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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第一章
11.フラワーメドウ
カルバートン宮殿には、隣接するパーク──市民に解放されている公園──とは別に、宮殿専属の庭師が管理するガーデンがある。五月に一週間だけ見学が許可される以外は、小動物くらいしか姿を見ない贅沢な庭だ。
「庭と言うより、原っぱだな」
籐編みのバスケットを片手に下げたバッシュが、茶色い土がむき出しの小道を歩きながら言った。小道の東側には、藤が這うレンガブロックの壁。そして西側には、腰に届くほどの高さまで茂る草原があった。
宮殿のバックガーデンとも言えるそこには、バラや樹木を植えて作るコテージガーデンもある。しかし越して来たエリオットが一目で気に入ったのが、遠くに見えるパークとの境に植えられた生垣まで、分類するのも難しいほどに多種多様な草花が生い茂る、このフラワーメドウだった。
エリオットは左手を広げる。小道にまでせり出したティーゼルの丸っこい頭が、歩くたびにぽこんぽこんと手のひらに当たった。もちろん、これらの草花はすべてが野草なわけではない。コーンフラワーやフィールドポピーなど栽培品種の種をまきながら、庭師がバランスを整えているのだ。
「牧草地に住んだことはないのに、こう言う景色が懐かしく感じるのは、なんなんだろうな」
「分かる。心の原風景的な?」
「神が人類共通の刷り込みをしているとか」
「いや、信仰する対象が人類共通じゃない時点で、成り立たないだろそれ」
「それもそうか。イェオリの国は、八百万だかの神がいるらしいからな」
「多すぎ!」
それ間違いなく神さま同士でもめるわ。
人間だって、ふたりいればぶつかるんだから。
デッキシューズの底で砂利を蹴りつつ、エリオットは数歩先を行くバッシュを眺めた。
襟足、少し伸びたよな。
ワックスで撫でつけないと、彼の髪はクセが出るらしい。ゆるくうねる、ゴールデンレトリーバーのような毛並みが、朝の光に透かすとブロンドを通り越して白っぽく見えた。エリオットを一目で虜にした、あのオウゴンマサキの色だ。
いつもと変わらない様子に、そっと安堵する。
きのうのかんしゃくは、ふたりの間になんの問題も残さなかった。それから、侍従との関係にも。夕食のために食堂まで下りて行ったエリオットは、タブロイド紙を渡して「初スクープだから、記念に保管しておいて」と言い、イェオリを笑わせることに成功した。しかし彼らが誇れる主人になると言う目標には、まだまだ道のりが長そうだ。
「きのうは大学の教授と会ったんだろう? 論文について、なんだって?」
薄い文字盤の時計をした太い腕が、黒のカットソーに寄ってくるミツバチを軽く払う。休日らしく裾を折り返したデニムからは、普段見ることのない足首が覗いていた。
「見てくれるって。いちおう、A2レベル試験に通ってるから、学生と同じカテゴリーの審査に出せるみたい」
「よかったな」
「あんたが書けって言ったんだろ」
「あの花を、おれだけが持ってるのはもったいない」
フラットの屋上で栽培していたデファイリア・グレイは、花壇に植え替えたあと、すぐにしおれてしまった。しかし種はしっかり保管していたから、いつでも再現は可能だ。いまは保存するための環境が整っている郊外の植物園へ預けている。そこを紹介してくれたのもゴードンだ。
「品種の登録申請はするのか?」
「うん。いくら交配での改良って言っても、これだけ手を加えたら原種じゃないし。だったらいっそ栽培種として、権利とかちゃんとしておかないと」
「なら、名前は?」
「名前?」
「新しい品種は、名前をつけるんじゃないのか?」
「そっか。何も考えてなかった」
バッシュの言う通り、エリオットが改良した耐暑性のあるデファイリア・グレイの品種には、栽培種として認められたら、名前をつけられる。
「どんなのがいいかな」
「お前の名前でいいじゃないか。バラみたいに」
プリンス・エリオット?
「おれがすげーナルシストみたいじゃないか」
絶対いやだ。
「庭と言うより、原っぱだな」
籐編みのバスケットを片手に下げたバッシュが、茶色い土がむき出しの小道を歩きながら言った。小道の東側には、藤が這うレンガブロックの壁。そして西側には、腰に届くほどの高さまで茂る草原があった。
宮殿のバックガーデンとも言えるそこには、バラや樹木を植えて作るコテージガーデンもある。しかし越して来たエリオットが一目で気に入ったのが、遠くに見えるパークとの境に植えられた生垣まで、分類するのも難しいほどに多種多様な草花が生い茂る、このフラワーメドウだった。
エリオットは左手を広げる。小道にまでせり出したティーゼルの丸っこい頭が、歩くたびにぽこんぽこんと手のひらに当たった。もちろん、これらの草花はすべてが野草なわけではない。コーンフラワーやフィールドポピーなど栽培品種の種をまきながら、庭師がバランスを整えているのだ。
「牧草地に住んだことはないのに、こう言う景色が懐かしく感じるのは、なんなんだろうな」
「分かる。心の原風景的な?」
「神が人類共通の刷り込みをしているとか」
「いや、信仰する対象が人類共通じゃない時点で、成り立たないだろそれ」
「それもそうか。イェオリの国は、八百万だかの神がいるらしいからな」
「多すぎ!」
それ間違いなく神さま同士でもめるわ。
人間だって、ふたりいればぶつかるんだから。
デッキシューズの底で砂利を蹴りつつ、エリオットは数歩先を行くバッシュを眺めた。
襟足、少し伸びたよな。
ワックスで撫でつけないと、彼の髪はクセが出るらしい。ゆるくうねる、ゴールデンレトリーバーのような毛並みが、朝の光に透かすとブロンドを通り越して白っぽく見えた。エリオットを一目で虜にした、あのオウゴンマサキの色だ。
いつもと変わらない様子に、そっと安堵する。
きのうのかんしゃくは、ふたりの間になんの問題も残さなかった。それから、侍従との関係にも。夕食のために食堂まで下りて行ったエリオットは、タブロイド紙を渡して「初スクープだから、記念に保管しておいて」と言い、イェオリを笑わせることに成功した。しかし彼らが誇れる主人になると言う目標には、まだまだ道のりが長そうだ。
「きのうは大学の教授と会ったんだろう? 論文について、なんだって?」
薄い文字盤の時計をした太い腕が、黒のカットソーに寄ってくるミツバチを軽く払う。休日らしく裾を折り返したデニムからは、普段見ることのない足首が覗いていた。
「見てくれるって。いちおう、A2レベル試験に通ってるから、学生と同じカテゴリーの審査に出せるみたい」
「よかったな」
「あんたが書けって言ったんだろ」
「あの花を、おれだけが持ってるのはもったいない」
フラットの屋上で栽培していたデファイリア・グレイは、花壇に植え替えたあと、すぐにしおれてしまった。しかし種はしっかり保管していたから、いつでも再現は可能だ。いまは保存するための環境が整っている郊外の植物園へ預けている。そこを紹介してくれたのもゴードンだ。
「品種の登録申請はするのか?」
「うん。いくら交配での改良って言っても、これだけ手を加えたら原種じゃないし。だったらいっそ栽培種として、権利とかちゃんとしておかないと」
「なら、名前は?」
「名前?」
「新しい品種は、名前をつけるんじゃないのか?」
「そっか。何も考えてなかった」
バッシュの言う通り、エリオットが改良した耐暑性のあるデファイリア・グレイの品種には、栽培種として認められたら、名前をつけられる。
「どんなのがいいかな」
「お前の名前でいいじゃないか。バラみたいに」
プリンス・エリオット?
「おれがすげーナルシストみたいじゃないか」
絶対いやだ。
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