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第8篇 as long as you love me
第10話
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「…ぜっ、はあっ!…ひぃ…」
「ほら、頑張れー。ゴールまだ先だぞー」
「わかっ、て…はぁっ!…るっ!…ぜぇっ、はぁっ…」
長く急勾配の坂道を登る。
辺りはすっかり陽が落ちて真っ暗だが、アッサムの魔法で2人の周囲にはふわふわと炎の精を模した灯りが舞い踊り足元をしっかりと照らしてくれている。
2人は、星の降る丘を目指して暗い道を歩いていた。
ペコの荒い息遣いはするが、2人の間に会話らしい会話はなく、ただ丘の天辺を目指して足を動かす。1歩1歩、前へ前へ。
流れ落ちる汗をぬぐい、ペコは前を向く。
この旅が始まった時から、ペコには1つだけ決めていたことがあった。
♦︎
丘の天辺に辿り着いた2人は、並んでそこに寝そべる。
短い芝生がちくちくと時折頬を刺すが、それも気にならないほどに目の前、頭上に広がる景色は壮観だった。
まるでアッサムの髪の色のように艶々とした深い夜の闇に、夜空を覆い尽くすほどの数えきれないほどの星々が煌めいている。
そしてそんな星々の間をひっきりなしに流れ星が落ちてくる。
まるで宇宙に放り込まれたような光景がそこに広がっていた。
「………綺麗ね」
ほう、とため息を吐く。
あまりの美しさに、言葉が出なかった。
2人はそれから暫く、ただ無言で星の降る夜空をじっと見上げていた。
途中でペコの手が、ペコの手よりも一回り以上大きなアッサムの手に包まれた。
不快ではなかった。ペコを騙した手、いずれその命を奪っていく手なのに、むしろその手に包まれて心底から安心を覚えていた。
いつからだったかな、とペコは夜空を眺めながら考える。いつから隣を歩くことが嫌じゃなくなったか、嫌味の応酬を楽しく思い始めたか、美しい光景を共に見ることが嬉しくなったか、おやすみのキスを額にくれることが習慣になったか、この旅が、終わらなければいいのにと思うようになったか。
「…ねぇ、アッサム」
瞳に落ちる星々を閉じ込めたまま、ペコは隣のアッサムに話しかける。
「なんだい?」
「あのね、私この旅を始めた時から1つだけ、決めてたことがあったの」
「…」
アッサムは夜空から目を離し、顔を横に向ける。見つめた先のペコはまだ、真っ直ぐに夜空を見上げている。
「私ね、旅の終わりは、星の降る丘って決めてたのよ」
「…それはまた、突然だね。あんたの言う星の降る丘ってまた別の所?それとも、」
「ここだよ。この丘」
ペコもゆっくりと顔を横に向ける。
お互いの瞳に、星が映り込んできらきらと光る。
「…私、アッサムと色んな所を回って沢山素晴らしい光景を見て、楽しい経験をした。毎日が新しくて、嬉しいことばっかりで、楽しかったなぁ…幸せな旅だったなぁって、本当に心の底から思うよ。それもこれも全部、アッサムの素敵な魔法のおかげ。アッサムが私の1つ目のお願いを叶えてくれたおかげ」
「…もう旅が終わってしまったみたいに言うんだね。まだ旅は途中だろう?ご主人様の1つ目の願い事は、まだ叶え切っていないよ」
「ううん。旅の終わりには着いたのよ。ここが、私の、私達の旅の終わりよ」
アッサムは一度繋いでいたペコの手を離すと、上半身を起こしてずりずりと芝生の上を這ってペコの体をすっぽりと丸ごと抱き締める。
ペコも上半身を少し浮かせて、アッサムの背中に手を回す。
ペコが服に皺が出来るほどぎゅうぎゅうと抱きつけば、アッサムもまたペコの後頭部に回した手に力を込めて、ペコの頭を胸にきつく押し付けた。
「…ペコ。少し話をしていいかい?」
「ええ、勿論」
「始めはね、あんたのこと、具体的な願い事も出来ない面倒な子供だなって思ってたんだ。あと純粋無垢。そういう人間って大体願い事を決めるのに時間がかかるから、まあ今回も気長にやるかってただそう思っただけだった」
「うん」
アッサムの話に相槌を返すペコの声に、鼻を啜る音が混ざる。
「でもまさか、私もこんなに何年も何年も、1人の人間の1つの願いを叶え続けるとは思ってなかった。本当はさ、いつだって飽きた時に適当に言い包めてとっとと契約を終わらせようとも思ってたし、そうすることが出来た」
「…最初の契約がまず詐欺だったもんね。アッサムになら、きっと簡単だったね、子供の私を騙して契約を終わらせることなんて」
「うん。でもしなかった。なんでか、分かる?」
「…っ、アッサムも、この旅を楽しんでくれてたって、思ってもいい?」
「………ああ。楽しかったし、幸せだった。ご主人様と、ペコと沢山の所を巡って」
アッサムの胸に、温かい何かがじんわりと広がる。滲んだペコの涙だった。
「アッサム。私もね、最初は貴方のこと大嫌いだった。子供相手に騙すし、嫌味も絶えないし、あんたみたいなのと旅がしたかったわけじゃない!って…でも今はね、お母さんにとってのお父さんが、私にとっては貴方だった」
ペコはずずっと一度大きく鼻を啜ると、アッサムの胸から顔をあげた。
「私は全部忘れて、失くして死んじゃうけど、でも、アッサムは覚えていてね。…アッサム、私の3つ目の願い事は──」
「待て!!!」
ぐっとペコが決意を込めて口を開いた時、アッサムの口から咄嗟に出たのはペコを引き留める言葉だった。
「待て、待ってくれペコ。まだたったの数年だ。まだまだこの世界には行ったことのない国も、見たことのない素晴らしい光景がある!まだ2人で旅しよう。終わるなんてまだ早いよ!それに、ほら、あの母親のことはどうする?今ペコが3つ目の願い事を叶えたら死んでしまう。ね?ペコ、もうちょっとだけ、2人で─」
「駄目よ、アッサム」
アッサムの口に、ペコの手が触れる。
「これ以上は、貴方を苦しめるだけだもの」
「ペコ…?」
「愛してるわ、私のランプの魔人。何もかも失くす覚悟は出来ても、この想いを失うことだけは、怖いね」
ペコが柔らかく微笑んだまま、目の端に涙の跡を残したまま、ゆっくりと口を動かす。
「ランプの魔人、アッサムを自由に」
「──っ!?」
瞬間、光が弾け飛んだ。
♦︎
「──っ!?ぐっ、う…あああっ!!!」
アッサムの視界が光に焼ける。
内臓が焦げ付くように熱く、ガンガンと頭が痛む。耳は酷い耳鳴りが鳴り、自分が立っているのか倒れているのか、意識を保っているのか失っているのかも分からない。
アッサムの魂を蝕むようなそれは、唐突に終わった。
音が戻り、芝生の上に横たわっている感覚が蘇り、そして目はしっかりと夜空から降る星を捉えている。
「はぁっ…はぁっ…なん、なんだったんだ…!?」
自分の感覚を確かめていたアッサムはハッとして腕の中の存在に目を遣る。
「そうだ、ペコ、ペコ!…ペコ?」
アッサムの腕の中にしっかり抱かれているペコの体は、ぐたりと力を失い瞼を固く閉ざしている。
「…ペコ?ペコ!!ぺ…っ」
「あっはははははは!!!」
「!?」
突然、2人だけの静かな空間に耳が痛くなるようなこの場に似つかわしくない笑い声が響く。
まるで始めからそこに居たかのように、ペコのことを真上から覗き込むようにして立つ青年、ル・グーが居た。
「お、まえ…」
「うわ、ほんとに死んでる!あっはは!まさかこんな簡単に3つ目の願い事をしちゃうとは!もっと色々考えてたのにーいっ!」
「お前、何をした!ル・グー!!」
「やだなぁ。僕はこの人間には直接何かはしてないよ。言ったでしょ、手は出さないって。ただちょーっと、僕が造った呪いの人形が彼女にどんな影響を与えたのかは分からないけどぉ」
「!」
──パチン!
アッサムの手元に宿に預けていたペコのリュックが落ちる。中を手荒くひっくり返せば、コロリと転がり落ちてきたのはいつかの猿の人形。
アッサムが目の色を変えてその人形を引っ掴めば、人形はケタケタケタケタと目の前の青年と似たような笑い声で笑い出した。
「うーん、僕言ってなかったっけ。これちょっと厄介な呪いの人形だよって。ちょーっと持ち主の夢に干渉して有る事無い事言っちゃうんだけど…あれ?もしかして言ってない!?ごめーん、でも必ず説明しなきゃいけない義務は僕にはないしさぁ、ふふ」
アッサムの人形を掴む手に無意識に力が篭もる。
「んー?なんかどっかで聞いたようなセリフだなぁ…ああ、そっか!君達ランプの魔人がよく似たような事言って魔法の契約してるよね!人間と!」
答えないアッサムを気にせず、ル・グーはペラペラと舌を動かす。
「ん?なんだって?ふんふん…その人形が言うにはねぇ、君の可愛いペコちゃんに夜な夜なお喋りしてたんだって!ランプの魔人はランプに縛られて泣いてるとか、人間との1つの契約が長引くとランプの魔人自体がなんらかのペナルティ受けちゃうとか、ランプの魔人でい続けるのは不幸だ!ランプの魔人を自由にしてやれ!とか。ま、その内容は嘘だけど」
「…」
ル・グーの口がニンマリと孤を描く。ル・グーはアッサムの足元に落ちていたひしゃげた古ぼけたランプを拾い上げる。
「ランプの魔人から、自由になった気分はどーお?」
ぐしゃり。アッサムの手が人形を粉々に粉砕する。
「…うるせえ。消えろ、悪魔」
「もう君から人間の魂を卸して貰えないのは悲しいけど、僕のお気に入りの君のそんな表情が見れて嬉しいよ。悪魔も中々、暇なんだよねぇ。僕を殺したいならどうぞ追っ掛けておいで。そしたら鬼ごっこしようね」
「消えろ!」
「はいはーい。あ、もう君が別に望んでなかった自由の身になったわけだけど、最後にその人間のお代回収するのは忘れないようにね。契約違反で君がお叱りを受けちゃうのは嫌だからねっ」
音も煙もたてずにル・グーの姿が掻き消える。
その姿を追うこともせずに、アッサムは腕の中で眠るように息絶えているペコの顔をじっと見つめる。
するとにわかにペコの体がうっすらと白く輝きだす。それは次第に強く大きくなり、1つの丸い塊となってペコの体から浮き上がる。
ふわふわと、ぽわぽわと、淡く光る球体がアッサムの顔の前に浮いている。ペコの魂だった。
「…あんたはもう、覚えてないんだな。私と一緒に旅をしたことも、沢山の美しい光景を見たことも」
そっとペコの魂に顔を寄せて、キスをする。
いつもしていたように、おやすみのキスを。
自由な魔人になっても、人間を生き返らせることは出来ない。もう何もしてやれない。ペコを笑わせることも、楽しませることも、幸せにしてやることも。
──パチン!
アッサムの指先がいつものように軽快な音を鳴らす。
するとふわふわと漂っていたペコの魂が光り輝き、丸い球体から徐々に姿を変えていく。
ただの淡く光る球体だったものは、やがてアッサムの肩に乗るほどの小ささの、淡く光る小鳥になった。
「…あんたを生き返らせることも、お代として回収したものも全部返せないけど、あんたの魂はこの私のものだよ」
小鳥の姿に変わったペコの魂は、ピィと鳴く。
「旅をしよう。美しい光景を見よう。沢山の街へ行こう」
期限は、そうだな。
アッサムは小鳥に向けて囁く。
「あんたが私のことを愛している限り、ずっとだ」
【as long as you love me】完
「ほら、頑張れー。ゴールまだ先だぞー」
「わかっ、て…はぁっ!…るっ!…ぜぇっ、はぁっ…」
長く急勾配の坂道を登る。
辺りはすっかり陽が落ちて真っ暗だが、アッサムの魔法で2人の周囲にはふわふわと炎の精を模した灯りが舞い踊り足元をしっかりと照らしてくれている。
2人は、星の降る丘を目指して暗い道を歩いていた。
ペコの荒い息遣いはするが、2人の間に会話らしい会話はなく、ただ丘の天辺を目指して足を動かす。1歩1歩、前へ前へ。
流れ落ちる汗をぬぐい、ペコは前を向く。
この旅が始まった時から、ペコには1つだけ決めていたことがあった。
♦︎
丘の天辺に辿り着いた2人は、並んでそこに寝そべる。
短い芝生がちくちくと時折頬を刺すが、それも気にならないほどに目の前、頭上に広がる景色は壮観だった。
まるでアッサムの髪の色のように艶々とした深い夜の闇に、夜空を覆い尽くすほどの数えきれないほどの星々が煌めいている。
そしてそんな星々の間をひっきりなしに流れ星が落ちてくる。
まるで宇宙に放り込まれたような光景がそこに広がっていた。
「………綺麗ね」
ほう、とため息を吐く。
あまりの美しさに、言葉が出なかった。
2人はそれから暫く、ただ無言で星の降る夜空をじっと見上げていた。
途中でペコの手が、ペコの手よりも一回り以上大きなアッサムの手に包まれた。
不快ではなかった。ペコを騙した手、いずれその命を奪っていく手なのに、むしろその手に包まれて心底から安心を覚えていた。
いつからだったかな、とペコは夜空を眺めながら考える。いつから隣を歩くことが嫌じゃなくなったか、嫌味の応酬を楽しく思い始めたか、美しい光景を共に見ることが嬉しくなったか、おやすみのキスを額にくれることが習慣になったか、この旅が、終わらなければいいのにと思うようになったか。
「…ねぇ、アッサム」
瞳に落ちる星々を閉じ込めたまま、ペコは隣のアッサムに話しかける。
「なんだい?」
「あのね、私この旅を始めた時から1つだけ、決めてたことがあったの」
「…」
アッサムは夜空から目を離し、顔を横に向ける。見つめた先のペコはまだ、真っ直ぐに夜空を見上げている。
「私ね、旅の終わりは、星の降る丘って決めてたのよ」
「…それはまた、突然だね。あんたの言う星の降る丘ってまた別の所?それとも、」
「ここだよ。この丘」
ペコもゆっくりと顔を横に向ける。
お互いの瞳に、星が映り込んできらきらと光る。
「…私、アッサムと色んな所を回って沢山素晴らしい光景を見て、楽しい経験をした。毎日が新しくて、嬉しいことばっかりで、楽しかったなぁ…幸せな旅だったなぁって、本当に心の底から思うよ。それもこれも全部、アッサムの素敵な魔法のおかげ。アッサムが私の1つ目のお願いを叶えてくれたおかげ」
「…もう旅が終わってしまったみたいに言うんだね。まだ旅は途中だろう?ご主人様の1つ目の願い事は、まだ叶え切っていないよ」
「ううん。旅の終わりには着いたのよ。ここが、私の、私達の旅の終わりよ」
アッサムは一度繋いでいたペコの手を離すと、上半身を起こしてずりずりと芝生の上を這ってペコの体をすっぽりと丸ごと抱き締める。
ペコも上半身を少し浮かせて、アッサムの背中に手を回す。
ペコが服に皺が出来るほどぎゅうぎゅうと抱きつけば、アッサムもまたペコの後頭部に回した手に力を込めて、ペコの頭を胸にきつく押し付けた。
「…ペコ。少し話をしていいかい?」
「ええ、勿論」
「始めはね、あんたのこと、具体的な願い事も出来ない面倒な子供だなって思ってたんだ。あと純粋無垢。そういう人間って大体願い事を決めるのに時間がかかるから、まあ今回も気長にやるかってただそう思っただけだった」
「うん」
アッサムの話に相槌を返すペコの声に、鼻を啜る音が混ざる。
「でもまさか、私もこんなに何年も何年も、1人の人間の1つの願いを叶え続けるとは思ってなかった。本当はさ、いつだって飽きた時に適当に言い包めてとっとと契約を終わらせようとも思ってたし、そうすることが出来た」
「…最初の契約がまず詐欺だったもんね。アッサムになら、きっと簡単だったね、子供の私を騙して契約を終わらせることなんて」
「うん。でもしなかった。なんでか、分かる?」
「…っ、アッサムも、この旅を楽しんでくれてたって、思ってもいい?」
「………ああ。楽しかったし、幸せだった。ご主人様と、ペコと沢山の所を巡って」
アッサムの胸に、温かい何かがじんわりと広がる。滲んだペコの涙だった。
「アッサム。私もね、最初は貴方のこと大嫌いだった。子供相手に騙すし、嫌味も絶えないし、あんたみたいなのと旅がしたかったわけじゃない!って…でも今はね、お母さんにとってのお父さんが、私にとっては貴方だった」
ペコはずずっと一度大きく鼻を啜ると、アッサムの胸から顔をあげた。
「私は全部忘れて、失くして死んじゃうけど、でも、アッサムは覚えていてね。…アッサム、私の3つ目の願い事は──」
「待て!!!」
ぐっとペコが決意を込めて口を開いた時、アッサムの口から咄嗟に出たのはペコを引き留める言葉だった。
「待て、待ってくれペコ。まだたったの数年だ。まだまだこの世界には行ったことのない国も、見たことのない素晴らしい光景がある!まだ2人で旅しよう。終わるなんてまだ早いよ!それに、ほら、あの母親のことはどうする?今ペコが3つ目の願い事を叶えたら死んでしまう。ね?ペコ、もうちょっとだけ、2人で─」
「駄目よ、アッサム」
アッサムの口に、ペコの手が触れる。
「これ以上は、貴方を苦しめるだけだもの」
「ペコ…?」
「愛してるわ、私のランプの魔人。何もかも失くす覚悟は出来ても、この想いを失うことだけは、怖いね」
ペコが柔らかく微笑んだまま、目の端に涙の跡を残したまま、ゆっくりと口を動かす。
「ランプの魔人、アッサムを自由に」
「──っ!?」
瞬間、光が弾け飛んだ。
♦︎
「──っ!?ぐっ、う…あああっ!!!」
アッサムの視界が光に焼ける。
内臓が焦げ付くように熱く、ガンガンと頭が痛む。耳は酷い耳鳴りが鳴り、自分が立っているのか倒れているのか、意識を保っているのか失っているのかも分からない。
アッサムの魂を蝕むようなそれは、唐突に終わった。
音が戻り、芝生の上に横たわっている感覚が蘇り、そして目はしっかりと夜空から降る星を捉えている。
「はぁっ…はぁっ…なん、なんだったんだ…!?」
自分の感覚を確かめていたアッサムはハッとして腕の中の存在に目を遣る。
「そうだ、ペコ、ペコ!…ペコ?」
アッサムの腕の中にしっかり抱かれているペコの体は、ぐたりと力を失い瞼を固く閉ざしている。
「…ペコ?ペコ!!ぺ…っ」
「あっはははははは!!!」
「!?」
突然、2人だけの静かな空間に耳が痛くなるようなこの場に似つかわしくない笑い声が響く。
まるで始めからそこに居たかのように、ペコのことを真上から覗き込むようにして立つ青年、ル・グーが居た。
「お、まえ…」
「うわ、ほんとに死んでる!あっはは!まさかこんな簡単に3つ目の願い事をしちゃうとは!もっと色々考えてたのにーいっ!」
「お前、何をした!ル・グー!!」
「やだなぁ。僕はこの人間には直接何かはしてないよ。言ったでしょ、手は出さないって。ただちょーっと、僕が造った呪いの人形が彼女にどんな影響を与えたのかは分からないけどぉ」
「!」
──パチン!
アッサムの手元に宿に預けていたペコのリュックが落ちる。中を手荒くひっくり返せば、コロリと転がり落ちてきたのはいつかの猿の人形。
アッサムが目の色を変えてその人形を引っ掴めば、人形はケタケタケタケタと目の前の青年と似たような笑い声で笑い出した。
「うーん、僕言ってなかったっけ。これちょっと厄介な呪いの人形だよって。ちょーっと持ち主の夢に干渉して有る事無い事言っちゃうんだけど…あれ?もしかして言ってない!?ごめーん、でも必ず説明しなきゃいけない義務は僕にはないしさぁ、ふふ」
アッサムの人形を掴む手に無意識に力が篭もる。
「んー?なんかどっかで聞いたようなセリフだなぁ…ああ、そっか!君達ランプの魔人がよく似たような事言って魔法の契約してるよね!人間と!」
答えないアッサムを気にせず、ル・グーはペラペラと舌を動かす。
「ん?なんだって?ふんふん…その人形が言うにはねぇ、君の可愛いペコちゃんに夜な夜なお喋りしてたんだって!ランプの魔人はランプに縛られて泣いてるとか、人間との1つの契約が長引くとランプの魔人自体がなんらかのペナルティ受けちゃうとか、ランプの魔人でい続けるのは不幸だ!ランプの魔人を自由にしてやれ!とか。ま、その内容は嘘だけど」
「…」
ル・グーの口がニンマリと孤を描く。ル・グーはアッサムの足元に落ちていたひしゃげた古ぼけたランプを拾い上げる。
「ランプの魔人から、自由になった気分はどーお?」
ぐしゃり。アッサムの手が人形を粉々に粉砕する。
「…うるせえ。消えろ、悪魔」
「もう君から人間の魂を卸して貰えないのは悲しいけど、僕のお気に入りの君のそんな表情が見れて嬉しいよ。悪魔も中々、暇なんだよねぇ。僕を殺したいならどうぞ追っ掛けておいで。そしたら鬼ごっこしようね」
「消えろ!」
「はいはーい。あ、もう君が別に望んでなかった自由の身になったわけだけど、最後にその人間のお代回収するのは忘れないようにね。契約違反で君がお叱りを受けちゃうのは嫌だからねっ」
音も煙もたてずにル・グーの姿が掻き消える。
その姿を追うこともせずに、アッサムは腕の中で眠るように息絶えているペコの顔をじっと見つめる。
するとにわかにペコの体がうっすらと白く輝きだす。それは次第に強く大きくなり、1つの丸い塊となってペコの体から浮き上がる。
ふわふわと、ぽわぽわと、淡く光る球体がアッサムの顔の前に浮いている。ペコの魂だった。
「…あんたはもう、覚えてないんだな。私と一緒に旅をしたことも、沢山の美しい光景を見たことも」
そっとペコの魂に顔を寄せて、キスをする。
いつもしていたように、おやすみのキスを。
自由な魔人になっても、人間を生き返らせることは出来ない。もう何もしてやれない。ペコを笑わせることも、楽しませることも、幸せにしてやることも。
──パチン!
アッサムの指先がいつものように軽快な音を鳴らす。
するとふわふわと漂っていたペコの魂が光り輝き、丸い球体から徐々に姿を変えていく。
ただの淡く光る球体だったものは、やがてアッサムの肩に乗るほどの小ささの、淡く光る小鳥になった。
「…あんたを生き返らせることも、お代として回収したものも全部返せないけど、あんたの魂はこの私のものだよ」
小鳥の姿に変わったペコの魂は、ピィと鳴く。
「旅をしよう。美しい光景を見よう。沢山の街へ行こう」
期限は、そうだな。
アッサムは小鳥に向けて囁く。
「あんたが私のことを愛している限り、ずっとだ」
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