1 / 3
1
しおりを挟む
「……まさか、本当に出されるとは思ってなかったなぁ……」
梅雨が明けきらない曇り空の下、佐伯陽真(さえき はるま)は、傘も差さずにキャリーバッグを引いていた。肩からぶら下げたトートバッグの中には、最低限の生活用品。手に持った紙袋には、昨日の夜慌てて詰め込んだ冷蔵庫の食材たち。
大家さんに「今月の家賃、3日以内に払えないなら出てってね♡」と言われたのが3日前。陽真の通帳残高は、完全に“冷蔵庫の中身”レベルだった。
「早乙女の言う通り、家賃で“人の良さ”を判断しちゃダメだったかもな……」
人助けを断れなかった。隣室の友達に家賃を一時立て替えてあげたら、まんまと逃げられた。その責任を大家から全被りさせられて、気づけば退去処分。
たった三日で、家なし、金なし、布団なし。
「……でもまあ、住むとこあるだけありがたいか……」
陽真は、目的の住所の前で立ち止まった。
駅から徒歩12分、築30年、2階建てのこじんまりとした一軒家。白い壁にちょっとだけヒビが入り、手すりの塗装が剥げている。だが、玄関先には丁寧に整えられた花が並び、表札の横には「佐伯様 ご入居お待ちしておりました」と書かれた手描きのメモが貼ってある。
「あれ、なんか……思ったより優しいとこ?」
一瞬ほっとしてチャイムを押す。ピンポーンという音のあと、数秒して玄関が開いた。
──そこにいたのは、無表情のままじっと陽真を見下ろす、黒髪の男だった。
「……あなたが佐伯陽真さんですか」
「あ、はい!はじめまして!あの、紹介された物件で──」
「契約書にサインは?」
「えっ、あ……えっと……ここに」
「身分証明書は?」
「あるけど……そ、そんなに警戒しなくても…」
「靴を脱ぐ前に、必ず足裏を拭いてください。床は定期的に除菌していますので」
「……はい?」
陽真は思わず固まった。
男は微動だにしない。その目は、まるで温度を持っていない画面越しの人間のようだった。
「一階の左側の部屋があなたの寝室です。キッチン、浴室、洗濯機は共有。掃除の当番表は明日、冷蔵庫に貼ります。騒音は22時以降、会話も含めてご遠慮ください」
「えっ、ちょっと、えっ、誰ですか?」
「九条湊。ここの住人です」
「紹介してくれた人の友達、じゃ……」
「違います。ルームシェアという形で、大家から“あなたの受け入れ”を条件に家賃減額の契約を受けただけです」
「えっ、や、やさしくない……!」
「はい?」
「ううん、こっちの話……」
陽真はぐいっとトートバッグを抱えなおして、玄関に足を踏み入れた。
──正直、いきなり不安しかない。
けど、笑っとけばどうにかなる。
そう、これまでもそうして生きてきたんだ。
「……えっと、よろしくお願いします、九条さん!」
九条湊は、ほんの数秒だけ陽真を見ていた。
その目に浮かぶ感情は、たぶん“困惑”だった。
が、彼はそれを表に出さず、静かに言った。
「……こちらこそ。合理的な関係が築けるよう、努めます」
──たぶん、陽真の“人生最も波乱な同居生活”が、今、始まった。
梅雨が明けきらない曇り空の下、佐伯陽真(さえき はるま)は、傘も差さずにキャリーバッグを引いていた。肩からぶら下げたトートバッグの中には、最低限の生活用品。手に持った紙袋には、昨日の夜慌てて詰め込んだ冷蔵庫の食材たち。
大家さんに「今月の家賃、3日以内に払えないなら出てってね♡」と言われたのが3日前。陽真の通帳残高は、完全に“冷蔵庫の中身”レベルだった。
「早乙女の言う通り、家賃で“人の良さ”を判断しちゃダメだったかもな……」
人助けを断れなかった。隣室の友達に家賃を一時立て替えてあげたら、まんまと逃げられた。その責任を大家から全被りさせられて、気づけば退去処分。
たった三日で、家なし、金なし、布団なし。
「……でもまあ、住むとこあるだけありがたいか……」
陽真は、目的の住所の前で立ち止まった。
駅から徒歩12分、築30年、2階建てのこじんまりとした一軒家。白い壁にちょっとだけヒビが入り、手すりの塗装が剥げている。だが、玄関先には丁寧に整えられた花が並び、表札の横には「佐伯様 ご入居お待ちしておりました」と書かれた手描きのメモが貼ってある。
「あれ、なんか……思ったより優しいとこ?」
一瞬ほっとしてチャイムを押す。ピンポーンという音のあと、数秒して玄関が開いた。
──そこにいたのは、無表情のままじっと陽真を見下ろす、黒髪の男だった。
「……あなたが佐伯陽真さんですか」
「あ、はい!はじめまして!あの、紹介された物件で──」
「契約書にサインは?」
「えっ、あ……えっと……ここに」
「身分証明書は?」
「あるけど……そ、そんなに警戒しなくても…」
「靴を脱ぐ前に、必ず足裏を拭いてください。床は定期的に除菌していますので」
「……はい?」
陽真は思わず固まった。
男は微動だにしない。その目は、まるで温度を持っていない画面越しの人間のようだった。
「一階の左側の部屋があなたの寝室です。キッチン、浴室、洗濯機は共有。掃除の当番表は明日、冷蔵庫に貼ります。騒音は22時以降、会話も含めてご遠慮ください」
「えっ、ちょっと、えっ、誰ですか?」
「九条湊。ここの住人です」
「紹介してくれた人の友達、じゃ……」
「違います。ルームシェアという形で、大家から“あなたの受け入れ”を条件に家賃減額の契約を受けただけです」
「えっ、や、やさしくない……!」
「はい?」
「ううん、こっちの話……」
陽真はぐいっとトートバッグを抱えなおして、玄関に足を踏み入れた。
──正直、いきなり不安しかない。
けど、笑っとけばどうにかなる。
そう、これまでもそうして生きてきたんだ。
「……えっと、よろしくお願いします、九条さん!」
九条湊は、ほんの数秒だけ陽真を見ていた。
その目に浮かぶ感情は、たぶん“困惑”だった。
が、彼はそれを表に出さず、静かに言った。
「……こちらこそ。合理的な関係が築けるよう、努めます」
──たぶん、陽真の“人生最も波乱な同居生活”が、今、始まった。
0
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる