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第一章

46、心の傷

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侍従長に話があるので着替えて来るように言うと一礼して下がり、戻ってきた時に侍女2人を連れて来て寝室にむかわせた。

「あの者らは安全です。ドレスのままではゆっくり出来ませんから。」

カーティスは卒のない侍従長に微妙な表情で頷いた。

酒の入ったグラスを渡し、侍従長が出ていってからの経緯を話した。

「あんなに取り乱したユリィは見た事がない。立ち聞きして悪いがあんたとユリィの話から親しさは感じなかった。」

どちらかというと、この老侍従が後悔していただけだ。

「泣き出した後のユリィはあんたをじいと呼んで、昔からの馴染みの様だった。
どういう事だ。」

「お知りになってどうします?」

好奇心なら、何も語るつもりは無いと目が訴えていた。

「知らなければ心は守れない。」

カーティスを値踏みするように見つめた。

「·····恐らく封じ込めた記憶が甦ったのでしょう。」

「どういう意味だ?」

侍従長は1つ息をついた。

「昔話になります。
姫様がお生まれになった時、王妃は銀の髪を見て発狂し、それを聞いた陛下は会いにすら来られませんでした。
王妃の部屋から1番遠い部屋を与えられ、外に出ることを禁じ、最低限のお世話しか許されずにいました。
2年後に陛下が私に姫様を見てくるよう命じました。
初めて見た姫様は髪を梳かれもせず、お部屋の隅で泣いておられました。
私は哀れになり、その後も会いに行きました。
姫様は私をじいと呼んで懐いて下さり、一緒に遊んだり字を教えたりしていました。」

そう語る侍従長の表情は慈しみに満ちていた。

「覚えていたい記憶じゃないのか?」

カーティスには幸せな記憶だとしか思えない。

「·····姫様が5才になった時、王妃が同じ宮に居たくないと、凛星宮に移るよう言われたのです。
本来なら12で宮を賜るのです。宮を移れば王妃の御機嫌伺いの名目で、姫様と会っていた私も会えなくなります。
それを知り、姫様が泣いて拒否されたのを侍女が王妃に報告しました。
王妃は姫様を叱責ーーいえ、罵倒し何度も叩きました。」

5才の子を?カーティスには信じられなかった。

「庇った私を鞭で打ち、躾を邪魔した咎で処刑すると言い、姫様が悪い子だから私が鞭で打たれ死ぬのだ、と聞かされた姫様は気を失い高熱を出されました。」

グラスを持った手が小刻みに震えていた。

「目覚めた姫様は、私との思い出を全て失っていました。
寂しくはありましたが、王妃の仕打ちも忘れられるのならと安堵もしました。
それからは王妃の仕打ちを漏らされないよう近づく事も許されませんでした。」

カーティスは絶句した。
それなら記憶を封印するのも頷ける。
そして侍従長の顔に死を感じ、記憶の蓋が開いて混乱して、5才の頃に退行してしまったのだ。

「正直に申しますれば、姫様が幸せになれるのなら王家や貴族等どうなってもよいのです。」

立ち上がってカーティスを冷酷に見据える。

「もちろんあなた方スードもです。」



そう言って去っていく後姿をカーティスは引き攣った顔で見送った。


(ユリィが泣いたら地獄の底からでも出てくる!)







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