社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして

八千古嶋コノチカ

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 そしてーー私達はお付き合いすることになりました、なんて平和に話が運ぶはずもなく。

「社内恋愛とは具体的にどんなことをしたらいいんだろう。なぁ、君は分かるか?」

「そんなの分かるわけないです。社内恋愛なんてしたことないですし。勢いで言ってしまったんでしょう? 発言を取り消して下さい、私も聞かなかったことにしますので」

 突っ立って話すより、ひとまず語りながら資料室の清掃に取り掛かる。キレイ好きな部長にはこの薄暗さや散乱した物が受け付けないそうで、口と手を同時に動かす。

 そういえば部長のデスクはいつも整理整頓が行き届いていたっけ。

 本来、松下部長は理路整然と主張をし、思い付きで行動する性格じゃない。誰にでも親切で、誰にでも一本線を引いた距離感で接する節があり、元部下が出世を逃して自暴自棄に陥ろうと同情はしないと思っていた。

 いたのだが、どうも様子がおかしい。

「取り消したら君は誰と付き合うの? せっかく社内恋愛するなら朝霧レベルがいいだろう? で、そのレベルとなると僕しかいない」

「いやいや、私は身の丈に合った相手と恋愛したいんですが? むしろ部長こそ、他の女子社員と付き合えばいいのでは? 引く手あまたですよ」

「話を聞いてた? 社内恋愛するなら朝霧レベルがいい。だから僕の場合、君になるよ」

 いや、ならないでしょうにーー即座に私は心で唱えた。
 あえて声にしなかった理由は自分を卑下したくないのと、部長側に魂胆があるのではないかと怪しむから。幾らなんでも天下の松下部長が私と付き合うのはメリットが無さ過ぎる。

「にしても、こんな場所で仕事をするとは。部署は居づらいのかい?」

「いえ、そういう訳ではないです。単に狭くて薄暗いのが好きで。集中出来るというか落ち着くんです」

 営業部の賑やか、かつ華やかな雰囲気に気後れしないとは言わない。そこは仕事と割り切っている。与えられた職務を遂行するだけだ。

「ーー狭くて薄暗いのが好き、ね。ははっ、君は猫みたいだな」

 棚の書類を片付けていたら、急に顔を寄せてくる。こちらの顔をじっくり観察後、ふむと唸った。

 私も私で改めて部長の顔立ちを窺う。犬か猫で例えれば部長も後者だ。それも毛並みがいい、血統書付きの猫が浮かぶ。

「うん、うん、確かに猫っぽい。君は警戒感が強くてなかなか懐いてくれないしな。今も僕の腹を探ってるのかな? 何か企んでるんじゃないかとか?」

 棚へ背を預け、私の気持ちを言い当てた。周囲によく何を考えているか分からないと言われてしまう私だが、部長にはお見通し。

 カーテンを開けて日差しを取り込む空間は彼をより眩しく演出する。

「企んでますよね?」

 眼差しに力を込め、問う。

 キラキラ輝く部長は遠い存在で、同じ部屋に居ても生きている世界が違う気がした。結局どれほど憧れようと肩を並べて仕事をするのは叶わないのか。

 部長は肩を竦め、かぶりを振る。

「言った通り、社内恋愛が及ぼす影響を身を持って味わいたい。それと君が僕以外の社員と付き合うのが不快に感じたんだ、本当だよ?
町田の時もそうだったけれど、手塩にかけた部下を取られるのは嫌みたい。誰かに取られるくらいなら、いっそ自分のものにしたいなぁ」

 目をすーと細めると、やや間をあけて。

「ーーよし、大分片付いたし、今日のところは連絡先を交換して解散しようか」

 上着から携帯電話を取り出す。

「あの、番号は知ってますけど?」

「それは会社の電話。これは個人用」

 当たり前だが部長にだってプライベートはある。が、これまでを振り返ってみても部長が個人的な部分を覗かせる機会は少なかった。
 携帯番号を始め、住んでいる所や家族構成など私が伝えていても、彼からは教えられていないのに気付く。
 そう、何も知らないくせ私の頭はこんなにも部長で占領されている。
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