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翌朝。
まだ6時台だというのに、キッチンからはトントンとリズムよく包丁の音がしていた。
「……まさか、早起きで料理するタイプ?」
九条湊は自室のドアを開けると、リビングのほうをじっと見た。
そこには、エプロン姿で小さな鍋の前に立つ陽真の姿。ひとりで鼻歌を歌いながら、卵焼きを丁寧に巻いている。
「……おはようございます、九条さん!」
陽真は明るく笑ってこちらに手を振った。見た感じ、すでにお味噌汁もできてるし、ごはんも炊き上がってるようだった。
「なぜ……朝食を作っているのですか」
「え、だって一緒に暮らすなら、ちゃんと挨拶して、ごはん食べるとこからスタートかなーって」
「昨日言いましたよね? 生活領域の共有は必要最低限に、と」
「でも朝ごはんは生きる基本だよ?」
「それは栄養学的な話です。僕はサプリメントで補っています」
「えっ、うそでしょ……」
陽真は目を見開いた。
九条は、手元のスチール製の小さな缶を開け、中から数種類の錠剤を取り出して、無表情で水とともに一気に飲み干す。
「……わ、わりと本気でそういうタイプ……」
「合理的です。咀嚼も洗い物も不要」
「でも、朝からあんな薬っぽいのだけって……テンション下がらない?」
「テンションは初期値がゼロです」
「いや、そんなドライに言わなくても……」
陽真は思わず笑ってしまった。が、九条はぴくりとも表情を変えない。けれど、確かに彼の目は、少しだけ陽真を観察しているような光を帯びていた。
「……じゃあ、食べなくてもいいけどさ。におい、嫌だったらごめんね?」
「……別に、においは害ではありません。むしろ、懐かしい」
「ん?」
「いえ。前に……実家で、似たようなにおいを感じたことがあったような、気がするだけです」
陽真は、その一言にちょっと驚いた。
“感情がなさそう”な人から、ふと漏れる人間らしさ。
「……ね、よかったら味見だけでもどう?」
九条はしばらく無言だった。
が、陽真が差し出した卵焼きを、ほんの少しだけ箸で取って、口に入れた。
咀嚼。
咀嚼。
飲み込む。
「……なにかの甘味が入ってますか?」
「砂糖と、少しだけみりん」
「……合理的ではありませんが、拒否する理由もない、ですね」
つまり、それは。
「うん、それは『おいしい』ってことだよ」
「……そうですか?」
「そうです!」
陽真がにっこり笑うと、九条は「なるほど」とだけ呟いて、再び自室へと戻っていった。
⸻
その日の昼。
陽真が出勤前にキッチンに入ると、冷蔵庫の扉に付箋が一枚貼られていた。
「卵焼き、明日もお願いします。
条件付きではありますが、継続摂取に値します。 九条」
「……めちゃくちゃ理屈っぽい言い回しなのに、めちゃくちゃ素直じゃん……!」
思わず吹き出した陽真は、そのメモをそっとポケットにしまった。
まだ6時台だというのに、キッチンからはトントンとリズムよく包丁の音がしていた。
「……まさか、早起きで料理するタイプ?」
九条湊は自室のドアを開けると、リビングのほうをじっと見た。
そこには、エプロン姿で小さな鍋の前に立つ陽真の姿。ひとりで鼻歌を歌いながら、卵焼きを丁寧に巻いている。
「……おはようございます、九条さん!」
陽真は明るく笑ってこちらに手を振った。見た感じ、すでにお味噌汁もできてるし、ごはんも炊き上がってるようだった。
「なぜ……朝食を作っているのですか」
「え、だって一緒に暮らすなら、ちゃんと挨拶して、ごはん食べるとこからスタートかなーって」
「昨日言いましたよね? 生活領域の共有は必要最低限に、と」
「でも朝ごはんは生きる基本だよ?」
「それは栄養学的な話です。僕はサプリメントで補っています」
「えっ、うそでしょ……」
陽真は目を見開いた。
九条は、手元のスチール製の小さな缶を開け、中から数種類の錠剤を取り出して、無表情で水とともに一気に飲み干す。
「……わ、わりと本気でそういうタイプ……」
「合理的です。咀嚼も洗い物も不要」
「でも、朝からあんな薬っぽいのだけって……テンション下がらない?」
「テンションは初期値がゼロです」
「いや、そんなドライに言わなくても……」
陽真は思わず笑ってしまった。が、九条はぴくりとも表情を変えない。けれど、確かに彼の目は、少しだけ陽真を観察しているような光を帯びていた。
「……じゃあ、食べなくてもいいけどさ。におい、嫌だったらごめんね?」
「……別に、においは害ではありません。むしろ、懐かしい」
「ん?」
「いえ。前に……実家で、似たようなにおいを感じたことがあったような、気がするだけです」
陽真は、その一言にちょっと驚いた。
“感情がなさそう”な人から、ふと漏れる人間らしさ。
「……ね、よかったら味見だけでもどう?」
九条はしばらく無言だった。
が、陽真が差し出した卵焼きを、ほんの少しだけ箸で取って、口に入れた。
咀嚼。
咀嚼。
飲み込む。
「……なにかの甘味が入ってますか?」
「砂糖と、少しだけみりん」
「……合理的ではありませんが、拒否する理由もない、ですね」
つまり、それは。
「うん、それは『おいしい』ってことだよ」
「……そうですか?」
「そうです!」
陽真がにっこり笑うと、九条は「なるほど」とだけ呟いて、再び自室へと戻っていった。
⸻
その日の昼。
陽真が出勤前にキッチンに入ると、冷蔵庫の扉に付箋が一枚貼られていた。
「卵焼き、明日もお願いします。
条件付きではありますが、継続摂取に値します。 九条」
「……めちゃくちゃ理屈っぽい言い回しなのに、めちゃくちゃ素直じゃん……!」
思わず吹き出した陽真は、そのメモをそっとポケットにしまった。
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