃる。
ええ、ええ、それが賢明ですよ!
意地悪モードっぽいですからね、今!
「今度に致します。湯を使ってから就寝しますね。皆さま、楽しい時間を有難う。では、先に失礼しますね。おやすみなさい。」
クラウディアは早口でぺらぺらと就寝の挨拶をすると、椅子の背後で待機していたシュヴァリエが立ち上がったクラウディアの椅子を引いてくれた。
「さぁ、どうぞ。マイレディ」
してやったり顔でエスコートの手を差し出すシュヴァリエ。
不満を顔に出しつつクラウディアは少し強めの力で手を置く。
アンナが呆れているような気配がする。
どうして、いつも、コレ関係バレるのかなぁ?
クラウディアは内心で首を傾げる。
タイミングがおかしい。
盗聴器でも仕掛けられてるんだろうか……。
異世界に盗聴器はないと心の中で一人突っ込みしながら、与えられた部屋へとエスコートされて戻るのだった。
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