傷心オメガ、憧れのアルファを誘惑

金剛@キット

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82話 夢の中で

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 腹部の痛みを感じ始めてから、2日目の夜… アディは痛みと疲労で、恐怖を感じる余裕さえ無くしていた。


「さぁ、アディ! もうひと頑張りだよ!! 呼吸をするのを忘れないで!!」
 女性アルファのフェーブリ医師が、アディに小休憩を切り上げさせた。

「すうぅ―――っ ふうぅ~… すうぅ―――っ ふうぅ~… すうぅ―――っ ふうぅ~…」
<ううう… 疲れたよぉ~ デスチーノ… 助けてぇ~…>

 くじけそうになり、アディの琥珀色の瞳に涙がにじんだ。

 男性オメガのうえ、小柄で細身のアディは、誰もが想像した通り、出産までに長い時間がかかった。
 
 だが、普段からカンタールと毎朝散歩をしたり、孤児院を訪問しトルセールと共に子供たちの相手をしたりと…
 上級貴族の妊婦にしては珍しく、アディは活発に動き回っていたため、身体に体力がついていたことが功を奏した。


「あなたなら出来るわ、アディ! 赤ちゃんのために頑張って!」

「ううう~…っ!」

「子供たちがどろどろの池に落っこちた時は、もっと大変だったでしょう?!」

「あああ~… あれは本当に… 大変だった… ねぇ~…」
 出産中にもかかわらず、アディは当時、池に落ちた時のことを思い出して、渋い顔をする。


 孤児院の子供たちを連れて、ジェレンチ公爵領でピクニックをした時に… 1人の女の子が小さな池に落ちて、泥にはまってしまい、それを助けようとした同じ年の男の子も、泥に足を取られ身動きが出来なくなった。

 年長の男の子たちが、2人で助けに入ったら、その子たちまで泥で動けなくなり… 結局妊婦のアディとドレスを腰までめくり上げたトルセールが、1人ずつ池から引き揚げたのだ。

 辛かったのは… 池の泥が腐っていて、その臭さと言ったら…
 池の中で転んだせいで、顔まで泥にまみれ、アディとトルセールはあまりの臭さに、泣きながら子供たちを救い出したのだ。

<あ… あの時に比べれば! 赤ちゃんのために! 赤ちゃんのために! ううっ… 赤ちゃんのために~…!>

 声に出すと力が抜けてしまうから、アディは心の中で気合いを入れて、もうひと頑張りと力んだ。




 明け方近く…

 アディは無事に小さな男の子を産み落とした。






 デスチーノの夢を見た。


「ありがとう、アディ… アディ… ありがとう…!」

 デスチーノは… 小さな、小さな、生まれたばかりの子を宝物のように抱いて…
 
 嬉しそうに泣いていた。


「名前… は… どう… する…?」

 夢の中だから、かすれてしまって上手く出ない声で、アディがたずねると…

 デスチーノの頬を伝って、ポツリッ… と涙が、一粒落ち… 

 父親の腕の中で眠る、息子を包むおくるみに小さな染みを作った。

 

「最初に生まれた子が男の子なら、祖父の名をもらって… "グランジ" と名付けようと、昔から決めていた…」

 涙を手でぬぐうとデスチーノは微笑む。


 アディもうなずき微笑んだ…






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