風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

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本編

第一章 縁の揺籃(1)

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 日も大分昇ってから、瑠璃は家老座上・丹羽丹波を訪ねた。
「丹波殿、今日はどのようなお悩み相談じゃ?」
 既に着替えを済ませ、髪を結い直し上等な打掛を纏った姫君然とした出で立ちである。
 普段ならこんな重々しい衣装など滅多に纏うものでもないが、今朝は丹波がわざわざ衣装を指定していたのだ。
 相も変わらず懊悩を窺わせる面持ちの丹波は、瑠璃の姿を見出すや、徐に座礼した。
「どうもこうもございませぬ。嫌味も程々にしてくださらぬか」
 毎日毎日引きも切らぬ議論に悩まされ、すっかり憔悴している様子だ。
 大方の家中が会津を援護して抗戦すべきという姿勢を見せていたが、丹波は未だ結論を出せずにいた。
 藩主・丹羽長国は国許に居らず、筆頭家老の丹波の一言が藩是を決してしまう。
 その丹波も、まだ三十代半ば。
 他に並ぶ重臣たちは殆どがもっと年嵩であることを思えば、この若さで藩政の舵を取らねばならないのだから、悩むのも致し方ない。
「そなたも苦労が絶えぬなぁ」
 それは兎も角、と瑠璃は火鉢の傍に腰を降ろす。
「戦の相談に、わざわざこんな格好をさせずともよかろう?」
「戦……って瑠璃様。物騒な物言いはお控えくだされ」
 火鉢の上で擦り合わせていた手を止め、瑠璃は丹波を見遣る。
「なんじゃ、違うのか?」
「本日は家中の木村銃太郎を呼んでおりますのでな、くれぐれも粗暴な様をお見せになりませぬように」
「木村?」
「左様、江戸へ遊学しておったのが、つい先頃帰藩しましてな。以後は西洋流砲術師範を申しつけ、弟子を取るようにと──」
「西洋流砲術じゃと!? しかも弟子を取るのか!?」
 瑠璃は火箸を握り、灰に深々と突き立てた。
 途端に灰は舞い上がり、丹波の裃にまで降りかかる。
「……くれぐれも、粗暴な真似はお慎みくだされよ、と申し上げたはずですが」
 げほげほと大仰に顔を顰め、丹波は袖を振って灰を払いのける。が、瑠璃は構わず火箸で灰をかき混ぜた。
 昨日出会った、あの青年も似たようなことを言っていたなと思い返す。
 結局同行は叶わなかったが、向こうから城に来るのならば話は早い。
「そうか、私を呼んだのはその為か……!」
「申し上げておきますが。間違っても弟子入り志願なぞ、なさらんでくだされよ」
「ハァ? 何故じゃ? 弟子入り志願が駄目なら、そなたが私をここへ呼んだ意味がのうなってしまうじゃろ」
「ですから! 瑠璃様は丹羽家御当主の代理として、この私と共に銃太郎へ激励のお言葉を一言、そうたったの一言、差し向けてくださればそれで用済みなのです」
「よ、……用済みとは丹波殿、なかなか言うてくれるな」
 正装をさせた理由はつまり、瑠璃の武芸馬鹿を懸念して婉曲な箍をかける狙いだろう。
 新たに藩の西洋流砲術師範を申し付ける木村銃太郎に面識はないが、丹波の話によれば逸材だという。
 若手ながら剣も砲術も抜群の腕を持ち、かつ学問を好む。加えて謹厳実直な人柄ゆえに信頼も厚い──、という、絵に描いたような優秀な青年。
 その実力は藩でも一目置いているらしく、ここにいる丹波も例外ではない。
 あまりに優秀過ぎても取っ付き難そうな気がするが、誰もが認める確かな人物なら、やはり一目会ってみたいと思った。
 折よくそこへ声が掛り、来客を告げる。
「銃太郎であろう。すぐに通すが良い」
 丹波は珍しく機嫌の良い声で返す。
「して丹波殿、私は何と申せば良い?」
「瑠璃様はとりあえず黙っててくだされ。最後の最後で一言、心して励むよう一言添えてくだされば、それで充分」
「黙っ──!?」
「しーっ! もう銃太郎が来ますぞ! 淑やかに!」
「………」
 間もなくして書院の間の襖が静かに滑り、待ち人は漸くその姿を現したのだった。
 
   ***
 
「姫様、ご家老様。木村銃太郎殿をお連れ致しました」
 次いで通された銃太郎らしき大柄な青年は、部屋の外で平伏した。
「本日はご家老様直々のお招きを賜り、木村銃太郎只今まかり越しましてございます」
「おお待っておったぞ、さあ近う」
「そうそう、遠慮は要りませぬぞ銃太郎殿。隅にいたのでは寒かろ、こちらで火にあたるとよい。何なら餅でも焼こうか」
「ちょっ、何が餅です瑠璃様! 黙っとれと申し上げた傍から……!」
「まあまあ、そう固いことを申すな。私に黙っていろというのがそもそもの間違いじゃ」 
 
 
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