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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
罠を仕込もうか。
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ヴァイデンライヒ帝国の北側にある険しい山脈の向こうには、血生臭い事を何より好む蛮族上がりの王が治める国があった。
シュヴァリエは世界統一を目指している訳ではなく、ヴァイデンライヒに牙を向ける国をどちらが上か力で磨り潰し属国にして逆らえないようにしていただけであったので(随分と暴君であるが)、険しい山脈側にある国がどうなっていようと関わってこないのであれば放置していた。
実際に、山を越えてまで行軍するのは無謀と言われる以前に不可能であったので、蛮族の王が治める国が血生臭い事を求めてヴァイデンライヒにそのマナー知らずの悪食な食指を伸ばそうとしたとして、かなり迂回して攻め込まなければならず、迂回先にもある他国を力で捻じ伏せて行かなければ通過する事さえもままならない。
その迂回路にある国々のいくつかは既にヴァイデンライヒにちょっかいをかけようとして、シュヴァリエにブチっとやられて属国を願い平伏している。
蛮族の王には、幼馴染で優秀な側近がおり、蛮族の王もその側近の話す事にはちゃんと耳を傾けその通りに動いた。
だから、どれだけ王が脳筋であろとうも、その側近のおかげで国を傾けずに済んでいる。
その側近が「それだけはやめておけ」と止め続けていても、いつもなら話を訊く王もこればかりは聞く耳を持たない。
血気盛んな脳筋の蛮族王は、いずれはヴァイデンライヒの無敗の皇帝と力試しをしたくて堪らないのである。
険しい山脈と、ヴァイデンライヒの犬に成り下がった迂回路に鎮座している他国と、側近の「やめておけ」に邪魔されて、無敗の皇帝と一戦交えるのは不可能に近くなっている。
可能であったとしても何年、何十年先か。
ヴァイデンライヒの無敗の皇帝はまだ十代の若造であるが、己はもう二十代も後半に差し掛かろうとしている。
全盛期の肉体を保ち続けるのも難しくなるだろう。
焦燥感は苛立ちに代わり、毎日のように闘技場で有り余る闘志を発散する王を見かねて、側近は一計を講じた。
その一計の始めの一歩を阻害されたようだと気付くのには時差があった。
そして、それを知った頃には跡形も無くアレスに隠蔽されているだろう。
そう、アレスが捕まえたネズミの親玉は、蛮族の王の側近であったのだ。
アレスに使われる事になったネズミ達は、アレス直々に再教育を施された。
そして、作られた身分を徹底的に教え込まれた後、教会内部へと送り込まれた。
三人のうちの一人が見目が良かった為、聖女の取り巻きとして付かせるよう根回しをする。ヴィヴィアーナが病的に甥に懸想しており、頭の方も大変愚かだという事は、隣国の歓待の際の振る舞いで分かっている。
地位を笠に着て好き勝手振る舞う事に慣れた愚かな者というのは、自分に根拠の無い自信を持っている為に、己が失言をしていても気付かぬのだ。
あの狡猾で醜悪な魂を持つ枢機卿の娘の割りには、頭も口も軽い。
使えそうな何かをボロッと零す可能性は多いにあった。
枢機卿が飼っているネズミも、こちらが流している嘘の情報をせっせと枢機卿に流しているようだし。
そろそろ罠を仕込んでもいいかもしれない。
今、ご機嫌に視察に行っている甥には悪いが、そろそろ皇都に戻って頂こう。
アレスは器用な手つきで小さな紙にペンでサラサラと何かを書き記す。
それを専用の連絡鳥(猛禽類)の鳥の足に括ると、甥の元へと真っすぐに向かうように、専用の道具で採取してあるシュヴァリエの魔力香を嗅がせて空へと放った。
夕日を背に空へ飛び立っていった連絡鳥を見つめ、届くのは夜半過ぎだろうかと予測をたてつつ、アレスはバルコニーから室内に戻り窓を閉めた。
そしてシュヴァリエの元へと連絡鳥が真っすぐと向かい、アレスへの手紙を予測時間通りに届けたのである。
シュヴァリエは小さな文字で綴られた内容を確認すると、その紙を火魔法で即座に燃やした。
叔父はネズミを短期間でみっちり躾け直し、巣に放ったという。
「アンナ、あの平民女は今どのくらいの仕上がりだ。」
シュヴァリエがアレスの手紙を読み終えるのを静かに待っていたアンナ。
「そうですね、私の配下の者達が総出で仕込んでいますので、今の所は三割ほど仕上がって来ているかと。」
「三割か―――どのような任に付かせるかによるが、あの平民女は奸計の駒向きでは無さそうだが。」
「当初はそのようでしたが、不相応な自信は完全に折っておいたので、それ以降は従順に学んでいるようで、全く使い物にならないという事にはならないで済みそうです。」
「ディアに少しでも似せられそうか?」
「無理ですね。」
「女は化粧とかあるのだろう? ディアに似せるというよりディアの父親に似せる事が出来ればなんとかなりそうだが……」
「姫様は側妃似ではなかったので、父親似でしょうね。今はまだあどけないですが、これから成長するごとに似て来ると思われます。」
「ディアの父親の絵姿でもあればな。はっきり知っている者が枢機卿の手の者ばかりというのが、こちら側で似てるか似てないか判断出来ず難しいな。捜索に関わった者の中に帝国側が居なかったか調査して欲しい。その者に証言させて絵姿を作成させてみたい。」
「承知しました。」
クラウディアが父親似ではなく隔世遺伝であれば、祖父か祖父似という事もある。
容貌が父親にあまり似てなければ、クラウディアがその娘だと気付かれるまで時間稼ぎが出来る。
シュヴァリエとしては、その間にクラウディアと婚約を結び完全に囲っておきたいところだが。
いつかクラウディアが側妃の不貞の証で皇族の血が入っていない事がバレる日が来るかもしれない。
クラウディアが凡庸な存在であれば、そのまま皇女として暮らし、優秀な婚約者を宛がい、幸せに暮らさせる事は出来た……かもしれない。
けれど現実には凡庸な存在ではなく、とてつもない能力を秘めていた。
そんな能力を隠し通せるとしたら、鬱蒼とした木が繁る山奥にひっそりと籠り誰にも会わない暮らしでもするか、皇宮の更に奥の離宮に世話をする人間を最低限にし、その中でも信頼出来るものだけで堅め、事実上の軟禁でもすれば―――。
しかし、そんな辛い無味乾燥な暮らしをクラウディアにさせたくはなかった。
どちらにしろクラウディアとシュヴァリエに血の繋がりがあると思われたままでは、婚約も婚姻も不可能である。
シュヴァリエがクラウディアと結ばれたいと願った事で、隠さないでいる事は確定してしまった。
枢機卿ごときブチっとやってしまってもいいとは思っている。
シュヴァリエ的には、である。
実際は不可能だ。
宗教とは面倒なもので、帝国民も信仰している宗教である事でシュヴァリエが力技でいこうにも民衆の暴動が起こるかもしれない為、難しかった。
自治権を与えている為、向こうが帝国に干渉出来ない代わりに、こちら側も向こうに干渉出来ない。
罠を仕込もうと思っているよ。と叔父は書いていた。
あの叔父が仕込むのだ。
きっとえげつない罠なのだろうな、とシュヴァリエは思うのだった。
「叔父上が罠を仕込むそうだ。」
その一言でアンナは察する。
えげつない罠なのだろうな、と。
「―――いつ罠を発動させるかタイミングもあるでしょうから、こちら側の準備はなるべく急ぎます。」
「そうだな。宜しく頼む」
シュヴァリエはフッと溜息をつき、アンナに退室を促すように手を振った。
アンナは一礼し音も立てずに静かに退室する。
翌日、シュヴァリエが視察を切り上げ皇都に帰還する事を告げると、クラウディアは眉を下げて名残惜しそうにしたのだった。
シュヴァリエは世界統一を目指している訳ではなく、ヴァイデンライヒに牙を向ける国をどちらが上か力で磨り潰し属国にして逆らえないようにしていただけであったので(随分と暴君であるが)、険しい山脈側にある国がどうなっていようと関わってこないのであれば放置していた。
実際に、山を越えてまで行軍するのは無謀と言われる以前に不可能であったので、蛮族の王が治める国が血生臭い事を求めてヴァイデンライヒにそのマナー知らずの悪食な食指を伸ばそうとしたとして、かなり迂回して攻め込まなければならず、迂回先にもある他国を力で捻じ伏せて行かなければ通過する事さえもままならない。
その迂回路にある国々のいくつかは既にヴァイデンライヒにちょっかいをかけようとして、シュヴァリエにブチっとやられて属国を願い平伏している。
蛮族の王には、幼馴染で優秀な側近がおり、蛮族の王もその側近の話す事にはちゃんと耳を傾けその通りに動いた。
だから、どれだけ王が脳筋であろとうも、その側近のおかげで国を傾けずに済んでいる。
その側近が「それだけはやめておけ」と止め続けていても、いつもなら話を訊く王もこればかりは聞く耳を持たない。
血気盛んな脳筋の蛮族王は、いずれはヴァイデンライヒの無敗の皇帝と力試しをしたくて堪らないのである。
険しい山脈と、ヴァイデンライヒの犬に成り下がった迂回路に鎮座している他国と、側近の「やめておけ」に邪魔されて、無敗の皇帝と一戦交えるのは不可能に近くなっている。
可能であったとしても何年、何十年先か。
ヴァイデンライヒの無敗の皇帝はまだ十代の若造であるが、己はもう二十代も後半に差し掛かろうとしている。
全盛期の肉体を保ち続けるのも難しくなるだろう。
焦燥感は苛立ちに代わり、毎日のように闘技場で有り余る闘志を発散する王を見かねて、側近は一計を講じた。
その一計の始めの一歩を阻害されたようだと気付くのには時差があった。
そして、それを知った頃には跡形も無くアレスに隠蔽されているだろう。
そう、アレスが捕まえたネズミの親玉は、蛮族の王の側近であったのだ。
アレスに使われる事になったネズミ達は、アレス直々に再教育を施された。
そして、作られた身分を徹底的に教え込まれた後、教会内部へと送り込まれた。
三人のうちの一人が見目が良かった為、聖女の取り巻きとして付かせるよう根回しをする。ヴィヴィアーナが病的に甥に懸想しており、頭の方も大変愚かだという事は、隣国の歓待の際の振る舞いで分かっている。
地位を笠に着て好き勝手振る舞う事に慣れた愚かな者というのは、自分に根拠の無い自信を持っている為に、己が失言をしていても気付かぬのだ。
あの狡猾で醜悪な魂を持つ枢機卿の娘の割りには、頭も口も軽い。
使えそうな何かをボロッと零す可能性は多いにあった。
枢機卿が飼っているネズミも、こちらが流している嘘の情報をせっせと枢機卿に流しているようだし。
そろそろ罠を仕込んでもいいかもしれない。
今、ご機嫌に視察に行っている甥には悪いが、そろそろ皇都に戻って頂こう。
アレスは器用な手つきで小さな紙にペンでサラサラと何かを書き記す。
それを専用の連絡鳥(猛禽類)の鳥の足に括ると、甥の元へと真っすぐに向かうように、専用の道具で採取してあるシュヴァリエの魔力香を嗅がせて空へと放った。
夕日を背に空へ飛び立っていった連絡鳥を見つめ、届くのは夜半過ぎだろうかと予測をたてつつ、アレスはバルコニーから室内に戻り窓を閉めた。
そしてシュヴァリエの元へと連絡鳥が真っすぐと向かい、アレスへの手紙を予測時間通りに届けたのである。
シュヴァリエは小さな文字で綴られた内容を確認すると、その紙を火魔法で即座に燃やした。
叔父はネズミを短期間でみっちり躾け直し、巣に放ったという。
「アンナ、あの平民女は今どのくらいの仕上がりだ。」
シュヴァリエがアレスの手紙を読み終えるのを静かに待っていたアンナ。
「そうですね、私の配下の者達が総出で仕込んでいますので、今の所は三割ほど仕上がって来ているかと。」
「三割か―――どのような任に付かせるかによるが、あの平民女は奸計の駒向きでは無さそうだが。」
「当初はそのようでしたが、不相応な自信は完全に折っておいたので、それ以降は従順に学んでいるようで、全く使い物にならないという事にはならないで済みそうです。」
「ディアに少しでも似せられそうか?」
「無理ですね。」
「女は化粧とかあるのだろう? ディアに似せるというよりディアの父親に似せる事が出来ればなんとかなりそうだが……」
「姫様は側妃似ではなかったので、父親似でしょうね。今はまだあどけないですが、これから成長するごとに似て来ると思われます。」
「ディアの父親の絵姿でもあればな。はっきり知っている者が枢機卿の手の者ばかりというのが、こちら側で似てるか似てないか判断出来ず難しいな。捜索に関わった者の中に帝国側が居なかったか調査して欲しい。その者に証言させて絵姿を作成させてみたい。」
「承知しました。」
クラウディアが父親似ではなく隔世遺伝であれば、祖父か祖父似という事もある。
容貌が父親にあまり似てなければ、クラウディアがその娘だと気付かれるまで時間稼ぎが出来る。
シュヴァリエとしては、その間にクラウディアと婚約を結び完全に囲っておきたいところだが。
いつかクラウディアが側妃の不貞の証で皇族の血が入っていない事がバレる日が来るかもしれない。
クラウディアが凡庸な存在であれば、そのまま皇女として暮らし、優秀な婚約者を宛がい、幸せに暮らさせる事は出来た……かもしれない。
けれど現実には凡庸な存在ではなく、とてつもない能力を秘めていた。
そんな能力を隠し通せるとしたら、鬱蒼とした木が繁る山奥にひっそりと籠り誰にも会わない暮らしでもするか、皇宮の更に奥の離宮に世話をする人間を最低限にし、その中でも信頼出来るものだけで堅め、事実上の軟禁でもすれば―――。
しかし、そんな辛い無味乾燥な暮らしをクラウディアにさせたくはなかった。
どちらにしろクラウディアとシュヴァリエに血の繋がりがあると思われたままでは、婚約も婚姻も不可能である。
シュヴァリエがクラウディアと結ばれたいと願った事で、隠さないでいる事は確定してしまった。
枢機卿ごときブチっとやってしまってもいいとは思っている。
シュヴァリエ的には、である。
実際は不可能だ。
宗教とは面倒なもので、帝国民も信仰している宗教である事でシュヴァリエが力技でいこうにも民衆の暴動が起こるかもしれない為、難しかった。
自治権を与えている為、向こうが帝国に干渉出来ない代わりに、こちら側も向こうに干渉出来ない。
罠を仕込もうと思っているよ。と叔父は書いていた。
あの叔父が仕込むのだ。
きっとえげつない罠なのだろうな、とシュヴァリエは思うのだった。
「叔父上が罠を仕込むそうだ。」
その一言でアンナは察する。
えげつない罠なのだろうな、と。
「―――いつ罠を発動させるかタイミングもあるでしょうから、こちら側の準備はなるべく急ぎます。」
「そうだな。宜しく頼む」
シュヴァリエはフッと溜息をつき、アンナに退室を促すように手を振った。
アンナは一礼し音も立てずに静かに退室する。
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