73 / 330
世話焼き侍従と訳あり王子 第五章
2-1 慣れていると話が早い
しおりを挟む
ずいぶんイェオリを驚かせてしまったらしい。
バッシュの言いつけ通り水を持って来てくれた新人侍従は、もう大丈夫だと言うエリオットの主張を頑として受け付けなかった。とにかくベイカーが戻るまで休んでいてくださいと、むこうが倒れそうな顔で頭を下げられたら、大人しくしているほかない。
三十分ほどソファでごろごろしていると、エリオットをハウスに送り届けた足でどこかへ出かけていたベイカーが、早足で書斎に現れた。
「お帰りベイカー」
先んじて声をかけると、そこまで重大な状態ではないと察したようだ。緊張した面持ちをいくぶんか和らげて、ソファの脇に立つ。
「かようなときにお側におらず、申し訳ございません。バッシュより経緯の説明と謝罪を受けました。また、イェオリがお役に立たなかったこと、深くお詫び申し上げます」
ベイカーの謝罪に合わせ、イェオリが小さくなって頭を下げる。
「イェオリは書斎の外にいたから、透視能力でも持ってるんでなければ責めるのは間違ってるぞ」
そう言うことではないのは分かっているけれど、言わずにはいられない。責任を取るべきなのはサイラスだ。もしくは、過剰に反応したエリオットも。しかし、実際にはサイラスを止められなかった責任をバッシュが、エリオットを守れなかった責任をイェオリが問われる。
だから、兄弟とは言え軽率なことはするべきじゃないのに。
「ラスにいじわるされただけ。謝ってもらったからもういいし、ベイカーの謝罪も受け取る。これ以上は不問だ。いいな?」
「はい。寛大なるお心に感謝いたします」
これでようやく、この件は終わりだ。
ひさしぶりに、兄弟げんかもままならない面倒な身の上を実感した。
まぁ、今回のことは完全にラスが悪いんだけど。なにが「限界が知りたい」だよ、ひと声かけてからでもいいだろ。不意打ちみたいなことしやがって。
おおむね善良? ときどき善良の間違いだぞ。
あんな人だとは思わなかった、などと罵るほど兄を知っているわけではない。それでも、一週間と経たない間にサイラスの印象はかなり変わった。子どものエリオットに見せていた優しい兄、テレビに映る王子さま、そしていっそ冷徹に弟を見下ろす為政者然とした顔。
キャラ大渋滞じゃねーか、しまっとけ。
「ヘインズさま、お体の具合はいかがでございましょう」
「軽い過呼吸だから大丈夫。それより、ベイカーはどこ行ってたんだ?」
「実は離宮のほうへ。ご希望のございました調整がつきましたので、ご案内申し上げるつもりでしたが……」
「ホント? 行く行く」
ソファから脱出できる理由を得て、エリオットはいそいそ起き上がる。
後日にしましょうと言わないあたりが、さすがベイカーだ。こう言うとき過度に心配するより、気分転換をしたほうがいいことを、散々手を焼かせた子ども時代に学んでくれている。
「ヘインズさま、ご無理は……」
「してない。どうせならイェオリも来れば?」
「いえ、わたくしは」
背もたれにかけていたジャケットを羽織り、エリオットはベイカーに目配せする。真面目な彼のことだ、ここに置いて行っても感じなくていい責任に頭を悩ませるのが目に見えている。
「イェオリ、同行しなさい」
「……はい」
不承不承のイェオリを連れて、エリオットは五分後にはハウスの裏口につけられたワゴンに乗り込んだ。
バッシュの言いつけ通り水を持って来てくれた新人侍従は、もう大丈夫だと言うエリオットの主張を頑として受け付けなかった。とにかくベイカーが戻るまで休んでいてくださいと、むこうが倒れそうな顔で頭を下げられたら、大人しくしているほかない。
三十分ほどソファでごろごろしていると、エリオットをハウスに送り届けた足でどこかへ出かけていたベイカーが、早足で書斎に現れた。
「お帰りベイカー」
先んじて声をかけると、そこまで重大な状態ではないと察したようだ。緊張した面持ちをいくぶんか和らげて、ソファの脇に立つ。
「かようなときにお側におらず、申し訳ございません。バッシュより経緯の説明と謝罪を受けました。また、イェオリがお役に立たなかったこと、深くお詫び申し上げます」
ベイカーの謝罪に合わせ、イェオリが小さくなって頭を下げる。
「イェオリは書斎の外にいたから、透視能力でも持ってるんでなければ責めるのは間違ってるぞ」
そう言うことではないのは分かっているけれど、言わずにはいられない。責任を取るべきなのはサイラスだ。もしくは、過剰に反応したエリオットも。しかし、実際にはサイラスを止められなかった責任をバッシュが、エリオットを守れなかった責任をイェオリが問われる。
だから、兄弟とは言え軽率なことはするべきじゃないのに。
「ラスにいじわるされただけ。謝ってもらったからもういいし、ベイカーの謝罪も受け取る。これ以上は不問だ。いいな?」
「はい。寛大なるお心に感謝いたします」
これでようやく、この件は終わりだ。
ひさしぶりに、兄弟げんかもままならない面倒な身の上を実感した。
まぁ、今回のことは完全にラスが悪いんだけど。なにが「限界が知りたい」だよ、ひと声かけてからでもいいだろ。不意打ちみたいなことしやがって。
おおむね善良? ときどき善良の間違いだぞ。
あんな人だとは思わなかった、などと罵るほど兄を知っているわけではない。それでも、一週間と経たない間にサイラスの印象はかなり変わった。子どものエリオットに見せていた優しい兄、テレビに映る王子さま、そしていっそ冷徹に弟を見下ろす為政者然とした顔。
キャラ大渋滞じゃねーか、しまっとけ。
「ヘインズさま、お体の具合はいかがでございましょう」
「軽い過呼吸だから大丈夫。それより、ベイカーはどこ行ってたんだ?」
「実は離宮のほうへ。ご希望のございました調整がつきましたので、ご案内申し上げるつもりでしたが……」
「ホント? 行く行く」
ソファから脱出できる理由を得て、エリオットはいそいそ起き上がる。
後日にしましょうと言わないあたりが、さすがベイカーだ。こう言うとき過度に心配するより、気分転換をしたほうがいいことを、散々手を焼かせた子ども時代に学んでくれている。
「ヘインズさま、ご無理は……」
「してない。どうせならイェオリも来れば?」
「いえ、わたくしは」
背もたれにかけていたジャケットを羽織り、エリオットはベイカーに目配せする。真面目な彼のことだ、ここに置いて行っても感じなくていい責任に頭を悩ませるのが目に見えている。
「イェオリ、同行しなさい」
「……はい」
不承不承のイェオリを連れて、エリオットは五分後にはハウスの裏口につけられたワゴンに乗り込んだ。
応援ありがとうございます!
23
お気に入りに追加
413
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる