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どきどき★メイド生活スタート(これはトキメキではなく動悸の方)
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「遅え!!」
配膳の為の手押し車を押して部屋に入った途端に怒声が飛んでくる。いくら覚悟をしていたとはいえ、勝手にビクつく体を完全に制御する事は出来ず、手押し車の上に乗っていた食器が振動にカチャリと鳴る。
「(…怖すぎる!!!)」
ララと共に入室したトーマスは「まぁまぁ」なんて軽い言葉と態度で大きなソファーの上で寛ぐ獣もといシリウスへ声を掛けつつ、さっさと部屋中のカーテンを開けて回っている。
「(……え、待って待って待って。配膳するの私!?あそこに近付かなきゃいけないの!?)」
散らかり放題の室内を片付け出したトーマスの姿をぼうっと見ていたララはシリウスの盛大な舌打ちの音にはっと我に帰る。
「(この手押し車をそーっと…押せばなんかいい感じにあのソファーの前に勝手に行かないかな…)」
「ッチ!おい!いつまで待たせる気だ!とっととこっちに持ってこいクソ女!!」
「くっ、クソ女!?あんた、いくら貴族様だからって…!」
「グルルルル…ッ」
「申し訳ございませんご主人様。すぐに朝食の準備を致します」
恐怖に震える手足を叱咤して、ララは牙を剥き出しに唸るシリウスの前まで手押し車を押して近づくと素早く机の上に朝食の配膳をして洗濯物を回収したトーマスの後ろへとぴったりとくっつく。
「トーマスさんトーマスさんトーマスさん、私が洗濯しますのでその山をこちらにさあさあ早くどうぞすぐに洗濯室に持って行きますから!」
「おや、ララさん。しかし、朝食の後にはご主人様の身支度のお手伝いが…」
「私すっごく洗濯得意なんですよ!ええもう!それはもう!!私の手にかかればどんな汚れものだって秒ですよ秒!!!」
「うるせえ!!!人が飯食ってる時は静かにしてろクソ共!!!」
「っひぎゃ───!」
ビュンッ!
パリ───ンッ!!!
ララの頬すれすれを真白い食器がフリスビーのように飛んでいった。
♦︎
怒涛の朝食配膳を終え、トーマスを言い包めなんとかシリウスの身支度手伝いを回避したララはまだ午前中だというのに疲れ切った顔で屋敷の一階大広間に、箒をまるで杖のようにして立っていた。
「では、朝食の配膳が済みましたらお次は屋敷の清掃をお願い致します。埃を払い、箒で集め、窓と燭台と飾り物は雑巾で拭いて下さいね」
「…」
右を見れば長い廊下が続き、左を見ても長い廊下が続いている。おまけに前も後ろも果てしない。掃除を始める前から既に疲労感が凄い。
「ご主人様はあのお姿になられてから、基本的には私室から積極的に出て来られませんが、もし万が一出くわしましたら隅の方で小さくなっていて下さい」
「はい!?なんの注意なんですかそれ!?」
「ご主人様の視界に入らなければ基本的には危険ではないと思いますので」
「ねえ!もう言ってもいい!?あんたのご主人様本当に貴族の閣下!?盗賊の頭とかじゃなくって!?」
貴族相手にあんまりなララの言いようにしかし、トーマスは苦笑するだけに留める。
「…まぁ、今は普段よりも少々苛立ってらっしゃる事は確かですが」
「ゔっ」
トーマスの言葉に、自分の実母のやらかしがそもそもの原因だった事を思い出したララは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ご主人様は紛れもなく私にとって大切な、お仕えすべき伯爵閣下です」
「トーマスさんって変わってるって言われません?」
「ふふ、さて」
主人であるシリウスへの酷い言いようにも笑みを崩す事なく、けれど本心は悟らせない壁のようなものを感じるトーマスの落ち着いた姿勢に、ララはひっそりと一見優しそうだけれどあまり歯向かわない方がいい人だ、とトーマスの認識を改める。
そんなララの内心さえ見抜いていそうな笑顔のまま、トーマスはいまだ着用したままだったエプロンを脱ぐと、てきぱきとララへ掃除について説明を再開する。
「なにせお一人なので大変手間だとは思いますが、特段難しい事はないかと。私は別の仕事へ移りますが、何かご質問はございますか?」
「あー…ちなみに範囲はこの玄関ホールだけですか?」
「あははは、まさか」
「で、ですよね~あはは~…」
「あははは」
「あはは、は……」
ひくり。ララの口端が引き攣る。
「…一階全部ですか?」
「勿論、こちらの玄関ホール含め一階全て。と、上階もです」
「は?」
笑顔のままトーマスが指差す先には、柔らかそうな絨毯が敷かれた階段。そういえば突然この屋敷の玄関ホールに魔法によって連れてこられたララは屋敷の外観を見ていなかったが、一般知識として持っている貴族の屋敷の平均外観を思い出してくらりと目眩を覚えた。そして遠くへ行きたがる意識を必死に鷲掴むとすかさずトーマスへ意見した。
「捨てましょう。二階以上は捨てましょう」
「はい?」
「台所も洗濯室も、伯爵閣下の私室も一階でしたよね。一階だけでとりあえず三人分の生活は出来てますよねそうですよね、ね。母が戻ってきたら魔法で隅々までピカピカに磨き上げる事をここに誓うのでそれまでは二階以上は無きものとさせて下さいお願いします」
「…ま、まぁ壊れて危ない箇所もありますからね。では、二階以上の清掃と損傷を受けている箇所の修理も魔女にしていただくということに致しましょう」
「トーマスさん…!ありがとうございます!精一杯玄関ホールの清掃に力を尽くします!」
「一階全てですよ」
「…」
「あ、あと洗濯物がお得意なんですよね。では先ほど回収したこちらもお願い致します。いやぁ、洗濯もララさんに頼めるなら、私の仕事も楽になります」
にこにこと笑いながら洗濯物がぎゅうぎゅうに積まれた袋をどさりとララの足元に置くトーマスに、ララは簡単に出鱈目を言うものではないとこの日学んだ。
配膳の為の手押し車を押して部屋に入った途端に怒声が飛んでくる。いくら覚悟をしていたとはいえ、勝手にビクつく体を完全に制御する事は出来ず、手押し車の上に乗っていた食器が振動にカチャリと鳴る。
「(…怖すぎる!!!)」
ララと共に入室したトーマスは「まぁまぁ」なんて軽い言葉と態度で大きなソファーの上で寛ぐ獣もといシリウスへ声を掛けつつ、さっさと部屋中のカーテンを開けて回っている。
「(……え、待って待って待って。配膳するの私!?あそこに近付かなきゃいけないの!?)」
散らかり放題の室内を片付け出したトーマスの姿をぼうっと見ていたララはシリウスの盛大な舌打ちの音にはっと我に帰る。
「(この手押し車をそーっと…押せばなんかいい感じにあのソファーの前に勝手に行かないかな…)」
「ッチ!おい!いつまで待たせる気だ!とっととこっちに持ってこいクソ女!!」
「くっ、クソ女!?あんた、いくら貴族様だからって…!」
「グルルルル…ッ」
「申し訳ございませんご主人様。すぐに朝食の準備を致します」
恐怖に震える手足を叱咤して、ララは牙を剥き出しに唸るシリウスの前まで手押し車を押して近づくと素早く机の上に朝食の配膳をして洗濯物を回収したトーマスの後ろへとぴったりとくっつく。
「トーマスさんトーマスさんトーマスさん、私が洗濯しますのでその山をこちらにさあさあ早くどうぞすぐに洗濯室に持って行きますから!」
「おや、ララさん。しかし、朝食の後にはご主人様の身支度のお手伝いが…」
「私すっごく洗濯得意なんですよ!ええもう!それはもう!!私の手にかかればどんな汚れものだって秒ですよ秒!!!」
「うるせえ!!!人が飯食ってる時は静かにしてろクソ共!!!」
「っひぎゃ───!」
ビュンッ!
パリ───ンッ!!!
ララの頬すれすれを真白い食器がフリスビーのように飛んでいった。
♦︎
怒涛の朝食配膳を終え、トーマスを言い包めなんとかシリウスの身支度手伝いを回避したララはまだ午前中だというのに疲れ切った顔で屋敷の一階大広間に、箒をまるで杖のようにして立っていた。
「では、朝食の配膳が済みましたらお次は屋敷の清掃をお願い致します。埃を払い、箒で集め、窓と燭台と飾り物は雑巾で拭いて下さいね」
「…」
右を見れば長い廊下が続き、左を見ても長い廊下が続いている。おまけに前も後ろも果てしない。掃除を始める前から既に疲労感が凄い。
「ご主人様はあのお姿になられてから、基本的には私室から積極的に出て来られませんが、もし万が一出くわしましたら隅の方で小さくなっていて下さい」
「はい!?なんの注意なんですかそれ!?」
「ご主人様の視界に入らなければ基本的には危険ではないと思いますので」
「ねえ!もう言ってもいい!?あんたのご主人様本当に貴族の閣下!?盗賊の頭とかじゃなくって!?」
貴族相手にあんまりなララの言いようにしかし、トーマスは苦笑するだけに留める。
「…まぁ、今は普段よりも少々苛立ってらっしゃる事は確かですが」
「ゔっ」
トーマスの言葉に、自分の実母のやらかしがそもそもの原因だった事を思い出したララは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ご主人様は紛れもなく私にとって大切な、お仕えすべき伯爵閣下です」
「トーマスさんって変わってるって言われません?」
「ふふ、さて」
主人であるシリウスへの酷い言いようにも笑みを崩す事なく、けれど本心は悟らせない壁のようなものを感じるトーマスの落ち着いた姿勢に、ララはひっそりと一見優しそうだけれどあまり歯向かわない方がいい人だ、とトーマスの認識を改める。
そんなララの内心さえ見抜いていそうな笑顔のまま、トーマスはいまだ着用したままだったエプロンを脱ぐと、てきぱきとララへ掃除について説明を再開する。
「なにせお一人なので大変手間だとは思いますが、特段難しい事はないかと。私は別の仕事へ移りますが、何かご質問はございますか?」
「あー…ちなみに範囲はこの玄関ホールだけですか?」
「あははは、まさか」
「で、ですよね~あはは~…」
「あははは」
「あはは、は……」
ひくり。ララの口端が引き攣る。
「…一階全部ですか?」
「勿論、こちらの玄関ホール含め一階全て。と、上階もです」
「は?」
笑顔のままトーマスが指差す先には、柔らかそうな絨毯が敷かれた階段。そういえば突然この屋敷の玄関ホールに魔法によって連れてこられたララは屋敷の外観を見ていなかったが、一般知識として持っている貴族の屋敷の平均外観を思い出してくらりと目眩を覚えた。そして遠くへ行きたがる意識を必死に鷲掴むとすかさずトーマスへ意見した。
「捨てましょう。二階以上は捨てましょう」
「はい?」
「台所も洗濯室も、伯爵閣下の私室も一階でしたよね。一階だけでとりあえず三人分の生活は出来てますよねそうですよね、ね。母が戻ってきたら魔法で隅々までピカピカに磨き上げる事をここに誓うのでそれまでは二階以上は無きものとさせて下さいお願いします」
「…ま、まぁ壊れて危ない箇所もありますからね。では、二階以上の清掃と損傷を受けている箇所の修理も魔女にしていただくということに致しましょう」
「トーマスさん…!ありがとうございます!精一杯玄関ホールの清掃に力を尽くします!」
「一階全てですよ」
「…」
「あ、あと洗濯物がお得意なんですよね。では先ほど回収したこちらもお願い致します。いやぁ、洗濯もララさんに頼めるなら、私の仕事も楽になります」
にこにこと笑いながら洗濯物がぎゅうぎゅうに積まれた袋をどさりとララの足元に置くトーマスに、ララは簡単に出鱈目を言うものではないとこの日学んだ。
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