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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第七章
4.心はいまも成長期
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小さな寄せ植えから始め、長年フェアとともに歩んできた婦人の話しは、ブレアム氏やエリオットのそれより確実に参加者たちの胸を打った。強固な姿勢を貫こうとした巻き毛の女性でさえ、目を閉じて頭を振り、ミセス・オールドリッチに反論はしなかった。
改めて、彼女を味方に引き入れたナサニエルと、そのきっかけを作ったダニエルに感謝する。
プロジェクターが瞬き、ボーダーガーデンを映していた画面が切り替わった。
客席から、息をのむ気配がする。振り返ると、ガラス細工のように透明な花びらを広げたデファイリア・グレイがスクリーンいっぱいに咲いていた。
予定と違うタイミングにステージ袖のイェオリを見ると、笑顔で頷かれる。この流れで締めろって?
エリオットは大きく息を吐き、演壇のスタンドから外したマイクを喉のあたりまで持ち上げた。
「この花は、学名デファイリア・グレイ。メギ科の植物で、別名サンカヨウといいます。世界でも一部の山地などでしか見られません。普段は白い花びらが、水分に触れると写真のように透明になります」
「すごーい!」
「プラスチックみたい!」
んんん、そこはガラスっていってくれよ。ロマンがちょっと目減りするから。
しかしさすが、子どもはいい反応だ。自分もあれくらいの可愛げがあったらな。
「わたしはこのデファイリア・グレイを、シルヴァーナの気候に適応するよう改良してきました。この写真の花は、最近ようやく花びらが透けるようになった成功例です」
栽培種としての登録と論文への掲載用に撮ったものだが、まさかこんなところで公開することになるとは思いもしなかった。
「自生する姿を現地で見る素晴らしさは、なにものにも代えがたいでしょう。しかしどんな場所で咲いても、その花自身には変わらない美しさがあるのだと、わたしは信じています」
希望をくれたデファイリア・グレイを背に、エリオットはゆっくり客席を見渡す。参加者たちの顔には、この短時間で様々な感情が現れては消えて行ったが、いまは静かな思慮が読み取れた。
「ひとつ申し上げてもよろしいですか、殿下」
「もちろん」
ミセス・オールドリッチは、少女のように輝く瞳でエリオットを見上げる。
「わたしはぜひ、殿下がお作りになる庭も拝見したいと思います」
エリオットはちょっと面食らったが、これには力を抜いて答えることができた。
「……わたしにもブースがいただけるなら、喜んで」
ぷつ、とかすかな音を立てて、マイクのスイッチを切る。それをかき消すほどの力強さで、ミセス・オールドリッチが拍手をしてくれた。すぐにブレアム氏が続き、最初はパラパラと、やがて客席全体へ広がっていく。
エリオットは身じろぎする余裕もなく固まった膝をなんとか動かして、演壇を離れステージ袖まで歩いて行った。
ベイカーとイェオリが、拍手で迎えてくれる。ふたりとも、初めて見るくらいに晴れやかな表情だ。
「お疲れさまでした、殿下」
イェオリが持って来てくれた椅子に、どさりと体を投げ出す。もう一歩も動けない。
エリオットとしては、ミセス・オールドリッチにこそ拍手を贈りたいところだった。彼女のおかげで、参加者たちは主体性を持って会場の移転を考えることができたはずだ。強制された被害者ではなく、この先のあり方を考える主催者のひとりとして。
演壇のブレアム氏が、参加者に決を採っているのが聞こえた。
「エリオットさま」
呼びかけられて目を向けると、ベイカーが深く頭を垂れていた。エリオットはパイプ椅子の上で飛び上がる。
「申し訳ございません」
「え、なに?」
「わたくしは以前、あなたさまに長い目で歩む道をご覧になるよう申し上げました。お急ぎになる必要はございませんと」
「うん」
「すでに選帝侯としてお立ちになる決意や強さをお持ちであったにも関わらず、わたくしはあなたさまを、わたくしの袖を引かれた小さなころのようにお守りせねばと、考え違いをしておりました」
エリオットは、ミセス・オールドリッチに話しかけられた内容よりも驚いて、筆頭侍従の白っぽくなった髪や温かみのある目じりのしわ、そして誠意しか発しない唇を見つめた。
「あなたさまは、わたくしの想像など大きく超えて行かれる素晴らしい方だと、いまようやく気付くに至り、己が恥ずかしゅうございます。──ご立派な仕事ぶりでございました」
エリオットは下を向き、こみ上げてくるものを飲み込んで一度だけ鼻をすすった。せっかく褒めてくれたベイカーに、みっともない顔は見せられない。
「……前にテレビでだれかがいってたけど、反省は成長の第一歩らしいな」
「はい、殿下。わたくしも、まだまだ伸び盛りでございますよ」
肩で笑い合っていると、ステージが明るくなる。視線の先で、参加者が下した決断にブレアム氏が感謝を述べた。
改めて、彼女を味方に引き入れたナサニエルと、そのきっかけを作ったダニエルに感謝する。
プロジェクターが瞬き、ボーダーガーデンを映していた画面が切り替わった。
客席から、息をのむ気配がする。振り返ると、ガラス細工のように透明な花びらを広げたデファイリア・グレイがスクリーンいっぱいに咲いていた。
予定と違うタイミングにステージ袖のイェオリを見ると、笑顔で頷かれる。この流れで締めろって?
エリオットは大きく息を吐き、演壇のスタンドから外したマイクを喉のあたりまで持ち上げた。
「この花は、学名デファイリア・グレイ。メギ科の植物で、別名サンカヨウといいます。世界でも一部の山地などでしか見られません。普段は白い花びらが、水分に触れると写真のように透明になります」
「すごーい!」
「プラスチックみたい!」
んんん、そこはガラスっていってくれよ。ロマンがちょっと目減りするから。
しかしさすが、子どもはいい反応だ。自分もあれくらいの可愛げがあったらな。
「わたしはこのデファイリア・グレイを、シルヴァーナの気候に適応するよう改良してきました。この写真の花は、最近ようやく花びらが透けるようになった成功例です」
栽培種としての登録と論文への掲載用に撮ったものだが、まさかこんなところで公開することになるとは思いもしなかった。
「自生する姿を現地で見る素晴らしさは、なにものにも代えがたいでしょう。しかしどんな場所で咲いても、その花自身には変わらない美しさがあるのだと、わたしは信じています」
希望をくれたデファイリア・グレイを背に、エリオットはゆっくり客席を見渡す。参加者たちの顔には、この短時間で様々な感情が現れては消えて行ったが、いまは静かな思慮が読み取れた。
「ひとつ申し上げてもよろしいですか、殿下」
「もちろん」
ミセス・オールドリッチは、少女のように輝く瞳でエリオットを見上げる。
「わたしはぜひ、殿下がお作りになる庭も拝見したいと思います」
エリオットはちょっと面食らったが、これには力を抜いて答えることができた。
「……わたしにもブースがいただけるなら、喜んで」
ぷつ、とかすかな音を立てて、マイクのスイッチを切る。それをかき消すほどの力強さで、ミセス・オールドリッチが拍手をしてくれた。すぐにブレアム氏が続き、最初はパラパラと、やがて客席全体へ広がっていく。
エリオットは身じろぎする余裕もなく固まった膝をなんとか動かして、演壇を離れステージ袖まで歩いて行った。
ベイカーとイェオリが、拍手で迎えてくれる。ふたりとも、初めて見るくらいに晴れやかな表情だ。
「お疲れさまでした、殿下」
イェオリが持って来てくれた椅子に、どさりと体を投げ出す。もう一歩も動けない。
エリオットとしては、ミセス・オールドリッチにこそ拍手を贈りたいところだった。彼女のおかげで、参加者たちは主体性を持って会場の移転を考えることができたはずだ。強制された被害者ではなく、この先のあり方を考える主催者のひとりとして。
演壇のブレアム氏が、参加者に決を採っているのが聞こえた。
「エリオットさま」
呼びかけられて目を向けると、ベイカーが深く頭を垂れていた。エリオットはパイプ椅子の上で飛び上がる。
「申し訳ございません」
「え、なに?」
「わたくしは以前、あなたさまに長い目で歩む道をご覧になるよう申し上げました。お急ぎになる必要はございませんと」
「うん」
「すでに選帝侯としてお立ちになる決意や強さをお持ちであったにも関わらず、わたくしはあなたさまを、わたくしの袖を引かれた小さなころのようにお守りせねばと、考え違いをしておりました」
エリオットは、ミセス・オールドリッチに話しかけられた内容よりも驚いて、筆頭侍従の白っぽくなった髪や温かみのある目じりのしわ、そして誠意しか発しない唇を見つめた。
「あなたさまは、わたくしの想像など大きく超えて行かれる素晴らしい方だと、いまようやく気付くに至り、己が恥ずかしゅうございます。──ご立派な仕事ぶりでございました」
エリオットは下を向き、こみ上げてくるものを飲み込んで一度だけ鼻をすすった。せっかく褒めてくれたベイカーに、みっともない顔は見せられない。
「……前にテレビでだれかがいってたけど、反省は成長の第一歩らしいな」
「はい、殿下。わたくしも、まだまだ伸び盛りでございますよ」
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