90 / 98
本編
第二十章 身を知る雨(1)
しおりを挟む鳴海は苛々としながら家老の間にいた。
威儀を正し真向から睨み付ける先には、丹波とその腹心、羽木。
鳴海が登城すると殆ど同時に、若君の無事の帰還を知らされた。
しかし、瑠璃の所在は未だ掴めぬまま、間もなく日没を迎えようとしている。
捜索の手を更に広げるよう手配した直後、この二人を訪ったのであった。
「貴殿らがおかしなことを画策したために、瑠璃様は御心を痛められたのに相違ない!!」
丹波は兎も角、羽木は鳴海よりも七つほど年嵩であるが、構わず真っ向から荒声をぶつけたのである。
「言いがかりはお控え願いたいものですな、大谷殿」
「これは御上の御意思でもあるのだぞ。瑠璃様の御幸せを願う御上の御決断を糾弾しようとは、不遜が過ぎよう」
どう説いて肯かせたかは兎も角、事実として藩主の同意のあることが、二人の強硬な態度に拍車を掛けているらしかった。
白々しく鼻を鳴らした丹波に、鳴海は憤慨の遣り場を失い、畳を強かに打つ。
「貴殿らが殿を唆したのではないのか!? 元来殿は、瑠璃様をこそ若君の御相手にと縁組を……!」
「滅多な事を申されるな!」
憤ったのは羽木のほうである。
「今日の若君のご様子、あれは瑠璃様に起因するところが全く大きい。あのように常々気儘な御方を、若君に添わすわけにはゆかぬと判断したまでのこと」
「第一にのう、大谷。今は予断を許さぬ時勢なのだ。我が藩も決して一枚岩ではない。瑠璃様のような軽率な単純馬鹿……ゲッフォゲホォ!! ンフンッ! 誰にも耳を御貸しになる存在は、更なる亀裂を生みかねん」
若干の失言も聞こえたが、概ねじっくり諭すように丹波は言った。
加えて、羽木が嘆くような口調で言い繋ぐ。
「無闇に政争に巻き込まぬためでもござる。ゆえに、大谷殿にも御賛同頂けるものとばかり──」
「しかし、さればこそ私はですな……!」
「くどいぞ大谷! 殿と奥方との間に実の御息女がおられるのだ、瑠璃様には降嫁頂き、峰姫様を若君の御相手とするのが順当ではないか」
「! 丹波殿、その言葉は瑠璃様に対する侮辱ではないか!?」
俄かに気色ばんだ鳴海を、丹波はまあまあと軽くいなして嘆息した。
「ちと頭を冷やせ。仕える姫君を思い遣るのはおぬしの勝手だが、主君はあくまで御当代であることを忘れるでないわ」
間髪を入れずにぴしゃりと言い放つ丹波に、鳴海は歯噛みする。
丹波や羽木の言い分に対し、返す余地が無かったのである。
主君が是というものには為すすべもない。
鳴海は二人を睥睨し、徐に口を開いた。
「ならば、一つ要望がござる」
「なんだ」
「瑠璃様の師たる私が選抜する者を一人、その勝負に加えて頂きたい」
打つ手はそれしかない。
どうせ候補はこの二人の息のかかった者ばかりだろう。
鳴海の発言に、丹波は眉を上げてこちらを覗き見る。
「青山の倅も出るぞ? あれはおぬしも気に入りではなかったか?」
「左様、あれが勝ち抜くことは大いに考えられる。瑠璃様にも申し分のない相手でござろう」
ふんと鼻を鳴らす丹波の目は、どこか小馬鹿にしているようで、どうにも腹の底が煮える。
無論、助之丞本人には何の蟠りも持たないが、丹波の様子に引っ掛かりを覚えるのだ。
そもそもが瑠璃を政争から遠ざける狙いならば、青山家は不向きである。
助之丞の父であり、青山家の現当主たる助左衛門は御用人であり、その嫡子・半蔵も小納戸役だ。
父子揃って、主君に最も近い役目にある。
(丹波め、何を考えている)
じろりと丹波の様子を窺うが、涼しい眼差しが返されるのみ。
「……承服しかねる」
「っまーだ、ごねおるか。呆れた奴よ」
「私の指名による者を一人、後日候補にお加え願う」
***
銃太郎に伴われての帰城は、もう慣れたものである。
稽古終わりに城まで送り届けられるうちに、門兵も気さくに銃太郎を労うようにまでなっていた。
いつもなら内大手で別れるものが、藩校前を過ぎ、正面の箕輪門を潜ってもまだ、銃太郎が引き返す様子はない。
「銃太郎殿、もう良いぞ……?」
「そんなことを言って、また脱走されたのではたまらん。大谷殿に引き渡すまでは帰らないからな」
「だ、だいぶ信用がないの……」
「これだけ好き放題しておいて、信用があると思うほうがおかしいだろう」
「でもな? 実は丹波殿に火急の用があって──」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる