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番外編 重ねる日々
朝ごはん
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目覚ましのアラームをかけなくてもいい休日。好きなだけ布団と仲良くしていても後ろ指さされることはないはずなのに、エリオットは早朝からイェオリの呼びかけで起こされた。
「エリオットさま」
「う~」
唸り声をあげたエリオットは、布団からはみ出した足を縮め、枕に額をこすりつける。首を回して薄く目を開けると、若侍従が戸口で会釈した。しわのないシャツとスーツに身を包み、きちんと髪を整えて朝から爽やかさが半端ない。
「……おはよ」
「おはようございます。ご報告なのですが」
「んー……」
「昨夜、旦那さまが遅くにおいでになりまして」
「んー……」
往生際悪く、エリオットは目を閉じる。
自分が寝たあとにバッシュがやって来るのは珍しいことじゃない。そういうとき彼はエリオットを起こさないから、翌日の朝食で挨拶するのが常だ。
「……あいつがなに?」
芸術的な寝相で寝てるとか? ふん、それなら写真に撮っておく価値はあるかもしれない。
しかしイェオリが持ってきたのは、それよりずっと興味をそそられる情報だった。
「本日は料理長がお休みをいただいておりますので、旦那さまが朝食をお作りになっていらっしゃいます」
「……」
「フレンチトーストだそうですよ」
「……おきる」
◇
顔を洗ったエリオットは、パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを部屋着のTシャツとハーフパンツに着替え、かかとが潰れたルームシューズで寝室を出た。
飼い主よりずっと早起きのルードは、すでに屋敷の見回りに出かけていたので、ひとりきりだ。
自分の部屋から少し──というのが一般的な感覚に当てはまるかは甚だ疑問だが──離れている厨房に、普段エリオットは近付かなかった。
スタッフと顔を合わせたくないとかではなく、無用な気遣いをさせる意味がないからだ。料理長の仕事はエリオットの相手をすることじゃないし、だれだって報酬以上の仕事はしたくないだろう。
けれど、その料理長がいないなら話は別。スリッパのように薄い靴の底をぺたぺた鳴らしながら厨房まで行くと、既に甘い匂いが充満していた。
カルバートンが建てられた当初、厨房は火災を想定して別棟に作られていたらしい。いまは普段使いの食堂に近い場所に移されて、設備も現代的になっている。コンロもオーブンもガス式で、シンクも作業台もステンレス製。ドラマに出てくるレストランの厨房と同じような内装だった。
こちらに背を向けてフライパンを見張っているバッシュに、エリオットは声をかける。
「勝手に食材使って、料理長に怒られない?」
「冷蔵庫の鴨やエビに手を付けたら代わりにまな板へのせられるかもしれないが、バゲットと卵くらいなら平気だろう」
バッシュはエリオットを振り返り、「おはよう」といった。
「おはよ。ミルクも?」
「あぁ、ミルクも」
がっしりした腰に抱きついて、肩越しにフライパンでフツフツと音を立てて焼けるフレンチトーストを覗き込む。卵とミルクの優しい香りを吸い込むと、エリオットの腹がぐぅっと鳴った。
「でも、フルーツは危険かもな」
トッピング用らしい大粒のブラックベリーをひとつ、笑いながらバッシュがエリオットの口に放り込んだ。
「これで共犯だ」
薄い唇の下から現れた真っ白い歯は、寝起きに見るにはちょっと眩しすぎる。エリオットはブラックベリーのぷちぷちした実を奥歯で潰し、甘酸っぱさに頬をすぼめた。
あのときは真っ赤ないちごだったけど、フラットで初めてパンケーキを焼いてくれたときを思い出す。その手腕を再び見られるとは。
しかもゼロ距離で。
「フォークを出してくれ」
「どこにあんの?」
「食器が並んでるキャビネットがあるだろう。その右から二つ目の引き出し……そう、それだ」
指示された引き出しを開ける。普段使いのカトラリーが、種類別に整頓され並んでいた。
厨房のことまでよくご存じで。
エリオットは曇りなく磨かれたフォークを二本取り出すと、肘で引き出しを戻した。
作業台の端に座って、足をぶらぶらさせながら出来上がりを待つ。
さほど待たずに、表面はふわふわ、卵液とミルクを吸ったなかはとろとろ、そして周りの茶色い部分はカリッと香ばしい完璧なフレンチトーストが皿に取り分けられた。
バッシュが粉砂糖を振った上に、エリオットは艶やかなブラックベリーを転がす。
「ご協力どうも」
「共同作業だな」
「なんで得意げなんだ。九割おれの作業だろうが」
「なにごとも仕上げが一番難しいんだぞ」
「ハイハイ」
余ったミルクをコップに注いで、朝ごはんの完成だ。
「いただきまーす」
「エリオットさま」
「う~」
唸り声をあげたエリオットは、布団からはみ出した足を縮め、枕に額をこすりつける。首を回して薄く目を開けると、若侍従が戸口で会釈した。しわのないシャツとスーツに身を包み、きちんと髪を整えて朝から爽やかさが半端ない。
「……おはよ」
「おはようございます。ご報告なのですが」
「んー……」
「昨夜、旦那さまが遅くにおいでになりまして」
「んー……」
往生際悪く、エリオットは目を閉じる。
自分が寝たあとにバッシュがやって来るのは珍しいことじゃない。そういうとき彼はエリオットを起こさないから、翌日の朝食で挨拶するのが常だ。
「……あいつがなに?」
芸術的な寝相で寝てるとか? ふん、それなら写真に撮っておく価値はあるかもしれない。
しかしイェオリが持ってきたのは、それよりずっと興味をそそられる情報だった。
「本日は料理長がお休みをいただいておりますので、旦那さまが朝食をお作りになっていらっしゃいます」
「……」
「フレンチトーストだそうですよ」
「……おきる」
◇
顔を洗ったエリオットは、パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを部屋着のTシャツとハーフパンツに着替え、かかとが潰れたルームシューズで寝室を出た。
飼い主よりずっと早起きのルードは、すでに屋敷の見回りに出かけていたので、ひとりきりだ。
自分の部屋から少し──というのが一般的な感覚に当てはまるかは甚だ疑問だが──離れている厨房に、普段エリオットは近付かなかった。
スタッフと顔を合わせたくないとかではなく、無用な気遣いをさせる意味がないからだ。料理長の仕事はエリオットの相手をすることじゃないし、だれだって報酬以上の仕事はしたくないだろう。
けれど、その料理長がいないなら話は別。スリッパのように薄い靴の底をぺたぺた鳴らしながら厨房まで行くと、既に甘い匂いが充満していた。
カルバートンが建てられた当初、厨房は火災を想定して別棟に作られていたらしい。いまは普段使いの食堂に近い場所に移されて、設備も現代的になっている。コンロもオーブンもガス式で、シンクも作業台もステンレス製。ドラマに出てくるレストランの厨房と同じような内装だった。
こちらに背を向けてフライパンを見張っているバッシュに、エリオットは声をかける。
「勝手に食材使って、料理長に怒られない?」
「冷蔵庫の鴨やエビに手を付けたら代わりにまな板へのせられるかもしれないが、バゲットと卵くらいなら平気だろう」
バッシュはエリオットを振り返り、「おはよう」といった。
「おはよ。ミルクも?」
「あぁ、ミルクも」
がっしりした腰に抱きついて、肩越しにフライパンでフツフツと音を立てて焼けるフレンチトーストを覗き込む。卵とミルクの優しい香りを吸い込むと、エリオットの腹がぐぅっと鳴った。
「でも、フルーツは危険かもな」
トッピング用らしい大粒のブラックベリーをひとつ、笑いながらバッシュがエリオットの口に放り込んだ。
「これで共犯だ」
薄い唇の下から現れた真っ白い歯は、寝起きに見るにはちょっと眩しすぎる。エリオットはブラックベリーのぷちぷちした実を奥歯で潰し、甘酸っぱさに頬をすぼめた。
あのときは真っ赤ないちごだったけど、フラットで初めてパンケーキを焼いてくれたときを思い出す。その手腕を再び見られるとは。
しかもゼロ距離で。
「フォークを出してくれ」
「どこにあんの?」
「食器が並んでるキャビネットがあるだろう。その右から二つ目の引き出し……そう、それだ」
指示された引き出しを開ける。普段使いのカトラリーが、種類別に整頓され並んでいた。
厨房のことまでよくご存じで。
エリオットは曇りなく磨かれたフォークを二本取り出すと、肘で引き出しを戻した。
作業台の端に座って、足をぶらぶらさせながら出来上がりを待つ。
さほど待たずに、表面はふわふわ、卵液とミルクを吸ったなかはとろとろ、そして周りの茶色い部分はカリッと香ばしい完璧なフレンチトーストが皿に取り分けられた。
バッシュが粉砂糖を振った上に、エリオットは艶やかなブラックベリーを転がす。
「ご協力どうも」
「共同作業だな」
「なんで得意げなんだ。九割おれの作業だろうが」
「なにごとも仕上げが一番難しいんだぞ」
「ハイハイ」
余ったミルクをコップに注いで、朝ごはんの完成だ。
「いただきまーす」
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