箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
8 / 338
世話焼き侍従と訳あり王子 第一章

3 悪夢の再生

しおりを挟む
――あぁ、夢だな。

 必死で走りながら、エリオットは冷静に自覚していた。

 ぼろぼろとみっともなく涙をこぼしながら、今より細いもやしみたいな足で、建物全体が美術館とも言われる豪奢な装飾を施された廊下を走って行く十二歳の自分。

 怖い、痛い、そんな思いが頭を埋め尽くすのに、どこか別のところで二十三歳のエリオットが「バカだな」と薄暗い廊下の先を眺めている。

 ひとつの画面で、主音声と副音声を同時に流しているような感覚に、頭が痛くなってくる。この場合、痛い頭はどちらのエリオットのものだろう。

 赤ん坊のころから、人見知りが激しかったらしい。両親と兄以外に抱かれると何時間でも泣き叫んで熱を出すから、乳母もつけられなかったと聞いた。サイラスが理想の王子さまのまま育ったように、怖がりで人見知りのエリオットは引っ込み思案であがり症に育った。
 快活で聡明な兄と、おどおどしてどんくさい弟。家庭教師をはじめ、無責任な貴族たちはこぞって兄を誉めそやし、エリオットを嘲笑した。兄弟が並んでいると、決まってこう言うのだ。

「さすがはサイラスさま。けど、エリオットさまはちょっとねぇ……」

 みんなが自分を値踏みしていると思うと体が震え、頭が真っ白になって話もできない。心配して顔をのぞき込まれようものならパニックだ。ろくに息ができずにひっくり返ったのも両手の指じゃとうてい足りなくて、次もまたひどい失敗をするんじゃないかと、ますます人前に出られなくなる見事なまでの悪循環。

 二十四時間、侍従やメイドが控えていて、頻繁に貴族連中や議員たちとすれ違う王宮は、エリオットにとって心の休まらない場所だった。

 だれとでも普通に話ができ、王宮前の広場を埋め尽くす群衆に笑顔で手を振る両親と兄は、絶対に自分とは血がつながっていない。きっとエリオットはどこか別の星からやってきた宇宙人で、たまたま第二王子とよく似ていたから、なにかの間違いで取り違えられてしまったのだと子どものころは本気で信じていた。

 どうしようもない臆病が、最悪の出来事を招いたのが、十二歳のまさにこの夜。

――バカだなお前、いくら取り返しのつかないことを引き起こしたって、こんなところへ逃げるなんて。

 吐いた息が熱くて、視界がぼやける。したたかに打ち付けた左腕が痛い。でも、サイラスはもっと痛かったはずだ。『怖いなら、手をつないであげるよ』なんて、バカな弟をかばわなければ、そしてエリオットが甘えなければ、こんなことにならなかったのに。

 震える手が真鍮のドアノブを掴む。金で縁取られた白い扉。ノブは象の姿がかたどられていた。

 体当たりする勢いでドアを開け、エリオットは中に飛び込んだ。物置か、使用人の待機場所だったと思う。小窓がひとつあるきりで、照明もない小さな部屋。これからどうしたらいいのか、なにも分からなかった。ただ、大変なことをしてしまったと言う焦りと恐怖から逃げたくて、部屋の隅で声を殺して泣いていた。そうしたら――。

――いやだ。この先は見たくない。自分の夢だろ。主音声も副音声もいらない。電源を切らせてくれ。

 小部屋に逃げ込んでからどれくらい経ったか。ぎぎっと金具を軋ませて、象のドアノブが回る。エリオットが開けたとき、そんな不吉な音はしなかったのに。

 スローモーションのようにドアが開き、黒い影が膝を抱えたエリオットに覆いかぶさった。

「あぁ、見つけた――リオ」

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...