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45話 選択
しおりを挟む腹部に負った傷が深過ぎて、その騎士は一目で、治癒魔法無しでは助からないと分かった。
テントの中は重症の怪我人が溢れ、アイルが診ている騎士が魔法治療を受けられる望みはとても薄い。
その騎士も、自分は助からないと理解していて、家族への伝言をアイルに託す。
フジャヌの魔力が込められた、魔石を使い文字を記録する四角い皿にペンで、アイルは騎士の言葉と名前を記録した。
「ありがとうございます…」
「一応聞いたダケですから… まだ望みはあります! 少し眠って下さい」
騎士の乱れた前髪をアイルは、血で汚れた指先で整えて、側を離れる。
結界の外に双子の姿が見えた。
パギが怪我人を背負う騎士を庇い、自分たちよりはるかに大きいオークの斬撃を受け、倒れそうになっていた。
もう魔法を使う力が残っていないのだろう。
「パギ!!!」
アイルは堪らず、結界に駆け寄る。
パギに襲い掛かったオークを、横からベソックが刺し追い払うが…
倒れ込んだパギに気を取られている隙に、ベソックが後ろから串刺しにされた。
「…ベソック!! ベソック―――ッ!!!」
叫ぶアイルの目の前で、ベソックを刺したオークを切りつけ助けようとしたパギも、横から来たオークに刺され蹴り飛ばされ…
「パギ―――ッ!! いやぁぁぁ―――っ!!!」
怪我人を結界内に運び込んだ2人の騎士が、慌てて戻りオークと戦いながら双子を結界内に運び込み、2人の素性を知る騎士たちはそのままテント内へと運ぶ。
「あああ…パギ! ベソック…!! ダメよ! ダメよ!」
ブルブル震えて、とても誰かの治療どころでは無くなったアイルもパギとベソックについてテントの中へ入る。
治療台は全て怪我人で空きは無く、騎士たちは床に2人を寝かせ、治療師たちに声を掛け外へ引き返して行った。
騎士に声を掛けられた治療師たちは、2人をチラリとも見ない。
「お兄様!! 叔父様!! パギとベソックが!!」
半狂乱になって叫ぶアイルを見て、フジャヌとニャムック叔父は双子が怪我をしたのだと初めて気づく。
治療していた怪我人を放り出し、叔父は双子の元に駆け寄り、息を呑む。
まだ、息があるのが不思議なほどの致命傷を負っていた。
2人の周りに血だまりが出来ていた。
「フジャヌ!! こっちに来てくれ!!」
叔父は迷わず、自分の子供を優先させようと、フジャヌを呼ぶが…
「私は手を放せません!! 」
フジャヌは怪我人を放り出したりはしなかった。
「良いから、コッチへ来い!!! パギとベソックが危ない!! 今すぐ治癒魔法を掛けないと間に合わない!!」
他に数人の治療師がいるが、パギやベソック程の致命傷を治癒できるほどの技術と知識、魔力を持つのは、オバット伯爵家の直系の血筋ダケだった。
魔法は万能ではない。
掛ければ一瞬で治るワケでは無く、人体構造を把握し、その知識を元に壊れた肉体を繋ぎ、再生して行くのだ。
オバット伯爵家の子供たちは、治癒魔法の特性があると、神殿で判定を受けたその日から、人体について徹底的に学び、10代初めの頃には、死体の解剖にも立ち会い、知識を積み重ねて行く。
「無理を言わないで下さい!! 私だってやれるならやっている!!」
フジャヌも苦しそうな顔で、拒絶する。
一度始めた治療は途中では止められないのだ。
止めたら殺すことになる。
「頼む!! 頼む、フジャヌ!! 2人同時は無理だ!!」
ニャムックは懇願するが、フジャヌは毅然として、治療師の誇りを曲げなかった。
「…なら、どちらかを選ぶしかない! パギか… ベソックか…!!」
「フジャヌ!! フジャヌ!! 許さないぞ!!許さないぞ!!」
フジャヌは治癒魔法に集中し、それ以上、何も答えなかった。
ニャムックは跡継ぎのベソックの傷に触れる。
一度始めれば、途中で止めれられない。
終わった時には、この出血量ではもう1人は死んでいる。
ニャムックはパギの顔を見た。
活動的なパギは、母親よりも父親と仲が良いのだ。
「…選ぶコトなど出来ない …選ぶコトなど!」
ニャムックは泣きながら、パギの傷に触れる。
「ごめんなさい… ごめんなさい… パギ…! ベソック…! 私に魔法が使えれば…」
泣き崩れるアイル。
「そうか… お前なら助けられる…」
ボンヤリとアイルを見つめ、ニャムックは力なく笑い、双子から離れると…
ニャムックは、うずくまるアイルの細い肩を掴み、ゴッと鈍い音を立てて、力任せに床へ押し倒す。
「ううっ!!」
馬乗りになり、ニャムックは、掌でアイルの顔を押さえ付けた。
「はっ… ウグッ!! …叔…父…グフッ!!」
叔父の暴挙に気付き、怒鳴り声を上げるフジャヌだが、怪我人から手が離せず、罵りながら助けを呼ぶ。
「ニャムック叔父上!! 何をなさるのです!! クソッ!! 誰か… 誰か止めてくれ!!」
その場に居るのは治療師ばかりで、みな手が離せない怪我人の治療をしていた。
「クソッ!! 何のつもりだ叔父上!!」
フジャヌの声はニャムックの耳に届かなかった。
「アイル… お父様との大切な "約束" を思い出せ! …お父様との大切な "約束" を思い出せ!」
何かの呪文のように穏やかな声で、繰り返すニャムック。
「あああああ…? お父様?」
「そうだ、大切な "約束" を思い出せアイル!」
「なぁにお父様? …"約束" ?」
叔父の掌に顔を押さえられたままで、アイルの声が無邪気な子供のように変わる。
「私と大切な "約束" をしただろう?」
「"大好きな魔法を使うのを止めたらずっと側に居てくれる" ?」
「新しい "約束" をしようアイル… "大好きな魔法を使ってもずっと側に居るよ"」
「"大好きな魔法を使ってもずっと側に居てくれる" の? お父様?」
「ずっと側に居るよ」
「使っても良いの?」
「好きなだけ使っても良いよ」
ニャムックは、アイルから離れた。
「起きなさいアイル!」
ボンヤリと水色の瞳で救護所テントの天井を見つめるアイル。
「パギを治癒魔法で直してくれ!! 頼むアイル!!」
叔父が懇願すると、アイルはハッと起き上がり、パギとベソックを見る。
「・・・・・・っ!!」
「アイル頼む!!」
叔父の懇願に答えるように、アイルはパギの傷に手を置く。
光がパギの体内へと広がって行く。
ニャムックも涙を流しながら、ベソックの傷に手を置き、治癒魔法を掛ける。
「やはり… アナタがアイルの魔法を、奪った犯人だったのですね?」
フジャヌは冷たく叔父に言い放ち、自分が診ている怪我人に集中する。
両親が襲われアイル自身が大怪我を負った時。
ニャムックは怪我の治療と並行し…
父親を目の前で失ったアイルの心の傷に付け込み、兄と良く似た容姿と声で、暗示を掛け魔法を使えなくしていたのだ。
全ては兄に対する嫉妬と恨み、そして野心のために…
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