僕の同居人は感情がないらしい

ちゃむこ

文字の大きさ
2 / 3

2

しおりを挟む
翌朝。
まだ6時台だというのに、キッチンからはトントンとリズムよく包丁の音がしていた。

「……まさか、早起きで料理するタイプ?」

九条湊は自室のドアを開けると、リビングのほうをじっと見た。
そこには、エプロン姿で小さな鍋の前に立つ陽真の姿。ひとりで鼻歌を歌いながら、卵焼きを丁寧に巻いている。

「……おはようございます、九条さん!」

陽真は明るく笑ってこちらに手を振った。見た感じ、すでにお味噌汁もできてるし、ごはんも炊き上がってるようだった。

「なぜ……朝食を作っているのですか」

「え、だって一緒に暮らすなら、ちゃんと挨拶して、ごはん食べるとこからスタートかなーって」

「昨日言いましたよね? 生活領域の共有は必要最低限に、と」

「でも朝ごはんは生きる基本だよ?」

「それは栄養学的な話です。僕はサプリメントで補っています」

「えっ、うそでしょ……」

陽真は目を見開いた。

九条は、手元のスチール製の小さな缶を開け、中から数種類の錠剤を取り出して、無表情で水とともに一気に飲み干す。

「……わ、わりと本気でそういうタイプ……」

「合理的です。咀嚼も洗い物も不要」

「でも、朝からあんな薬っぽいのだけって……テンション下がらない?」

「テンションは初期値がゼロです」

「いや、そんなドライに言わなくても……」

陽真は思わず笑ってしまった。が、九条はぴくりとも表情を変えない。けれど、確かに彼の目は、少しだけ陽真を観察しているような光を帯びていた。

「……じゃあ、食べなくてもいいけどさ。におい、嫌だったらごめんね?」

「……別に、においは害ではありません。むしろ、懐かしい」

「ん?」

「いえ。前に……実家で、似たようなにおいを感じたことがあったような、気がするだけです」

陽真は、その一言にちょっと驚いた。
“感情がなさそう”な人から、ふと漏れる人間らしさ。

「……ね、よかったら味見だけでもどう?」

九条はしばらく無言だった。
が、陽真が差し出した卵焼きを、ほんの少しだけ箸で取って、口に入れた。

咀嚼。
咀嚼。
飲み込む。

「……なにかの甘味が入ってますか?」

「砂糖と、少しだけみりん」

「……合理的ではありませんが、拒否する理由もない、ですね」

つまり、それは。

「うん、それは『おいしい』ってことだよ」

「……そうですか?」

「そうです!」

陽真がにっこり笑うと、九条は「なるほど」とだけ呟いて、再び自室へと戻っていった。



その日の昼。
陽真が出勤前にキッチンに入ると、冷蔵庫の扉に付箋が一枚貼られていた。

「卵焼き、明日もお願いします。
条件付きではありますが、継続摂取に値します。 九条」

「……めちゃくちゃ理屈っぽい言い回しなのに、めちゃくちゃ素直じゃん……!」

思わず吹き出した陽真は、そのメモをそっとポケットにしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

処理中です...