辺境に捨てられた花の公爵令息

金剛@キット

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8話 別れの挨拶

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 頑丈そうな鎖が付いたかせを、両手、両足に付けられ、薄汚れた囚人用の服を一枚だけ着て、リヒトは処刑場へと続く、暗くて冷たい石造りの廊下を歩く。

 一歩足を踏み出すごとに、太いくさりが擦れあい、ジャラジャラと耳障りな音が鳴り響いた。



 プファオ公爵邸の書斎に呼ばれ、翌日公開処刑されるとリヒトが聞いたその日のうちに捕縛され、処刑場内の地下牢へ入れられた。

<母上と弟のヴァルムに別れの挨拶を早めにしておいて… 良かった>


『リヒト! 今すぐ王都から逃げなさい!! 西の港から隣国へ向かう商船に乗れるように、手配しました、あなたの世話をしてくれる人も、頼んであります!!』 


<お妃教育で、強い感情は表情に出さないようにと、繰り返し教え込まれて来たから、泣くつもりなど無かったのに…>
 母に泣きながら懇願され、リヒトは涙が抑えられなかった。


『私もお供します兄上!! お1人では危ないですから!』
 アルファの弟ヴァルムは、リヒトや父よりも大柄な体格をしているのに、幼い子供のように泣きじゃくった。


 リヒトが逃亡すれば、それはそのままプファオ公爵家に罪が跳ね返り…
 下手をすると、貴族の地位を剥奪されかねない。

 今の王太子フリーゲなら、それぐらいのことは平気でやるからだ。
 それが分かっていて母と弟は、リヒトに本気で逃げろと言うのだ。


<ありがとうございます、神様… 私に素晴らしい家族を与えてくれて…>
 神託でリヒトを"花の令息" に選んだ女神に感謝の祈りを捧げた。




 父プファオ公爵は、体調不良の国王陛下に、謁見えっけんは許可されず…
 減刑の嘆願さえ出来なかった。


「恐らく国王陛下には、この一連の騒ぎさえ、知らされていないのだろう」
 なぜか父プファオ公爵は、リヒトと共に刑場へと出た。

「父上… 今までありがとうございました、育てて頂いた、御恩を返せず申し訳ありません」
 刑場までリヒトと共に歩く、スラリと背の高い凛とした自慢の父を、心に焼き付けるように見上げた。




 何時もは閑散とした刑場に…
 大勢の貴族たちがリヒトの処刑を見物しに、詰め掛けていた。

 刑場にリヒトが現れると、観客たちからざわざわと期待の籠った歓声が響く。

 ちょっとした娯楽を、楽しみに来たという様子だ。


 死刑執行の様子が一番良く見える、前方に椅子を置いて優雅にくつろぐ観客たちは…
 仮面を着けて、素性を隠していた。
 
 上位貴族の誰かで、恐らくブラウ公爵家とリーラ公爵家の家門の者たちだろう。


 一番の特等席には王太子とその婚約者が着き、2人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
 
 王太子の後ろに立つ、名実ともに側近となった2人は…
 自分たちが手掛けた初仕事の出来栄えを見て、上手く行ったと満足そうに微笑んでいる。


 リヒトが犯したという、覚えの無いでたらめな罪状が読み上げられ…
 綺麗に首が落ちるように、魔法を組み込んだ斧を持つ死刑執行人が、覆面を被って現れた。



 執行人はリヒトをひざまずかせ、背中まである孔雀色の髪を払い細く優雅な項をさらすと…
 ざわざわと観客たちが、興奮の声を上げる。





「お前が私より、目立つから悪いのだ! 余計な指図ばかりして、私を辱めたお前が!」


 リヒトへの恨み言を、ブツブツとつぶやく、王太子の瞳には…
 嫉妬と憎悪が籠っていた。







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