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31話 公爵の愛人?
しおりを挟む何処かで馬の嘶きが聞こえた。
「ああ… そうだった、あいつは私以外の人間が相手だと、急に傲慢になるのだった」
ハァッ… ハァッ… と荒い息を吐いてデスチーノはアディの頭の上で愚痴をこぼした。
「…え?」
フウッ… フウッ… と胸を激しく動かして、ぼんやりと騎士服をを握り締めたアディには、デスチーノの話が上手く聞き取れなかった。
「私の愛馬は気が荒く、私と厩舎係以外の人間が扱おうとすると、派手に鳴いて噛みつこうとするのだよ… それをすっかり忘れていた、カディラは今頃、苦労しているだろう」
「ああ…」
デスチーノは身体を離し、上着の内ポケットからハンカチを出し、アディの下肢を簡単に拭き清めた。
「すまない… 抑制剤がまるで効かないなぁ…」
デスチーノは外した時とは段違いに、手際良くアディの下衣のボタンをはめて行く。
愛馬の鳴き声を聞き、胸の中がヒヤリと冷え、デスチーノの発情しかけた身体から、急激に熱が引いたのだ。
「・・・・・・」
自分の服がデスチーノの大きな手で、順番に整えられてゆくのを見て… 泣きたくなるほどではないが、アディはガッカリした。
「アディ、公爵邸からは絶対に出るなよ?」
「はい?」
「未婚のオメガは… この国の法律で、保護者である父親に帰属することを知っているな?」
(父親が死亡し不在の場合は、アルファの兄弟姉妹が保護者となる)
「はい」
ぼんやりと浮かれていたアディの胸の中も、一気に冷えて発情の熱が冷めた。
「アディは今現在、父親エントラーダ伯爵のもので、結婚前の君は父親の許可が無ければ、この公爵邸で暮すことさえ許されないのだ」
「はい、分かっています」
この国でのオメガの地位はとても低く… 結婚しているトルセールでさえ、夫に帰属しているため、本来ならば夫ブラッソの許可無しで、公爵邸へ勝手に帰ることも許されていない。
だが… 伯爵家の資金源である鉱山の権利を、トルセールが持っているため、夫ブラッソは強く命令出来ないのだ。
そんなオメガにも、1つだけ確かな権利がある。
成人したオメガは、自由に結婚をできる権利だ。
「でも今は、私の子種を欲しがっていると言うのなら… しばらくは時間稼ぎぐらいは出来るだろう」
自分の頬をぽりぽりと指でかきながら、考え考え、デスチーノは話した。
「ええ、それは出来ると思います…」
「それで問題は、コンプラ―ル男爵との婚約を華々しく発表すると言っていなかったか?」
「はい」
「君はエントラーダ伯爵宛に"ジェレンチ公爵の愛人になる"と、手紙を送りなさい」
「愛人…?」
<嬉しいような… 切なくて悲しいような…泣きたくなってきた>
急に顔が曇り… アディはうつむいて、デスチーノの腰に装着した剣の柄に刻まれた公爵家の紋章を、ジッ… と見つめた。
「公爵の一時の遊び相手を務めれば、公爵が子種をやると約束したから身籠るまで相手をする… と伯爵を言い包めるんだ!」
「・・・っ!」
剣の柄から視線を上げて、アディを穏やかに見つめる、スミレ色の瞳を見つめた。
「君が、公爵邸に住み込んで誘惑しなければならないほど、第一騎士団の騎士団長、ジェレンチ公爵はとても忙しい身だから… と付け加えることを忘れないようにな?」
「あ…」
「プライドの高い公爵の機嫌を損ねたくないから、勝手に伯爵邸へは帰れない、男爵との婚約発表は、身籠ってからにしようと…」
「ああ…」
<本当にデスチーノは時間稼ぎのために、僕を愛人にする気なの?!>
目を見開いて、アディはデスチーノを尊敬を込めた目で見つめた。
「今はこれぐらいしか出来ないが… 1つずつ問題を解決して行こう」
「はい!」
「アディ、もう少し待って欲しい… いつまでもこのままでいる気は無い …だが、私だけの問題では無いから、フーアのことがある… だから私を信じて、少しだけ待ってくれないか?」
珍しく不安そうな顔をしたデスチーノの雄々しい頬に手を伸ばし… アディはそっと触れた。
「はい、あなたを信じます… デスチーノ…」
「ありがとう… アディ…」
デスチーノは自分の頬に触れた小さな手をギュッ… と握り掌にキスをした。
また、派手な愛馬の嘶きが聞こえ、フッ… とデスチーノは笑った。
「早く行ってあげないと! 従者が困っているよ?」
アディも笑って、馬の声が聞こえた方を向いた。
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