悪恋〜ヴィランに恋する乙女の短篇集〜

KUZUME

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第4篇 人類よ!跪いて愛を歌え!

第2話 ①

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 今日も今日とて美味しいごはんがある所、悪の組織の怪人達が現れては地球を征服しようと暴れ回る。
 しかし5人のスーパーヒーロー達が美味しいごはんを守る為、僕らの地球を守る為に立ちはだかる!
 戦え!僕らのスーパーヒーロー!この世に悪が蔓延る事はない!



♦︎



 「っは───!!ダークナイト様…今日も百点満点花丸満開…!うっ…あまりの尊さに涙で前が見えない…」
 「げーげっげっ!」
 「わかる…っ!ダークナイト様のあのマントの翻し方神がかってるよね!風さえもダークナイト様の麗しさに魅了されてるよ…っ」
 「げーっ!げーっ!」
 「えっ、本当に!?あのマント貴方がお手入れしてるの!?うそ!!いいなー!!私もダークナイト様のマントと言わず身につける鎧も衣もお手入れしたいっ!!」
 「げーげっ!」

 悪の組織の大幹部が1人、暗黒騎士のダークナイトがレッド達地球のスーパーヒーローと大立ち回りを繰り広げる全国お肉フェスティバルの会場の端、大勢の怪人達がやんややんやと暗黒騎士の応援をしている輪の中に1人、地球人のOL田中嵐虎たなからんこは両手に持ったお手製の応援うちわを振って怪人達と共に暗黒騎士に黄色い声援を送っていた。

 「きゃあああ!女性が1人怪人に捕まって泣いてるわよ!?」

 全国お肉フェスティバルを訪れ、悪の組織の襲撃にあった人々の間から悲鳴が上がる。その声に反応して剣をぶつけ合っていたレッドとダークナイトがハッとして注意を互いから怪人達へ移す。

 「なんだって!?卑怯な…っ!」
 「人質だと!?くそ、怪人共め、また勝手を…!」

 全員お揃いの悪の組織の超技術を駆使した一般戦闘服である全身タイツを着込んだ怪人達の中心で、うちわを無言で振り回し歯を食いしばって涙を流す地球人の女性の姿に、レッドもダークナイトもぽかんと動きを止める。

 「うっ…!絶対今目が合ってる…!これは絶対!絶対だから…っ!うっ、うっ…ううううう!」

 思いがけぬ突然のダークナイトのファンサ(振り向いただけ)に、嵐虎は言葉もなく膝から崩れ落ちて涙を流す。

 「くっ、また貴様か…!くそっ!」
 「あっ、あのお姉さんは前にも捕まってた…捕まってたか?」
 「えっ?うーん…どうだったべか…」
 「ああ!あのうちわの姉ちゃん!」
 「小僧共!しばし待っているがいい!」
 「あっ!ダークナイトあいつあのお姉さんの所に…!」
 「ダークナイトめ、何をする気なの!?」

 レッド達と距離を取ったダークナイトが、舌打ちを一つすると怪人達の元へ向かって地を蹴る。
 レッド達が一般人に被害が出てしまう!と慌てるも時すでに遅く、ダークナイトは未だ膝を着いて泣き崩れる嵐虎へその指先まで鎧に覆われた大きな掌を向ける。

 「っ!?」
 「貴様、嵐虎と言ったか!全くいつもいつも!淑女が地面に直接膝を着くな!!汚れるだろうが!!これを使え!!!」
 「ひっ!ひえっ…!」

 ダークナイトはその大きな手で嵐虎の腕を存外優しく掴むと立ち上がらせて懐から取り出したこれまた真っ黒なハンカチを押し付ける。

 「………っっっ!!!??」
 「怪人共!女に土をつけるような無様は晒すな!!」

 ダークナイトは嵐虎が自分の足でしっかりと立っている事を確認すると、嵐虎の周囲の怪人達を叱り飛ばしてからレッド達の前へと瞬時に戻り何事も無かったかのように大剣を振り回す。

 「……あ、あ…さわっ、ハンカチ…あ、ていうか、なま…っ!?」
 「げーっ!げげっ!」
 「今日も無事にときめきで死亡……」
 「げーっ!?」

 ダークナイトに手渡されたハンカチを握り締めて、涙で濡れた顔のまま酷く満足そうで穏やかな表情をした嵐虎がときめきの限界点を突破し後ろへ向かって倒れる──かと思いきや、いつの間にか傍へやって来ていたピンクがその肩を支える。

 「ちょっとお姉さん!しっかりするっぺよ!」
 「………はっ!?ダークナイト様に名前を呼ばれる夢を見たわっ!?」
 「現実だべ。気をしっかり持って欲しいっぺ」
 「現実…!?うっ、ううう…!うううううう!!!」
 「おっ、お姉さん、とりあえず捕まっとらんなら、勘違いすっぺからこっちさ来てけろ」
 「ダッ、ダークナイト様あああ!好きですううう!!」

 嬉しさからか涙といわず鼻水涎で顔中をべしょべしょにした嵐虎がピンクに引き摺られて怪人達の輪から抜け出る。
 レッドとダークナイトが火花を散らして激しい剣の応酬を繰り広げているのを横目に、ピンクは嵐虎を庇護すべき地球人としてそっと肩を抱いて宥める。

 「うっ…!ダークナイト様の御心の深さ広さよ…!正しく母なる海…!ところで新しいハンカチをお贈りするので、このハンカチは!このハンカチは私が貰っても許されるでしょうか…!?」
 「えっ、えー…いいんじゃ、ねっぺか?」
 「うわああああん!!!ありがとうございますぅぅぅ!!!」
 「…あのー、お姉さんは、あの敵の幹部が好きなんだべ?」

 ピンクの控え目かつ的確な指摘に嵐虎は涙を引っ込めて叫ぶと首まで真っ赤にして狼狽える。

 「ええっ!!?どっどっどっどうしてそれをっ…そ、それも地球の超パワーってやつなんですか…!?」
 「いやー…お姉さん分かりやす過ぎっぺ…」

 頬に両手を添えて、湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にさせた嵐虎に、ピンクも年頃の少女として純粋に疑問が湧いて尋ねる。

 「そもそもお姉さんはどうすてダークナイトの事知ったんだべ?」
 「きゃー!聞いてくれる!?あれは数ヶ月前…仕事のストレスで何もかもが嫌になって会社を爆発させてやろうとダイナマイトを巷で噂の悪の組織から盗んだ時のこと…」
 「待って既に情報が多過ぎる」

 ほわん、ほわん、ほわわわ~ん



 ♦︎



 「うっ、うっ…会社なんて爆発すればいいんだ…!」

 雨の降る薄暗い路地で、嵐虎は大粒の涙を流して1人トボトボと歩いていた。
 可愛らしいエナメルのパンプスは、片方のヒールが折れて嵐虎の気持ちを酷く惨めにさせる。
 大学卒業と共に入社した会社で、嵐虎は若輩者ながらも先輩に師事しながら時にミスをし時に褒められ一所懸命に頑張ってきた。
 けれど、重なる残業。理不尽な叱責。取れない有給休暇に全てにおいて先輩を立てないといけない年功序列社会。あと毎日の満員電車。

 「もっ!もう嫌ああああ゛あ゛あ゛…!!」

 遂に嵐虎は水溜りの中に膝をついて泣き崩れる。
 路地を通る人はまばらとはいえ居るのに、誰1人として嵐虎に手を差し伸べる者はいない。

 「なんで…なんでっ先輩より先に帰っちゃいげないの゛…!!私の仕事は終わったもんんん!!っていうか部長は2週間夏休み取るのに、なんで私は分割なの…!!!」

 嵐虎の悲痛な叫びが雨の中に響く。

 「就業時間の1時間前出勤が暗黙の了解ってなに!!!仕事が分からないなら聞いてねって言うくせに聞くと切れるのなに!!!お昼休憩をせっまい休憩室で一緒に取らなきゃいけないのも苦痛!!!来社のインターホンと外電の早取競争も意味不明!!!誰か手が空いてる人が都度都度取ればいいじゃんんんんん!!!!!うあああああああん!!!!!」

 まばらだった人の通りは、賑やかで明るい大通りへと消えていた。

 「ていうか!ていうか…!あのくそはげ豚野郎…っ!!なーにが〝嵐虎って随分いかつい名前だね(笑)〟だ!人の名前にけちつけるんじゃないわよ!!!モラハラよモラハラあああ!!私だって漢字がいかついの気にしてるのにいいいいいいい!!!!」

 コロン、と前屈みに地面に両手をついた拍子に嵐虎の懐からこぼれた物が嵐虎の手に当たる。
 映画の中で見たようなダイナマイトと、鈍く光るジッポライター。

 「……うっ、うっ…ひっく…」

 それらを両手に取ると、嵐虎はふらふらと立ち上がる。

 「…ふ、ふふ…!これで、あの会社を爆発させてやるんだ…!会社が爆発したら、仕事に行かなくてもいいんだ…!!」

 嵐虎は狂気に爛々と目を光らせる。
 カチリとジッポライターの蓋を開けて、親指を掛け──

 「やめろっっ!!!」
 「えっ!?」

 冷たい金属の感触がジッポライターごと嵐虎の手を掴んだ。
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