48 / 98
本編
第十章 心恋(4)
しおりを挟むしかしそれに頼るでは門弟たちにも示しがつかない。
銃太郎は前を塞ぐ瑠璃の肩に手を掛けた。
「瑠璃、大丈夫だ。私も大谷殿とは一度しっかり話さねばならないと思っていた」
「え? しかしこやつは私の──」
ちらと振り仰いだ瑠璃に微笑み、任せろと一つ頷く。
「おおお畏れ多くも瑠璃様に触れるとは……いや! その前に貴様、事もあろうに瑠璃様を呼び捨てるとは何事か!?」
鳴海も銃太郎には些か身丈及ばず、必然的にやや下から睨め上げてくる。
しかし怯むことはなかった。
瑠璃が長く側に置き、師事してきた人物だ。
大身でありながら、こうして中士下士を問わず別邸に招く懐の深さもある──はずだ。多分。
「大谷殿」
「何だ、遺言か」
「違いますよ!?」
得物に手を掛けじりじりと間合いを取るが、傍らの瑠璃の呆れきった様子を見れば、鳴海がそれを抜かないだろうことは確信出来た。
「大谷殿がご心配されるのは尤もです。しかし私も砲術を指南申し上げるにあたり、細心の注意を払っております。瑠璃に怪我や火傷は負わせません」
「……ほう?」
「ですのでどうか私にお任せ頂きたく、お願い申し上げます」
言い終えると同時に、銃太郎は深々と頭を下げる。
すると瑠璃も慌てて隣に並んで鳴海へ首を垂れた。
「おわわ!? 待て待て、銃太郎殿にだけ頭を下げさせるわけにはゆかぬ! わっ私からもこの通りじゃ!」
瑠璃までもが鳴海に頭を下げるとは予想していなかったが、そのまま待つこと暫し。
やがて鳴海は居住いを正し、やけに大きな溜息を吐いてから大仰な咳払いをする。
「貴様……その言い方はやめろ。なんか瑠璃様を嫁に出すみたいで非常に不愉快だ……」
「えっ、あっ!? 決してそんなつもりで言ったわけでは……!」
「当たり前だ! 瑠璃様はいずれ然るべき御方を伴侶としてお迎えするのだ、そのことを努々忘れるなよ……!」
瑠璃に免じて指南は任せる、とは言いながら、鳴海はそれとは全く方向性の異なる巨大な楔を打ち込んできたのだった。
***
大谷鳴海の別邸に向かう道すがら、助之丞は手土産を携えて松坂御門を抜けた新丁の坂を下り始めたところで、意外な人物に出会った。
この辺りは道を挟んで家中の役宅が軒を連ね、季節になれば垣根沿いに躑躅の花が咲く。
その垣根に張り付くようにしながら、忙しなく辺りを窺い歩く山岡栄治がいた。
特に日頃の付き合いは無いが、栄治も瑠璃とは随分前から面識があるようで、その名は時折話に聞こえてくる。
誰かの目を気にしている様子だが、あれではかえって人目を引くだろう。
「山岡さん」
背後から声を掛けると、双眸と口をこれでもかというほどに開いた栄治がぎこちなく振り返った。
「何してんですか。やたら挙動不審ですっっげぇ目立ってますよ……?」
「……はぁ、何だ。追手じゃなかったか」
一体何に追われているのか、垣根に背を預けて大きく息を吐き出す。
喫驚で乱れた息を整えてから、栄治は助之丞の手許を見遣る。
「お前も姫に呼ばれているのか」
「え? ああ、そうですけど。山岡さんも呼ばれてるんでしょ」
大谷家別邸はもう目と鼻の先だ。
そんな界隈でこそこそしているくらいなら、さっさと門に駆け込めば良いものを、栄治は未だ執拗に辺りの気配を探るようにしている。
「何をやらかしたんですか」
「聞いてくれるか」
「話だけなら聞きますよ、話だけならね」
「冷たい奴だな……! お前も少しは銃太郎を見倣え。俺が商家にちょっとばかり金を借りた時、あいつはわざわざ一緒に出向いてくれたんだぞ!」
そこまで聞いて、助之丞はははぁと勘を働かせる。
追手というより、その商家の督促から逃げているのだと直感した。
栄治は若くして父と死に別れて山岡家の当主となっているものの、その亡き父の代での不始末が尾を引き、今以て恤救身分の苦しい暮らしを余儀なくされている。
恤救米の高々五人扶持では立ち行かないだろうことは想像に難くない。
「金借りてんですか」
「!! ど、どうして知ってる!?」
たった今自分で話していたくせに、栄治は決まり悪そうに目を泳がせた。
「いや、今自分でそう言ったでしょ。金借りるのに銃太郎さんに付き合って貰ったって」
銃太郎は堅物だとは思うものの、面倒見の良いところがある。その実直な人柄故か周囲には慕われ、家中のみならず町人からの信頼も厚い。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる