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番外編 重ねる日々

専属も楽じゃない

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「いかがです?」

 ブランシェールが持って来たのは、ウエスト部分が細く絞られた濃紺のジャケット。シルエットは伝統的でシンプルだが、裏地にはシルクのボタニカル柄と、なかなかに攻めたデザインだ。

「女性もののブランドでは?」

 イェオリが尋ねる。襟首に縫い付けられた上品なタグに刺繍されたロゴは、エリオットも知っているレディース向けの高級ブランドだった。

「いえいえ」

 人差し指を左右に振った専属スタイリストは、その指で前の合わせを示す。
 生地と同じシックなボタンが縫い付けられているのは、身頃の右側。紳士服には違いないらしい。

「知人がブランド創業者の血筋で、メンズラインの立ち上げに関わっているんです。試作品を見せてもらったら、間違いなくお似合いになると思いまして」
「試作品を盗んできたのか?」
「本人から了承は得ておりますのでご安心を。お気に召しましたら、ぜひご贔屓にしてやってください」
「ずいぶんと優しいんだな」
「狭い業界ですからね。わたしだけ殿下から寵愛されていると、色々と面倒もありまして」

 妬み嫉みというやつだろうか。

 ロイヤルファミリーはみな、それぞれ『お気に入り』のブランドがあり、その服やジュエリーを公務その他で着用している。以前、はとこのキャロルがいっていたように、王太子妃のミシェルが着たワンピースなどは即日完売するほど注目される。ブランシェールと専属の契約を結んでいるエリオットでも似たようなことが起こっているようで、彼の工房は半期の売上高が前年比の三百パーセントに迫る勢いらしい。

「来年の税金も恐ろしいですが、同業のなかで悪目立ちはするものじゃありませんね」

 売れっ子デザイナーも大変だ。

「それで、犠牲者を増やそうってことか。仲介料取ったら儲かりそうだな」
「そんなもの取りませんよ、人聞きの悪い」

 ブランシェールは色付き眼鏡の奥で、ぱちっとウィンクした。

「『恩』っていうのは、実のところあなどれないプライスレスなカードなんですから」
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