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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章

3.ファーストコンタクト

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 創作ガーデンは、縦横五~六メートル四方のブースに出展者がそれぞれ作り上げた庭が並んでいる。庭と庭の間は通路になっていて、互いの雰囲気やコンセプトの違いを邪魔しないように配慮されていた。さすがにチェルシーのフラワーショーみたいな規模ではないが、地域住民の主催としては十分すぎるほどの完成度だ。

 年齢も性別も様々な来場者たちは、カメラを手に思い思いに庭の全景や細部を写真に収めている。行楽の記念というより、自身の庭づくりの参考にするためだろう。こんな状況でなければ、エリオットも容量いっぱいまでスマートフォンのシャッターを切り続けている。

 エリオットが「ミセス・オールドリッチのグラスガーデン」の前についたとき、ダニエル・マクミランはすでにそこにいた。

 なぜ彼が分かったかと言えば、どこからどう見てもひと待ち顔だったからだ。園芸家がこの時期一番美しいグラス植物を集めて作った庭に背を向けて、地元のカジュアルなイベントには不釣り合いに仕立てのいいスーツに身を包んだ、三十そこそこの男。落ち着きなく腕時計と周囲を行き来する頭の動きから、自信のなさが窺える。
 バッシュと並ぶくらいの長身なのに、やや猫背なせいでフォルムが丸っこく見えた。日に当たるのが五十年ぶりといった色白の顔は、緊張からか高い頬骨のあたりだけが赤い。そこを朴訥と見るか、オタクっぽいと見るかは好みが分かれそうだ。

 そこでエリオットはひとつ確信したことがあったが、それはひとまず横へ置き、ダニエルから少し離れたところにしゃがむ。それから、足元に植えられた紫の花にスマートフォンを向けた。
 すぐに意図を察したイェオリが、ほかの通行人からエリオットを隠すような位置に立って尋ねる。

「これはなんと言う花ですか?」
「リリオペ。緑の葉っぱの間からぴょんぴょん出てるのが可愛いだろ」
「そうですね」

 通路との境界を敷くように連続して植えられているリリオペを撮影しながら、エリオットはカメラを振ってダニエルのようすを見る。キャスケットのおかげで顔は隠れているから、自分のすぐ横に王子がいることなど、まったく気付いていない。本当に007になった気分だ。

『ヤマハ、予定位置に到着。対象と接触する』

 明るいサーモンピンクのジャケットにリボン付きの白いシャツ、細身の黒いパンツで現れたキャロルは、赤毛を高い位置で結び、黒ぶちの眼鏡をかけていた。変装用らしい歪みのないレンズごしに、一瞬だけエリオットと視線が合う。

 何そのぼうし、と言うように小首をかしげた彼女は、しかしほっとしたようだ。社交用の笑顔でダニエルに向き直った。

「はじめまして、マクミランさん。お招きいただき、ありがとうございます」
「はじめまして、レディ」

 差し出された手を握ったダニエルは、耳まで真っ赤になって会釈した。本当に緊張しているらしい。警護官に睨まれてから慌ててキャロルの手を放し、うなじをさすっている。貴族としての礼儀は心得ているが、実戦の経験はほとんどないと見える。

 オタクタイプに一票か?

 自分の対人スキルを棚に上げて、エリオットはたいへん失礼な印象を抱いた。

「おいでくださって光栄です」
「えぇ。ご自分が求婚した相手に、ようやく会ってくださる気になったんですもの」

 キャロルが先制攻撃を仕掛けた。硬い両肩から、侮られまいとする意地が伝わってくる。

「あぁ、それは違うんです。その件については、少々行き違いというか、認識のずれというか……。とにかく、誤解があったようで。その説明のためにお声がけしたのですが」
「誤解?」

 高音の鍵盤を叩くように、キャロルの語尾が上がった。

 エリオットの視界に入るギリギリの高さで、初手からヘタを打ったダニエルが、腰の後ろに回した指をそわそわと組み替えている。

「えぇと……少し歩きませんか?」
「ここでけっこうです」

 キャロルが槍みたいな靴のヒールで地面の石畳を打った。細い肩で張った虚勢が、本物の威勢にスイッチする。強気な彼女の登場だ。

「それより誤解って?」

 怖いよキャロル。

 エリオットは、すでに追い詰められている雰囲気のダニエルに同情したくなった。
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